第二十二話『異常に研ぎ澄まされた視線』
それはまるで、花開く前の花火だった。
一筋の閃光が空へと向かっていき、轟音と共に、その小さな火球に似合わないほどの大きな花を空に咲かせた。
朱莉を含めた観客席の全員が空に描かれた深紅の花を見上げている。
「綺麗……」
隣にいる刹那がうっとりとそんな言葉を漏らすが、朱莉にはその花が、口を開いた怪物に見えた。
花を構成する火花の一つ一つが、俄かに動き出す。
膨大なエネルギーを詰め込んだ火球となって、流星の如く、されど意思を持った牙のように、ハヤトへと収束していくのだ。
最初に飛来した閃光がハヤトにかわされ、地面に堕ちる。
嘘のような爆風と熱波が観客席に波になって押し寄せた。
倒されそうになった朱莉を、霧矢が支えてくれる。
だが、それは幾千ある火球の一つ目。 煙る闘技場に、次から次へと火球が飛来する。
朱莉は目を細めながら戦場を見やる。 黒煙の中から、対戦相手の如月 ハヤトが飛び出すのが見えた。
暴力的な火の雨を疾走の中で華麗にかわしながら、蒼への距離を詰める。
対する蒼も、雨の中へと突っ込んでいった。 ハヤトの顔には、不敵な笑み。
拳同士が激突し、闘技場が揺れる。 漏れた衝撃が、地面と降り注ぐ炎を広範囲に渡って吹き飛ばした。
背後に飛びずさる二人の少年。 しかしそのときには、次なる攻撃が仕組まれている。
両者から放たれた炎が一直線に伸び、激突して空間を焼き焦がす。
『各自『煌神具』を起動して自分の身を守ってください!! 上級生はまだ扱いに慣れていないものをすぐに外へ!!』
教師の鬼気迫る声がハウリング気味に忠告を繰り返す。
力の激突が、観客席に危害を加えることを危惧しての判断だ。 下級生は慌てふためくものが多いが、上級生たちはすぐさま『煌神具』を起動して熱波から身を守った。
「ここにいたらマズいんちゃう?」
「だ、大丈夫、私が!! 『共鳴れ』!!」
刹那が立ち上がり、起動の宣言をしてから観客席の一番前へと駆けていく。
《『強城(Stronghold)』、Caution》
《接続》
刹那は迷いなく鍵を左手の起動装置に突き刺し、左手を真横に伸ばす。
直後、刹那の目の前に、巨大な要塞の幻影が浮かび上がった。
神代の名残を思わせる黄金と白銀で彩られた華美な要塞。 正面に構える巨大な門扉がギギギと音を立てて開き、その中から溢れ出た金と銀の光が刹那を包み込んだ。
《Welcome to Fiona Server》
要塞の幻影が粒子となって雪の如く散る。
その中心で、刹那が金と銀の装衣に美しく彩られていた。
刹那が両手を前に翳すと、観客席と戦場の間の空間が波打った。
飛び散った熱波が現れた歪みにぶつかり、消える。
不可視の壁があるのだ。 幅も申し分ない。 朱莉たちの周囲にいる観客が落ち着きを取り戻していく。
朱莉は階段を駆け下りて刹那に並び、思うままに言った。
「すごいね」
「そ、そう? でもまだ、上手くコントロールできなくて……」
壁が歪んでいるのは未熟の現れなのだろう。 だが、この先の期待度はかなりのものだ。
朱莉は自分の安全を確認しつつ、最早原型を失っている戦場を見やる。
ぶつかり合う少年二人。 炎がぶつかるたびに耳が痛くなるような音が弾け、闘技場を覆う爆発は留まることを知らない。
蒼の表情は、凄絶だった。 熱に晒されつつもどこか寒気を感じて、朱莉は両腕を抱いた。
「何か、今の小波、ちょっと怖いね」
