第五十一話『心強い味方』
「一秒でも、彼女を呪いに晒させてはおけない。 一週間後、山林部での実技訓練の際、あの女はCODE:Iの戦闘員エブレス=J=キュクレシアスの襲撃とともに現れる。 そこで、必ずけりをつけます」
「襲撃……? それは確かですか? 確かに、キュクレシアスの目撃情報が奥多摩で上がっていますが……」
煙草を噛み、蒼に少し動揺した声で問う。
教え子の危機だ、聞き捨てならないだろう。
奥多摩山林部の実技試験、そこが一巻の山場だ。
聖雪に暗躍するテロリストの襲撃の際、黒縄は現れる。
その機を、逃しはしない。 キュクレシアスの方は放っておいてもハヤトが何とかしてくれる。
「確かです。 ぼくの意見だけで中止は出来ないでしょうが、必ずテロが起きます。 警備は厳重にしたほうがいいと思います」
「あなたはどうするんです?」
「ぼくは黒縄と戦います」
「とても看過しがたい。 あなたは生徒です、強さは認めますが、戦闘員ではない」
「止められても、行きます。 彼女の死の運命を変えられるなら、誰だって敵に回せる覚悟でこの人生を生きました。 ……先生と戦うのは、怖いですが」
蒼は冥花先生の放つ圧に強い視線で抗う。
視線が数秒に渡ってぶつかった後、冥花先生は煙草をふかしてまた窓の外を見た。
「……一つ、いいですか」
「はい」
「私は、あなたの知る未来とやらで、戦うんですか?」
「はい。 先生の戦う姿は、多くの読者を虜にしていましたよ」
「そうですか。 ……戦いの道は、捨てたはずなんですがね」
羽搏 冥花。
戦いに生き、戦いの道を進んだ彼女の目的は、一重に平和で幸せな世の中を作るため。
しかし、その先で待ち受けていたのは、最愛の恋人の死。
彼女の戦う意志は折れた。 戦うことが親しい人間の死を招くのではと怖くなった。
故に彼女は引退し、未来の希望を送り出すことに専念することになる。
「戦って、私は不幸になりましたか?」
「いいえ。 先生は輝いていました。 多くの命を救いました。 妹さんも、元気ですよ」
冥花先生の表情に安心が過る。
やはり、皆の母と言われるだけあって、優しい顔つきをしたときは蒼の体にも安堵が過る。
彼女に残された最も大事な妹の安全を聞かされ、冥花先生はふうと煙を細く吐き出した。
「ならば、戦いのトラウマを拭うのは、早くてもいいかもしれませんね」
「先生……」
「前にも言いましたよね、あなたの力になると。 私が黒縄のお相手をしましょう。 あなたにも同行を許可しますが、私の命令は絶対に守りなさい。 私が死ねと言ったら死ぬくらいの覚悟がなければ同行は許しませんよ」
「それは……ちょっとおっかないですね」
蒼は苦笑する。 冥花先生も煙草をくわえながら笑う。
――時は六月の下旬。 夏とともに訪れる災厄を、蒼は迎え撃つ。