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第五話『死ぬ気でやったら死にそう』

 退院してから、一週間。


 結論から言う。 蒼は滅茶苦茶弱かった。


 戦闘訓練では、クラスのヤンキーにぼこぼこにされた。 『煌神具』は、使用者の運動神経に性能が大きく左右される。 つまり、普段から運動したり喧嘩したりしている彼らは必然的に強く、学校でも注目を浴びるのだ。 ついでにモテる。



「なるほどね」



 ぼこぼこにされた体で教室の机に突っ伏しながら、蒼は久しぶりの陰の空気を味わい、負け惜しみの一言を吐いた。


 やはり、この世界でも教室には明るいところと暗いところがある。


 この小波 蒼という人物も、どこかの大学生と同じ人生を歩んでいきそうな空気だ。


 だが、腐らない、諦めない。 脳裏に彼女のことを思い浮かべながら、別の道を見上げる。



「なぁ、カラオケ行かへん?」



 蒼は女二人男三人のオタクグループの一員らしかった。 アニメの世界に入ったからだろうか、以前いた世界に比べて、友人たちの顔面偏差値は異常に高い。 そしてそれでも“地味な顔”認定であった。 ついでに言うと、アニメではどんなモブでもしゃべるときは声優が声を当てていた名残か、声も滅茶苦茶にいい。 蒼自身も、自分に酔いたくなる程度に声も顔も整っている。


 彼らとカラオケに行ったらさぞ耳が幸せだろうと思いつつ、



「悪い、用事あるんだ」



 と蒼は足早に教室を去った。



「何や、つれないなぁ」



 友人の落胆の声を背負いながら、急いで自宅へと帰る。

 強さを手に入れるにはまず、基礎の基礎から。 彼に足りないのは全て。

 先ずは体力と筋力の獲得からだ。 つまり、



「…………ふっ、くうう……!!」



 ひたすらに、筋力トレーニングだ。 アニメやドラマで色んな人間の血と汗の滲む努力を見てきたが、それは蒼が想像していた以上の苦行だった。



「うええええええええええええええ、しんどいよぉぉぉおおおおぉおぉぉお………………くっそおぉぉおお……!!!!!!!!!!」



 二時間。 頑張った方ではあるが、たったの二時間でこれであった。 逃げようとする弱い心を必死に立ち上がらせるのが、本当にしんどかった。


 部活も何もやってこなかった蒼には、根性は備わっていない。 叱咤する人間もおらず、出口の見えない目標に向けて自分で自分を奮い立たせるのは、苦痛でしかない。


 それでも、一度人生を虚しく終わらせた後悔は、根性の代わりになった。


 腕や腹が震えて言うことを聞かなくなってから、蒼はランニングを始める。

 ふらふらになるまで走った。 酸欠で視界がぼやぼやした。

 家に帰ると、父親が激務を終えて帰って来たところだった。



「と、父ちゃん……よかった……訓練に付き合ってくれないか!」



 父親は蒼を上から下までまじまじと見つめると、怪訝な顔をする。



「張り切るのはいいが、オーバーワークは体に毒だぞ」

「頼むよ!!」



 蒼が焦点の定まらない目で頼み込むと、父親は渋々承諾する。

 かくして戦闘訓練が家の庭で行われることになったのだが。



「母さん!! 母さん!! 蒼が倒れたぞ!」

「ええッ!?」

「何やってるのバカ蒼!!」



 拳を構えて一歩踏み出した瞬間、蒼は派手に気絶した。

 それが彼の修行一日目だった。





「うおおおおおおおおおおおおおやりたくねよおおおぉぉおぉぉお!!!!!!」

 


 二日目。 辛さを知ってからが、いよいよしんどいのだ。

 張り切った気持ちはより大きくなった逃げたい気持ちに踏みつぶされる。


 それでも、バキバキになった体を蒼は酷使した。 学校では寝っぱなしだったが、元々大学生の知識レベルではあったので、何も困らないだろうと思った。


 蒼は物語に追いつかなければならなかった。 普通の成長では足りない。 他の誰よりも早く、ずっと早く育たなければならないのだ。 聖雪の門扉は遠い。


 物語では一時間後などと言って時間を飛ばせるが、実際はその一秒一秒で、地獄のような味を舐めさせられる。



「母さん!! 蒼がまた倒れた!」

「ええッ!?」

「何してんの……」



 結局、二日目も父親の前でぶっ倒れた。





 三日目は土曜日だった。 逃げる気持ちは限界まで膨らんでいた。



「蒼、今日はお父さんも休みだし、どこかにご飯食べに行こうか?」



 母の誘いを断るのは、四肢を引き裂かれる思いだった。



「母さん! 蒼が倒れてるぞ!!」

「ええッ!?」

「…………」



 外食から三人が帰って来たところ、廊下で遺体の如く転がっている蒼が発見された。





「母さん、蒼が倒れた」

「まぁ……早く部屋で寝かせてあげましょう」

「お母さん、今日の夜ご飯なに?」



 最早蒼がぶっ倒れることに母親が動揺しなくなったのは、一週間が過ぎてからだ。

 この頃には、父親に拳を三発放ってから倒れるようになっていた。

 クラスのヤンキーには、まだ全然勝てなかった。





 二週間目。 武術の方の研究もしなければならなった。 父親は一つの目標であり良き師であった。


 この頃には父親の講義に十分は気絶しないでいれるようになった。


 一か月。 過酷に過ぎる訓練を一か月続けた蒼は、ふと自分が歩んだ努力を振り返って、ボロボロに泣いた。 だが、彼は立ち止まってはいけない。


 二か月。 この世界には、ボクシングジムのように『煌神具』を使った訓練所が多く設置されていた。

 猛者ぞろいと噂の訓練所に蒼は通うようになる。

 大人はべらぼうに強く、相手にならなかった。


 何度も床を舐め、敗北を味わった。 トレーニングは相変わらず涙が出るほど辛かった。



「そこまでッ!!」



 三か月。 教師の凛とした声が校舎に横付けされた闘技場に響く。 すり鉢状の観客席に座っていたクラスの生徒たちがざわざわとどよめいた。


 蒼の前には、クラスのヤンキーが倒れていた。 接戦だった。


 まだだ。

 まだまだ足りない。

 まだ聖雪は見えない。

 あの金色の髪が見えない。


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