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第十八話『一撃』

 試合開始と同時、AクラスとBクラスの二人が目配せをして、一気に岩槻へ距離を詰めた。

 これはどんな手を使ってでも最後の一人になれば勝者になるゲーム。


 まずは二人掛かりで岩槻を潰す魂胆だろう。 岩槻の口が気味悪く歪む。



「はぁッ!!」



 可視の白い風が靡く。 岩槻の背後に、風に乗って少女が一瞬で姿を現した。 速い。

 蒼のいた中学にあの動きが出来るものはいまい。


 少女は勢いよく模造刀を真横に振り抜いた。 だが、それは岩槻の手によってあっけなく受け止められる。



「甘いわぁ!!」



 岩槻はその並外れた膂力で少女ごと模造刀を地面に叩きつける。

 少女は地面に背中を打ち付け、衝撃を受けた地面はひび割れ砕ける。

 観客から悲鳴と歓声が上がる。


 少年の方が肉薄を終えるより先に、岩槻は豪快な掛け声と共に起き上がろうとした少女の横っ腹に蹴りを入れた。


 空気が歪んだように見えた。 圧倒的な力が少女の体を打ち上げる。 その軌跡に、少女の口から漏れ出た血が散った。


 少女が地面に落ちるのと同時、少年が手に持った槌を岩槻に振り下ろす。


 趣味の悪い笑みを浮かべたまま、岩槻はその巨躯を疾風の如き速さで動かして槌の軌道から反れ、すれ違いざまに少年の腹に拳を叩き込んだ。


 空間がまたねじれ、少年の体が弾丸のようなスピードで闘技場の壁にめり込んだ。


 全て、蒼が一歩と動く前に起きたことだった。


 土煙が上がり、その真上の観客席の生徒たちが身を乗り出して少年の無事を確かめようとしている。 蒼は近くまで吹き飛んできた少女の側に屈み込んだ。



「大丈夫か?」



 少女の意識は薄い。 対戦相手の心配などするものではないが、どうやら彼女はこれ以上動けそうにない。


 それでも、少女はその瞳に、後に国防を担うものとしての強い意志を宿して蒼の顔面に拳を振り上げた。 


 蒼は決死の闘魂を以って振るわれた拳を右手で受け止める。 少女はそのまま気を失っていった。



「ナイスファイト」



 この少女はいい騎士になるな。 そう思いながら、蒼は未だ地面を揺さぶる岩槻の動向を見た。


 先ほど壁に突っ込んだ少年が、根性を見せて岩槻に立ち向かっている。

 岩槻は弄ぶように少年の攻撃を悠々とかわし、返す拳で少年を痛めつけた。



「おらおら、もっと会場を沸かせてみろよぉ!!」



 煽り、嘲笑う。



(アイツ、昔学校にいた嫌な奴に似てるな)



 蒼が思い出に表情を濁らせる中、少年はなおも立ち上がった。 残念だが、それ以上やったところで勝てはしない。


 蒼は一歩ずつ歩いて、闘技場の真ん中まで来ると、二人に声を掛ける。



「二人とも、そこらへんにしとけよ」



 二人の視線が蒼に向く。 と思いきや、一方の視線が切れた。


 槌を持った少年の意識が途絶えたのだ。 力量差のある相手に対して、善戦と言えるだろう。


 岩槻が蒼を鼻で笑った。



「何だテメェ、まだいたのか。 尻尾を巻いて逃げ出したのかと思ったぞ!!」



 岩槻に続き、観客からも、「逃げるな!!」「戦え!!」という厳しい声が続く。


 話をつける前に戦っても意味がないと思っていたが、臆病者として映っていたらしい。



「ちょっと岩槻くんに聞きたいことがあってさ」



 なるべく多くの人間に聞こえるように声を張る。 野次が少し収まり、各々が聞き耳を立てた。



「あぁ?」

「先週、如月 ハヤトと賭け事をしてたよな? 岩槻くんが如月 ハヤトに勝ったら、鳳城 セナは俺のもので、早乙女 ルイはこの学校を出て行くって」

「……それがどうした? お前みたいな奴にゃあ関係ねぇだろ」



 岩槻が小馬鹿にするような視線を蒼に向ける。 蒼は言い返した。



「ちょっと聞きたいんだけどさ。 もし岩槻くんが“如月 ハヤトとの試合に辿り着く前に負けたら”、その約束は反故にしてくれるのかな?」



 岩槻が一瞬の沈黙の後に、大笑いを浮かべる。


 蒼が言ったことはつまり、蒼が岩槻を倒すということだ。 この驕り高ぶった男がそれを嗤うのはある意味自然なことだ。



「ははははは!! 『外れ者』の分際で俺を倒す気なのか!? これは笑えるな!!」



 観客にもやや笑いが移る。 蒼は、あくまで親切心で忠告する。



「『外れ者』なんて差別用語を平気で使って相手を見下すの、やめた方がいいよ。 もし負けたとき、言い訳が出来ない」



(そうやって、お前は小説でもアニメでも恥を掻いてきたんだからな)



