第四十二話『他愛のない会話が愛しい』《挿絵あり》
電車に乗り、最寄りまで戻って来た二人。
朱莉が働くカフェに足を運ぶが、そこに行こうと言ったのはもちろん蒼である。
目当てがある。 窓際の側に座った二人に、ウェイトレスが近づいてくる。
「おっまたせ~! イチゴのデラックスパフェだよ~ん!!」
ルイの好みは完ぺきに把握している。
故に、ルイの前に差し出されるのは彼女の大好物に他ならない。 彼女はイチゴが好きだ。
予想外なのは、パフェを持ってきたのが朱莉ではなくミミアだったことだろうか。
「ルイっち~、デートとは憎いねこのこの~」
肘でルイを小突くミミア。
フランクな店員だ。
「デートじゃないわよ」
ルイは再三否定する。
ミミアは立ち去るかに思えたが、前屈みに組んだ腕をテーブルの上に乗せ、居座るつもりだ。
「いいなぁ~、ウチのパフェ、超美味しいんだよね」
そう言って、ルイのスプーンを使ってパフェを摘まむ。
何とも図々しい店員だ。
「ちょっと。 あなた店員なんでしょ」
「メンゴメンゴ。 カレシくんがせっかく奢ってくれたんだもんね~」
「……」
「あいてててて、ほっへをふへるのははへへ~!」
解読するに、ほっぺをつねるのは止めて、だろうか。
追い打ちをかけるように、ミミアの首根っこがひっつかまれる。
「ミミア。 店長に怒られるでしょ」
朱莉だ。 とても不機嫌そうで、むずと掴んだミミアを奥へと引き摺っていく。
「今いいところなのに~」
ミミアが捨て台詞を残して奥に消えていく。
蒼は苦笑いを浮かべる。 ルイも同じような顔をして、それから気を取り直して嬉しそうに一口欠けたパフェを見た。
「イチゴ好き?」
「え、ええ……そう見えたかしら?」
はしたないことをしたとでも言わんばかりに恥ずかしげな顔をする。
やはり育ちがいいのだろう。
「好きなことはいいことだよ。 沢山食べて」
「ええ。 そうするわ」
「……待たせしました、コーヒーです」
カチャン。 強めの音を立てて、蒼の前にコーヒーに置かれる。
朱莉だ。 虫の居所が悪いのだろうか、事務的な対応をして静かに去っていく。
「あの子、アンタに似てるわね」
「双子の妹だよ。 俺とは違ってよく出来た子だけど」
「そうなの? 知らなかったわ」
そんな普通の会話が続く。
蒼はほどよい苦みを時折喉に流し、やはり慣れない苦みはあるものの、会話が楽しくて顔に出ることはなかった。
ルイもルイで、好物を口に運ぶ度に表情筋が緩む。 会話も自然と弾んでいった。
改めて今のルイを見ると、好物に喜び、ありふれた会話をする、普通の可愛らしい少女であった。
周囲の人間たちも、冷淡でキツイ性格という評価を改めるべきである。
パフェの嵩が低くなっていく度に外の茜色が強くなっていき、ある所から少しづつ弱くなっていく。
店に人は少なく、煙草を吸うものはいない。
朱莉に聞くに、どうやら冥花先生行きつけのこの店は彼女だけ喫煙が許可されているらしい。
今漂うのは果物とクリームの甘い匂いと、コーヒー豆の香り、常連と店主がぼそぼそと交わす会話くらいだった。
盛り上がっていたパフェはいつの間にか底まで消え失せ、蒼のコーヒーも会話を重ねていたらいつの間にか底が見え始めていた。 会話も何となく帰りを意識させる流れだ。
そんな折である。 ルイが一声小さく上げて、窓の外に視線を止めた。 蒼も追う。