第三十九話『デート?』
(しまったぁ!!)
蒼は心の中で唸る。
行く先の主導権をルイに握られたのがそもそもの失敗である。
言われるがまま聖雪に行き、全力のお洒落を脱ぎ捨てて戦闘衣に着替えた蒼。
当たり前のような顔をしているルイに何となくで流された蒼は猛烈に後悔していた。
ルイがカラオケや買い食いなど、おおよそ学生がやりたがることをしだすのは、今後に控えていた皆で過ごす休日のイベントの後だ。 それを失念していた。
思い描いていたデートのイメージが瓦解する中、しかし、その中に一つの光明を見る。
(待てよ、やりようによってはもしかしたら俺が彼女に初めて娯楽を教えた人になれるんじゃ……!?)
「だから、デートじゃないって言ってるでしょ!!」
情けない笑みが浮かんだ瞬間、ルイの鋭い上段蹴りが蒼の顎を蹴り上げた。
宙を舞う蒼の体とぐるぐる回る視界。
受け身も取れずに墜落した蒼の前で、ルイが息を荒げて顎を伝う汗を拭った。 おーと周囲から声がする。
「ナイス上段蹴りです……!!」
それすらポジティブな返事をする蒼に、ルイは溜め息を吐いた。
仰向けの状態でサムズアップしてから、蒼は体を飛び上がらせる。
「アンタ、ふざけたことばっかり言うくせに意外とやるわね……!」
ルイが再び構えを取る。 実は、組手を始めてからもう一時間以上は経つ。
流石にお互いのスタミナにも綻びが見え始めてきた。
だが、ルイの徒手空拳は未だに鋭く、全く隙を見せない。
蒼は二年という短い期間でも削れるものを削って努力をしてきた。 付け焼刃とは言わせない圧倒的な実力を持っている。
対し、ルイはその努力をずっとひたむきに続けてきたのだろう。
徒手空拳で蒼が劣ると思わせられた 相手は、本当に久しぶりあった。
(そういうところが、好きなんだよな)
蒼は笑い、ルイの拳をいなす。 その一撃に、蒼が愛した少女の生きざまが現れていた。
「さっきから防戦ばかりで、何で攻撃してこないのよ!」
「え!! あなたの綺麗な体に傷でもついたらどうするんだ!!」
瞬間、昂って熱のこもったルイの顔が、さらに真っ赤に染まる。 その大音声に、体育館中から冷やかしの声が上がった。
「あ、あほかぁッ!」
ルイのアッパーが、蒼の顎を再び強襲した。
顎の骨が心配になるが、不思議なことに本当に痛くないのである。
実際問題、蒼がルイに手を上げないのは、防戦に回らないと一瞬で沈められるから、というのも半分くらいあったのが。
調子に乗ってかっこつけるものではない、蒼はそれを痛感した。
「はい! ルイ先生! これはデートじゃないと思います!!」
「だから、元々デートじゃないって言ってるでしょ!!」
二時過ぎのことである。
シャワーで汗を流し、再び気合の入った蒼の発言に、制服姿のルイはむくれ顔だ。
「それと、先生って何よ。 ルイって呼びなさい。 行くわよ」
ルイは颯爽と歩き出す。 が、金髪をはためかせて数歩歩いた後、立ち止まる。
「……どこに行くの?」
蒼はガクリと片方の肩を落とす。 やはり何も考えていなかったのか。
「出かけると言えば、訓練だったから」
「そうだな……ルイは、カラオケとかは行ったことはないんだっけ?」
「ええ。 そういうのには疎いの」
「よし、じゃあカラオケに行こう! 多分、今まで経験したことがない楽しさがあるよ」
そうして、意気揚々と歩き出す蒼。
しかし、ここで、蒼のもう一つの誤算が浮き彫りになるのだ――