 蒼の反抗的な言葉に、岩槻は笑いを引っ込め、今度は怒りを剥き出しにした。

 格下だと思っていた男に煽られて、よっぽど頭に来たのだろう。


 岩槻が構えを取ると、地面が押しつぶされて小さなクレーターが出来る。



「調子に乗るなよ、腰を引かせて今まで突っ立ってただけの『外れ者』が……恥を掻くのはてめぇの方だ!!」

「じゃあ、俺が勝ったら約束は反故にしてくれるっていうことでいいのかな」

「抜かせクソが!! テメェが勝ったら命でもくれてやらぁッ!!」



 岩槻が地面を蹴った瞬間、彼のいた地面は粉々に砕け散った。

 その距離の詰める速さは、先ほどまでの少年少女の比ではない。


 目の前に巨体が浮かぶ。 遅れて風を切る音がやって来た。


 岩槻が体を前のめりにして拳を構えた。 蒼も右手に力を込める。


 蒼の顔面目掛けて拳が迫る。



「……!!」



 ……もうそこにはいない、蒼の顔面があった場所目掛けてだ。


 岩槻の拳が虚空を殴りつける。 蒼は、真横に飛びのいて岩槻の拳をいなしていた。


 そして既に、蒼の拳と体は攻撃の準備が整っている。


 岩槻の体が思いもよらない空振りによりつんのめる。


 蒼の拳は、その岩槻の顔面の上で、既に振り下ろされていた。


 岩槻が目を見開く。 今さら、その攻撃を避けようとしても、相手を見下し余計なことを口走ったことを後悔しても、遅い。


 炎を纏った蒼の渾身の一撃が岩槻ごと地面に叩きつけられる。 土煙と火炎が立ち上り、蒼の視界は瞬く間に黄土色と赤色に覆われていった。


 何も見えない視界の中、蒼は態勢を整える。


 土煙は、すぐに晴れていった。


 観客席の生徒たちは、起き上がったり倒れた生徒を起こしていたりと混乱している。

 恐らく、熱風が直撃して押し倒されてしまったのだろう。

 生徒たちは何とか体を起こし、それから闘技場の中心部を見て、息を呑んだ。



「お前の命は要らない。 だけど、如月 ハヤトとの約束はこれでなしだな」



 蒼は、眼下で横たわる岩槻に声を掛ける。 が、聞こえてはいないだろう。


 岩槻は白目を剥き、半ば地面にめり込んでいる。 頬は焦げ、彼を中心に出来た地面のヒビは闘技場の端まで蜘蛛の巣のように伸びていた。 未だに燃え続けている箇所もある。



「それと……早乙女 ルイには二度と近づくな。 二度とだ」



 気絶していてもこの言葉だけは忘れるな、そのぐらいの気迫を込めて蒼は言った。


 教師が闘技場に出てくるのを見て、蒼は出入口の方へと歩いていく。


 観客席は静かだった。


 岩槻が一撃でトーナメントから落とされた。 そして相手は誰とも知らぬ『外れ者』。


 困惑は、やがて他者との会話になり、闘技場はすぐにざわめきに覆われる。


 教師が辺りを見渡し、声を上げる。



「そこまでッ!!」



 しかし、蒼はこれは当然の勝利だと思う。


 一昨年のCJCでベスト4だろうが、蒼との力の差は元々歴然だった。 蒼はそれだけ自分の体を追い詰めてきたし、不遇であっても努力してきた。 その結果でしかない。


 その蒼が霞むほどに、去年対戦した早乙女 ラウルという少年が強かったのだ。 彼がいなかったら、優勝も遠いものではなく、蒼がこれほど無名になることはなかっただろう。


 メタい話をすれば、彼は原作では十五巻以降に登場するキャラクターであり、いわゆる『パワーバランスに強烈なインフレが起きてきた頃のキャラクター』なわけで、当然今の時点でも規格外に強いのだ。


 期せずして『無名が強豪を倒して注目を浴びる』という主人公と同じ役回りを演じたことに、蒼は、



「少しは有名になっててもいいんじゃないだろうか」



 と、愚痴をこぼした。

 とはいえ、これでルイを学校から追放するというイベントは無事に終わった。


 蒼はルイを見上げる。 彼女もまた戸惑った様子で倒れ伏す岩槻と蒼の間で視線を泳がせていた。 蒼とまた視線がぶつかる。


 蒼がにっこり笑ってルイにピースをすると、彼女は少しの間瞬きをしつつ蒼を見つめ、それからまた彼女らしく腕を組んで目を反らした。 その動きに、今度はそれほど棘がなかったのが、蒼には嬉しかった。



「あの人って、朱莉ちゃんのお兄さん!?」



 そんな声が、ふと観客席から聞こえてくる。 見ると、朱莉が、友人に問い詰められていた。 朱莉は笑顔で答える。 その顔は、道端に咲く花のように柔らかかった。



「うん。 …………私の自慢の、兄だよ」



 朱莉が蒼を見て微笑んだので、蒼も笑みを返した。


 蒼は二回戦に進む。 試合は午後から。


 モブから始まった少年は、そこで、主人公と相まみえるのだ。


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[良い点] スカッとしますねぇ
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