刹那も同じことを感じているらしい。 あまりの気迫あふれる蒼の動きに、観客席からは歓声が消え、息を呑んでいる見守るものが大勢いた。
「……去年の夏、埼玉の方に蒼と出かけたことがあるんだけど」
また炎がぶつかる。 地球の中心部をじかに見ているような迫力を前に、朱莉はゆっくりと語る。
「そのときに、たまたまDランクの『トウカツ』の群れが襲ってきたの。 私を守るために、蒼がそのとき戦ってくれて」
炎の合間から、蒼の必死の形相が窺える。
「……そのときと、同じ顔してる。 何かを守ろうとしてるみたいな、そんな顔」
刹那の瞳が不安そうに揺れる。 同時、遅れて階段を下りてきた霧矢が目を凝らしながら言った。
「なぁ。 あの如月 ハヤトって何なんや?? あれどう見てもFランクちゃうやろ」
霧矢の言葉に促され、朱莉はハヤトの方を見る。
ゆらりとした余裕のある立ち回りに、急かない表情。
この戦いを楽しんでいるようにも見える。 あの蒼を前にその顔をするとは、まるで歴戦の猛者だ。
いや、戦いが日常になってしまった男が、久しぶりに日常を取り戻したような顔だ。
「彼、この学校で歴代最低の成績って聞いたけど……授業中もいつも寝てるし」
刹那が補足する。
あのハヤトという少年が肩書に似合わず異常なのはそうだが、蒼はどうにも最初からハヤトが強いことを知っていて彼に挑んでいるように見える。
(蒼……一体何を考えているの?)
朱莉が拳を作った瞬間だった。
戦場が、これまでとは一変した姿を見せる。
ハヤトが指揮者のように指を空間に這わせると、彼の左右の空間に奇妙な円状の光が二つ、また現れた。
水色の円と緑の円。
そして、“水色の円からは氷の礫が、緑の円からは可視の風が”、重なり合いながら蒼に襲い掛かったのだ。 一転して闘技場を覆い尽くす冷気の風に、蒼の逃げ場はない。
「「な、なに!?」」
刹那と朱莉の声が重なる。 一気に冷えていく空気。 棘のある風が蒼の体に裂傷を作り出す。
蒼の手に炎が宿る。 火球が風を破ってハヤトへ向かう。
しかし、今度は雷鳴が閃いた。 空から落ちてきた紫の稲妻が火球を上から下へと貫き、爆散させる。 実況もこれには困惑していた。
『な、何が起きているんでしょうか!? 氷に風、雷に炎!? と、登録されている情報では『煌炎』の力のみしか使えないはずでは!? 何か別の『煌神具』を用意していたのでしょうか!? な、何にせよ圧倒的です!!』
見る見る内に蒼が劣勢に追い込まれていき、色鮮やかな攻撃に歓声が増える。
雷霆が唸り、水流が渦巻き、大地が隆起する。 あまりに次の攻撃が読めないし、攻撃同士の間隙がなさすぎる。
それでも、蒼は表情を崩さず、果敢にその炎だけで立ち向かった。
再び青龍が姿を現す。 叩きつけられる火球。 広がる爆炎の中から姿を見せた蒼の額からは、血が流れていた。
朱莉の喉から、自然と懇願の声が漏れた。
「蒼……負けないで」
蒼がどういう理由でこの戦いに臨んでいるのか分からない。
だが、朱莉は彼の必死の努力を間近で見てきたし、彼の今の必死さも分かる。
これまで散々才能の壁に打ちひしがれてきたのだ。 彼が勝ちたいと願うのなら、勝ってほしいと朱莉も祈る。
だが。
ハヤトが手を翳し、虚空から現れた稲妻が蒼の腹を射抜く。 赤い血が飛び散り、蒼が後方に倒れ込んだ。
そのすぐそばに、ハヤトがいた。 距離を詰めてきたというより、瞬間移動でそこに現れたようだった。
ハヤトは拳を高らかに振り上げ、そのまま――
「蒼ッ!!」
蒼の顔面に拳を振り下ろした。