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第三十四話『愛が止まらない』

 隣に並んで見ると、むくれ顔だ。

 その顔すらが、愛おしかった。



「アンタ、何なのよ。 入学初日に告白なんて、おかしいわよ。 私はアンタのこと全く知らないわ。 何? たまたま顔が好みだったわけ?」

「そんなチャラチャラした動機じゃ毎日帰りを誘ったりできないよ。 まぁ、顔は世界一好みだけど。 髪型も髪の色も髪の毛一本一本も整った眉毛もその目も――」


「ふんッ!!」

「はぶぁッ!?」



 カバンで背中を殴られた。

 褒められて慣れていない少女と愛が止まらない少年の会話でこうなるのは必至だろう。



「あ、アンタ……次変なこと言ったら殴るわよ!!」

「もう殴ってるよ……」



 だが、全く痛みを感じないのは何故だろう。


 この子になら、刺されても痛くないだろうなと蒼は思った。



「それで、どういうつもりなわけ!?」



 ルイはやや息切れしながら問い詰める。

 蒼は少し考えてから、口を開いた。



「……そうだな、二年前、かな。 俺が横浜に行ったとき、突然現れたトウカツに殺されかけたんだ。 あなたは覚えてないと思うけど、そのときに、俺を助けてくれたのが、あなただった」



 蒼の真摯な目線に、ルイは顔を背ける。

 ツインテールの先を人差し指に絡めて弄ぶ。



「そのとき、俺はその、気高き後姿と、力強い意志に、惚れたんだ」

「そ、そう。 そういうこと……ね」



 彼女は照れくさそうにツインテールを弄り続ける。

 存外に真っ当な恋の理由に、突っぱねることができないらしかった。


 だが、蒼は自分の表情がやや物憂げなことに気付く。



(でも、本当は――)



 もっとずっと前から、あなたに恋をしているんだよ。 そう伝えたかった。


 言ってもルイを困惑させるだけなのは分かっている。 だが、全てを打ち明けてありったけの愛を伝えたい、そんな気持ちではりさけそうな胸の内を抱える蒼は、悶々としてしまう。



「……アンタ、見る目ないわよ」



 ふと、ルイは目を背けながらそう言った。

 今もその鮮やかな青い瞳に魅かれてたまらないというのに、何を言うか。



「この学園には、私なんかよりずっと素敵な子がいっぱいいるでしょう。 アンタを助けたのは私かもしれないけど、私は気高くない。 ただの早乙女家の落ちこぼれよ。 私の内面を知ったら、幻滅するわ。 その前にさっさと別の子を探したほうがいい」



 早乙女 ルイ。 名家を背負いながら実力を出し切れない彼女が早乙女家や世間からどんな扱いを受けていたかは自明だ。 それ故に、彼女の自尊心は低い。


 蒼は鼻で笑ってしまう。 内面どころか、彼女のほぼ全てを知った上で言っているのに。



「この学園も何も、この世界の中の誰よりも、それにこの世界以外の誰よりも、あなたは素敵だ」

「もう!! だから変なこと言わないでって言ってるでしょう!!」



 臨戦態勢に入るルイ。


 気が付いたら、商店街の側へと来ていた。 そこを抜ければ、すぐに寮に着く。



「少なくとも俺にはそう見えるよ。 あなたは本当に素敵だ」

「な、なにを……!!」

「そこまで自分のことを卑下するのなら、俺にもっと幻滅する内面とやらを見せて欲しい。 そんなものがあったとしても、あなたが何よりも素敵なことは変わらないと思うけどね」



 耳まで真っ赤なルイ。 ツインテールを抱き寄せて顔を隠そうとするが、そんなことをしても蒼の好感度が上がりに上がるだけだ。


 商店街には学生の姿が多く見える。 買い食いに青春を捧げるもの、ファミレスに立ち寄るもの、まっすぐ寮に帰るもの、十人十色だ。



「……アンタのこと、変な奴だと思ってたけど」

「うん」

「思ってた以上に変な奴だったわ」



 蒼は笑ってしまう。

 それからしばらく、自尊心が低い少女と愛が止まらない少年の押し問答が続いた。


 寮が見えてくる。 西の空は紺色に染まり始めていた。



「ルイさん」



 蒼は足を止めてルイを呼び止める。 ルイは遅れて足を止め、蒼を振り返る。


 涙が出るほど美しい青と金。


 言葉を紡ぐのに、抵抗はなかった。



「今日は一緒に帰ってくれてありがとう。 本当に嬉しかった。 それに、すごく楽しかったよ」

「そ、そう……」

「やっぱり、俺はあなたのことが好きだ」



 軽口に聞こえただろうか。 蒼にはまだ、この言葉を冗談やてきとうに言う勇気はないのだが。


 他のものの視線が蒼に向くが、全く気にならなかった。



「あなたのことをもっと教えて欲しい。 この素敵な帰り道を、一回だけのものにしたくない。 よかったら、また一緒に帰りたいな」



 ルイは周囲の視線を気にしつつ顔を赤らめる。 ひそひそと女子高生たちが好奇の会話を交わしながら行き交い、商店街からコロッケの匂いが春風に乗ってやってきた。


 少しして、ルイは言った。



「………………幻滅したって、知らないわよ」



 その言葉は、肯定だった。


 蒼はにっこりと笑顔を浮かべて、「ありがとう!」と大きく声を張る。



「そ、それとよかったら、連絡先も、交換したかったりして……」

「はぁ……しょうがないわね」



 ルイはカバンからノートとペンを取り出し、つらつらとペン先を走らせる。

 それからノートの端を手で切り取り、そっぽを向きながら蒼に突き付けた。


 蒼はさらに笑顔になる。



「ありがとう!! この紙は家宝にするよ!!」

「そこまでしなくていい!!」



 ルイは獅子の如き素早さでノートを使い蒼を叩く。


 それからまた言葉の攻防を繰り広げながら、ルイは女子寮へと帰っていった。


 蒼の動悸は、いつまで経っても収まらなかった。

 その日は、川原を大声を上げて全力疾走してから帰った。

 後日、冥花先生に呼び出されて叱られたのはもちろんのことである。

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