第二十五話『問い詰める瞳』
「は、はい、もちろんです」
蒼は突然のことにどもりつつ席を立って向かいの席に冥花先生を促す。
先生が自分に何の用事が? と疑問が過るが、その理由に蒼はすぐに心当たった。
喉が渇いた気がする。 息を呑むが、喉は潤わなかった。
丁度朱莉がコーヒーをトレイに乗せてやってくる。 冥花先生を見るなり、彼女はビタッと動きを止めた。 コーヒーの水面が揺れる。
「こ、校長先生……ッ!!」
「こんにちは、小波 朱莉さん。 精が出ますね」
「は、はぁ……覚えていただけて恐縮です……」
確かにすさまじい記憶力である。
まだ学期が始まったばかりだと言うのに朱莉のことを知っているとは。 この調子だと、全員の名前を諳んずることが出来るのではないだろうか。
朱莉が下げた頭を上げ、恐る恐る尋ねた。
「あ、あの……うちの兄が、何か……?」
「いえ、担任として、将来有望な小波くんに進路の話を早いうちからしておきたいというだけですよ。 あなたのお兄さんはとても素晴らしい。 私もコーヒーをお願いします」
「は、はい!!」
朱莉は安心した笑みを浮かべ、少しだけ足を弾ませながら厨房へオーダーを通しに行く。
その実、彼女がそんな理由で蒼に会いに来たわけではないことを、朱莉は知る由もない。
「ちょっと、失礼」
この店は冥花先生のためにあるようなものである。 何せ、今の時代に禁煙でも分煙でもないのだ。
懐から煙草の箱を取り出し、そこから飛び出した一本を口に咥えた。
ライターを擦る音を聞きながら、冥花先生のおしとやかな見た目とは裏腹に煙草を吸うギャップが人気を博した理由を目の当たりにする。
コーヒーがやって来るまで、冥花先生は黙って神妙な顔で煙草をふかし続ける。
蒼は煙草の臭いはさほど嫌いではないので、天井へ上がっていく白い煙と焦げた臭いをぼーっと見上げながら冥花先生の言葉を待つ。
朱莉が少し嬉しそうなまま、コーヒーを冥花先生の前に置き、立ち去っていった。
「…………私は、弟子を取った覚えはありません。 とても、危険な流派ですから」
ゆっくりと言葉を紡ぎ始める漆黒の美女。
薄紫と水色の虹彩が咎めるような視線を蒼へ向ける。
流石に大物だ。 首元にナイフが添えられているような緊張感がある。
「あのとき、私が試合を止めたのは他でもありません。 あなたが、明らかに学生の範疇を超える危険な力を使おうとしたからです。 いえ、あなたが使おうとした力は、明らかに人間の範疇すら超えている」
白煙の向こうにある顔は、美しくも深く研ぎ澄まされている。 蒼の心に入り込むような視線は、返答次第でもっと危うくなるかもしれない。
彼女は、鋭い警戒の本質を問うた。
「そしてその力は、“この世界で私しか知らない力”です。 あなたは何故、それを知っているんですか?」