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第四話『遠くに見ゆる物語』

 入院生活を続けるうちに、重音……いや、小波 蒼は、自分のこの世界を立ち位置を把握していった。


 時は二〇二三年。 セカゲンの物語は主人公が高校に入学することで始まるが、それが二〇二五年のことなので、今は一巻の二年前であった。


 彼の名前は小波 蒼。 どこにでもいる中学二年生で、この世界のどこかにいる主人公と同い年。 双子の妹、朱莉に、母と父の四人、東京の隅っこで健康に暮らしている平穏な一家だ。

 母親は専業主婦、意外なことに父親は『FND(フォンド)』の職員であった。


 『FND』……略さずに言うとForefront of National Defense……だっただろうか。


 奥多摩に落下したイヴェルシャスカの槍の発する『死素』から生み出される怪物『トウカツ』から国家を防衛するために用意された国家に属する戦士たちの組織だ。


 世界観との関わりがギリギリあるのは幸か不幸か。 とはいえ、その息子である蒼が抜群の戦闘センスを持っているかと言えばそんなことはない。 むしろ、諸事情でその逆である。


 見事なまでのモブ人生であったが、何の努力もなしに輝けるものになることを期待した自分を恥じた蒼には、丁度いい立ち位置かもしれない。 何でもない少年が転生し強い力を手に入れて好き勝手しようなど、蒼の嫌いなタイプのキャラクターと同じである。



「お父さん」



 家族全員が見舞いに来た退院直前の某日、蒼は神妙な面持ちで言った。 全員がぎょっとした様子で蒼を見る。 蒼は全員を見渡し、それからそっと探るように言い直した。



「と……父ちゃん……?」



 全員が頷く。 いきなり他人になるのは思ったより大変だ。 ショックで部分部分の記憶を失った設定にしているが……。 咳払いして、仕切り直す。



「父ちゃん。 俺……(せい)(せつ)に行きたい」



 父親が顔をしかめる。 母親が不安そうな顔で二人の間で視線を泳がした。



「本気で言ってるの? 普通の高校に行くって話をしたよね?」



 朱莉が椅子に腰かけて父親と同じ表情だ。 さすが親子、よく似ている。

 父親は何を口にすべきか逡巡しつつ、ゆっくりと言葉を紡いだ。



「言いづらいことだが……FNDの仕事は、いつ仲間が死ぬかもわからない過酷な世界だ。 理不尽な話だが……その仕事に、向いている、向いていないがある。 分かるな?」



 蒼は、それでもと食いつかんばかりに強く頷いた。

 家族が渋い顔をするのは無理もない。 全ては、『煌神具』というこの世界の戦闘道具の設定のせいなのだ。


 この世界は、前にいた世界以上に才能なき者に厳しい。 与えられたものに光が当たるようになっている。


 『煌神具』とは、『聖素』を内包した鍵の形の起動装置を腕時計型の機械に差し込むことで超常の力を呼び起こす装置である。


 一口に『聖素』と言っても、それらは性質上大きく五つに分けられている。

『雷火』、『血風』、『煌炎』、『水穿』、『氷止』……これが基本的な種類になる。


 しかし、これを一人の人間が全て使えるわけではない。 それぞれ人間には適性があり、『雷火』が使えても『煌炎』が使えないものや、『煌炎』が使えても『血風』が使えないものなど様々だ。


 さて、『聖素』は五つの種類を持つが、それは基本の話。 そこから派生した亜種の『聖素』というものが多く存在している。 亜種は適合できる人間が少なく、その種類は目が眩むほど多いが、亜種『聖素』に対する適性は一種類につき一人いるかないか。


 そして、最大の問題がここにある。


 亜種の『聖素』で作られた『煌神具』は、通常の『聖素』で作られたそれと比較すると、“得られる力が極端に強い”のだ。


 つまり、亜種の適性を持たない人間は、力で大きく後れを取ることになる。


 中学までの義務教育に『煌神具』を使った授業が取り入れられているが、適性審査を経て、亜種の適性がないと決まってしまった人間の多くはFND養成学校という夢の舞台への進学を大抵諦めることになる。


 『外れ者(ガフ)』なんていう差別用語があるくらいに、その差は顕著である。

 蒼は、その『外れ者』であった。


 そして、彼が口にした聖雪高等学校とは、FND養成学校の中でも最高峰の実力者のみが集う学校……易々と門扉を潜れる場所ではない。


 それでも、彼はそこに行きたかった。



「俺は、どうしても聖雪に行きたいんだ」

「無理だよ!」



 朱莉が苛立ちながら声を上げた。



「あそこは最高峰の戦闘訓練をしてるところ!! 私だってようやくC判定を貰えたのに、亜種『煌神具』の使えない蒼に行けるわけないじゃん!! 努力だって全然してないくせに!」

「朱莉、そんな言い方!!」



 母親が朱莉を制する。 反抗期な妹は、ふんすと不機嫌そうだ。 口ぶりから察するに、朱莉は亜種の『煌神具』を使えるのだろう。 珍しい。


 目を覚ます前に大学三年だった蒼には反抗期の妹など可愛いもので、大丈夫と母親を宥めてからまた父親を見上げた。



「でも、俺みたいな境遇でも、聖雪で頑張ってる人も、父ちゃんの職場でちゃんと働いている人もたくさんいる。 そうだよね?」

「それは……まぁ、そうだが」



 ありえない。 朱莉は不機嫌そうにそう吐き捨ててから腕を組んだ。

 父親はまだまだ渋い顔だ。 そんな父親に挑むように、蒼は強い口調で言う。



「だったら父ちゃん。 一年間、時間をくれないか」

「……?」

「一年後、俺が父ちゃんに勝ったら、聖雪を目指すことを許してほしい。 ダメだったら、大人しく聖雪に行くことを諦める」



 まぁ、と。 母親が、口元に手を当てて驚いていた。





 どうやら、妹の朱莉はFND職員の父親のことを心底誇りに思っているようだった。

 妹にお父さんをバカにするなと思いっきり引っぱたかれた頬を擦りながら、蒼は病院の屋上の手すりに寄りかかっていた。


 朱莉は顔を真っ赤にして舐めたことを抜かした蒼に食って掛かっていた。 思春期真っただ中、ただでさえ同い年の兄と同じ中学で色々気まずい思いをして兄が嫌いになっていただろうに、あんなことを言えば引っぱたかれて当然だろうか。


 とはいえ、父親の方は苦笑いを浮かべつつも蒼の提案を呑んでくれた。

 大きなハードルを立てた、と自分でも思う。


 FND職員の父親を越えると言うことは、すなわち、聖雪に入学するどころか卒業するに足る実力を身につけるという意味でもある。

 だが、それでいい。 “彼には力が要る”。



「待ってろよ、聖雪」



 聖雪高等学校。 二年後、そこに彼女がやってくる。 蒼が何度も手を伸ばし、その度に阻まれた紙の奥にいた、金色の少女。

 そんな彼女と、言葉を交わすチャンスが与えられたのだ。


 今いる場所がどれだけ彼女と離れていても構わない。

 そんな奇跡を無下にしてのうのうと生きてたまるか。 あんな思いはもう、したくない。



「……今度こそ」



 後悔のないように、生きるんだ。



「よし!! 強くなってやるぞー!!」



 蒼は、異世界の空に、決意を持って吠えた。


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