第十七話『一回戦、開始!!』
ストーリー上、ハヤトと岩槻は二回戦でぶつかることになる。
しかしそれは、“両者が無事に一回戦を突破出来たらの話である”。
物語は常に一つの結末を辿るが、その物語に一滴別の何かを加えればその限りではない。
☆
暗がりの廊下の先に、光が見える。 その奥から、わずかながら歓声が聞こえた。
緊張する。 蒼は勝手に出来た拳を胸に当ててから深く呼吸した。 この感覚は去年のCJC以来だろうか。
「小波くん、どうぞ。 頑張ってくださいね」
入り口の側にいる先生の言葉に首肯で返す。 目を細めながら、蒼は光の中へと入っていった。
だだっ広い黄土色のグラウンドが、すり鉢状の観客席に囲まれている。
ここは聖雪の中にある一番大きな闘技場の中。
やはり、一昨年のCJCベスト4のいる試合は大きな闘技場が割り当てられている。
観客の数はかなり多い方だ。 やはり岩槻目当てだろう。 ものによってはさほど盛り上がらない試合もあるが、琴音や岩槻などの著名なものたちには観客も寄ってくる。
ちなみに蒼もCJCベスト8だが全く話題に上がらないのは、去年出場した早乙女 ラウルとかいう性格最悪美男子があまりの強さで話題を掻っ攫っていったからである。
遠くの正面に立つ岩槻は対戦相手の三人など眼中にはないらしく、『俺の力を見せつけてやる』と言わんばかりに観客席のハヤトたちにガンを飛ばしている。
観客席を見渡すと、朱莉が小さく応援している姿があった。
……さらに辺りを見やると、ルイと目が合った。 軽く手を振ったが、すぐにツンと目を反らされてしまう。 悲しい。
それはさておき、残る対戦相手はAランクの女子とBランクの男子だ。
中々の好カードである。
だが、あまり戦い慣れているようには見えない。 岩槻と勝負になるかは、怪しい。
『それでは――Aブロック第八試合を開始いたします。 各自、『煌神具』を起動してください』
歓声が強まる。 蒼は左手首に巻きついた時計型の起動装置を見た。
懐から取り出すのは、鍵の形をした未知への扉、『煌神具』。
赤く刺々しい形のそれに向けて、蒼は一つ、祝詞を唱えた。
戦いの前の張り詰めた空気が、余計にひりついたようだった。
「……『共鳴れ』」
鍵が俄かに震える。 仄かに赤い光が灯り、間髪入れずに鍵の中から女性の電子音が鳴り響いた。
《『煌炎(Flame)』、Caution》
起動装置のくり抜かれた小さな穴に、超常への鍵を突き刺した。
力強く捻ると、ガチリ、という小気味いい音と共に身体中の血液を沸騰させるような強烈な熱が一瞬で体を駆け巡った。
女性の音が淡々と力の招来を宣言する。
《接続(Access)》
瞬間、蒼の体が、文字通り炎に包まれた。
燃え盛る体、しかし、体を込み上げるのは痛みではなく力。
強襲する怪物たちに対し、人類が多くの犠牲の上に築いた反撃の狼煙。
岩鉄を砕き、空を駆け、自然を操る人類最恐の力が、
《Welcome to Fiona Server》
花開く。 蒼を包む炎が消え去り、その下に焼け残るは深紅の戦闘衣。
相変わらずの高揚感に、蒼はしかと目を見開いた。 腕を振れば熱風が起き、足の裏で地面を擦れば火花が散る。
アニメや小説の中でしか見ることのなかった驚異的な力の塊。
身体を気持ちよく締め付ける、前の人生では絶対に味わうことのなかった人間を越える感覚は、酔いしれて道を踏み外してしまいそうなほど蠱惑的で艶美な、底知れないものだ。
「『共鳴れ』!!」
《圧潰(Crush)、Caution》
対する岩槻が、高らかに声を張る。
人智の限界、その頂点の中のさらに最先端に存在する、亜種の力が目覚めようとしている。
《接続》
大地が震え、対戦相手の少年少女がわずかに揺れた。
岩槻の周りに大量の巨大な岩石が顕現する。 岩石は一様に岩槻に吸い寄せられ、彼を押しつぶすように一瞬で岩槻の姿を覆い隠した。
《Welcome to Fiona Server》
女性の声と同時に、岩石が勢いよく爆ぜた。
大量の破片が周囲に散らばり、蒼が首を傾げると、元々顔のあった場所を拳ほどの岩が通り過ぎていく。
爆心地に岩槻の姿がある。 金色の鎧を纏い、その顔には自信が漲る。 彼が一歩踏み出すと、地面が悲鳴を上げるようにわずかに震えた。
他の二人も同様に亜種の『煌神具』を起動させる。
『煌神具』は武器も顕現させることが出来るが、今回はただのイベント。 二人とも模造刀やレプリカの得物を持っている。
やはり才能が集う場所だ、『外れ者』は蒼だけか。
『それでは――』
どこからかマイクを持った教師の声が聞こえる。 歓声が一瞬静まり返った。
一瞬の呼吸の後、教師の声が堂々と響き渡った。
『はじめッッ!!』
歓声が割れんばかりに膨れ上がる。