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第四十話『染みる歌声』

(なるほどな!!)



 ほぼ過呼吸手前にも関わらず、喉から必死に大声を張り上げて、蒼は歌い続ける。


 もう二時間は経っているはずだ。

 うかつだった。 ルイがカラオケに興味を持つようになるのは、自分は歌えないものの皆が歌っているのを聞いているのが楽しかったからだ。


 蒼は今、友人ら四人がかりで行ったイベントを一人で担っているのだ。

 つまり、歌のレパートリー皆無のルイを、一人で歌いまくって楽しませる必要がある。


 これが思った以上に体力を要する。

 幸いなのが、前世と同じ曲がアーティストを変えて大量に存在することくらいか。


 歌いながらルイを見やる。

 合わせた両手の中で、人差し指同士と中指同士をくっつけては離すということを繰り返していた。


 よかった、リズムを取ってくれている。 ピアノを嗜んでいるルイは、元々音楽というものが好きなのだろう。


 口元には小さな笑み、楽しんでくれているのだろうか。


 彼女の素直な笑みを見るのは初めてだった。 枯れ果てそうになった声帯に、命が湧き戻る。 混んでるからといって二駅隣のカラオケまで来た甲斐があった。


 歌い切った蒼は、深く深呼吸してルイの対面の柔らかいソファに腰を落とした。


 机の上にあるメロンソーダを口に運ぶ。 カラオケに来るとメロンソーダを飲んでしまうのは何故だろう。



「上手ね」

「ほ、ほんとに!? ありがとう!!」



 喜びつつ、この蒼という人間の声帯が優れていることを実感する。

 正直、歌っていてとても気持ちがいい。 採点も90点台を連発している。



「さっきから俺一人で歌ってるけど大丈夫? 退屈じゃないかな?」

「そんなことないわ。 歌は好きだもの。 色んな歌を聞けて、とても楽しいわよ」

「歌うのもすごく気持ちいいよ。 ルイも何か知ってる曲が一曲でもあったら歌ってみたらどうかな?」

「そうね……」



 顎に手を当てて考え込むルイ。


 一々わずかな動作で蒼の心臓の鼓動を止められてしまうのも考え物だ。


「セナの曲なら、ちょっとは分かるかも」

「お! じゃあ、入れてみるね」

「で、でも歌えるかなんて分からないわよ!!」



 慌てるルイを他所に問答無用で端末に曲を送信する。


 案ずることは何もない。 蒼は、読者としてルイがセナの曲を完璧に歌えることを知っていた。


 イントロが流れ始める。

 ニコニコ笑顔の蒼にマイクを渡され、ルイは頬を赤らめながらそれを取る。



「……恥ずかしいから、あんまり見ないで」



 視線を反らしながらマイクを両手できゅっと握り締めるルイ。

 危ない。 鼓動が完全に止まってしまうところであった。


 Aメロに差し掛かる。 ルイが、控えめに声を出し、歌声をメロディに乗せた。


 奥手に歌うのは最初だけ。 やがて彼女の声は純粋に音楽を楽しむものへと変わり、彼女に彩られた曲は虹色になって部屋に響く。



(うっま……)



 声の聞かせ方、音程、何もかもが蒼よりも桁違いに上手い。


 彼女に声を当てた声優であれど、これほど上手く歌うことは出来まい。 蒼は開いた口を閉じる暇をも惜しんでルイの歌声とその姿に見惚れてしまう。


 美しい声だ。 物寂し気な曲調の中、寒冷な荒野を吹く風のように抜けていく声。

 勝気な瞳は散った桜を憂うように、潤んでいるように見えた。


 固く握りしめた両手が緩み、柔らかい身振りに変わる。


 世界的アーティストのコンサートを真隣で聞いているような感覚だった。


 彼女が歌っている姿は、アニメで見たことがある。

 だが、箱の前でそれを聞くのと、実際に目の前で魅せられるのとでは訳が違う。


 目を閉じ、金色のツインテールを揺らし、胸に手を当てて曲に身を委ねる少女の姿。


 それはあまりにも、蒼には美しすぎた。 世界の端っこから彼女目掛けて駆けてきた、彼には。

 これまでの努力が、その尊さと美しさを前に全て報われたようだった。


 曲が静かに閉じていく。 目を開けたルイは、子どものように口元を結び、満足げな表情だ。


 ルイは蒼を見やり、それから声を上げた。



「ちょ、ちょっと! 何で泣いてるのよ!!」

「いや、ごめん……感動しちゃって……ホント、ルイの上手さを表現する語彙が見つからないよ……」

「大げさでしょう……!!」



 号泣だった。 他人のカラオケで感極まって泣くという経験は初めてである。



『はーい、鳳城 セナです!! 今回の新曲はですね~』



 空気の読めない広告が画面に映し出される。

 結局、セナが新曲の魅力を伝え終わるまで、涙が止まることはなかった。

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