第二十話『俺と戦え』
蒼の目が開き、歓声と実況の声が意識から完全に排除される。
真っ先に動きを見せたのは、ハヤトの右手と、蒼の全身。
ハヤトが降参しようともたげようとしている右手向けて一気に疾駆する。
他の少女が遅れて一歩を踏み出そうとしたそのときには、蒼はハヤトの右手首を掴んでいた。 体重を乗せ、ハヤトの手首を地面に叩きつけた。
引っ張られたハヤトの体が遅れて地面を穿つ。
出来上がったクレーターの中で、ハヤトが歯を食いしばって痛みに耐える。
「ちょっと!! まだ『煌神具』を起動してない相手に!!」
ルイの非難の声だけが蒼の集中の中に入り込んでくる。 だが、蒼は罪の意識を覚えない。
この男の体は、生来頑丈なのだ。
ハヤトに、蒼は挑む。
「よう、降参はなしだ。 本気で戦ってくれよ。 魔道王」
ハヤトは目を見開く。
前にいた世界でハヤトを形容するその言葉をこの世界で知っている人間がいるわけがない。
そう思っていただろうハヤトは、完全に虚を突かれていた。
「何故それを…!?」
「教えてやるよ、俺に勝ったらな。 そうだ、もしお前が戦わなかったら、うっかりばらしちゃうかもしれないな」
蒼は不敵に勝負を吹っ掛け、掴んだハヤトの手首を真横に放り投げた。
ハヤトの体が吹き飛ばされて壁に激突し、盛大に土煙を上げる。
蒼は追撃の構えを取る。 手のひらを開くと、すぐさまそこに火球が出現する。
火球はすぐに顔よりも大きく膨れ上がった。 蒼はそれを問答無用で土煙の中に放り投げた。
爆発。 真上の観客席が全く見えなくなるほどの炎が立ち上り、足を動かそうとした対戦相手の少女たちが踏ん張って耐える程度の熱風が広がっていく。
実況の声は耳に入らない。 そんなものを耳に入れる余裕のある相手ではない。
相手は、世界を征した男だ。
「……釣れたな」
爆炎の中からたちまちに強くなっていく闘気を肌で感じながら、蒼は冷や汗を流し、自分を奮い立たせるために無理矢理笑みを作った。
真紅の炎を突き破り、青い焔が一直線に蒼目掛けて飛来する。 蒼は腕を交差させ、青の炎を受け止めた。
行き場を無くした大量の熱の奔流が広がり、蒼の視界が瞬く間に青く染まっていく。
腕が噛み千切られるような熱に苛まれる。 蒼を後ろへ押し込もうとする勢いも凄まじい。
その熱を振り払うように組んだ両腕を真横へ薙ぐと、青い焔は行く先を変えて蒼の左右に着弾した。
先ほどと同等かそれ以上の火柱が左右で打ちあがる。 それだけの威力を発揮しながら、当の本人が“人差し指を軽く折り曲げた程度の動き”しかしていないだろうことが、蒼にプレッシャーを掛けた。
同じ場に立つ少女二人はあまりの衝撃に尻餅をついている。
蒼は正面の赤い炎の中から現れる少年を苦々しく見つめた。
「最近よく勝負を吹っ掛けられる……俺はただのんびり暮らしたいだけなんだがなぁ」
「だったらこんな学校来るべきじゃなかったな、魔道王」
首に手を当てて頭を一周回す赤髪の少年。 その瞳から漏れる稲妻の如き闘気が、これまでにない圧を伴って蒼の体にぶつかってくる。
「約束だぞ。 俺が勝ったらどこでそれを知ったか教えてくれ」
「もちろん。 だが、手を抜いて俺に勝てると思うなよ」
ハヤトの体を淡い白の光が包む。 あれが魔法使いの力。
『煌神具』と一線を画す、超幻想の力だ。
(勝て。 勝つんだ、蒼)
蒼が拳を握り締め、それに呼応して拳に深紅の炎が宿る。
(コイツに勝たないと、あの子が救えない!!)
蒼は地面を蹴った。