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第百三話『廉潔の覇王』

 鼓動が、脳裏に響く。 それはまるで、時を刻んでいるようだった。


 だが実際、蒼にとってそれは、タイマーが残された秒数を減らしていっているように聞こえた。 集中の隙間を縫って、電子音が時を減らしていく幻聴が聞こえた。


 琴音が斧を振るう。 先鋒の兵士たちを血風が巻き上げ、上空で鎧ごと引き裂いた。

 目をしかと開き、大地を力強く踏みしめる。 自分の意思よりもずっと速く、蒼は琴音の切り開いた道に斬り込んでいた。



「おい、突っ込みすぎるなよ!!」



 ハヤトが七色の光を駆使して触手どもを叩き落としながら蒼を口で制す。

 蒼の闘志は、逸り続ける。 振り上げた剣が、蒼の速さについてこられていない骸の兵士に逆袈裟の跡を残した。

 兵士一体が機能を失うころには、蒼は全方位を骸に囲まれている。


 未だ、本丸は遠い。


 タイマーは、減り続ける。 遠くに佇む黒縄、その中に囚われた少女に残された時間は、あとどれだけ残っているのか。


 背後から振り下ろされる毒の刃を見切る。 振り返った瞬間、甲高い金属音が弾けた。



「ルイッ!!」



 金髪が靡く。 蒼と兵士の間に割り込んだ少女の姿が見えたのは、その一瞬。


 ルイの片足が地面から離れる、そのときまでしか蒼の目にルイは追えなかった。

 金色の姿が掻き消える。 代わりに現れたのは、幾百もの青色の剣閃だった。


 ルイが蒼の隣に再び姿を見せると同時、蒼を囲んだものたちが悉く崩れ落ちる。

 それでも、骸たちは同胞たちの死に恐れを為すことなくその数を武器に残骸を乗り越え、走り続ける。



「無茶しないで」



 ルイは落ち着いた口調で蒼を諌めると、片足を少し持ち上げる。 それから、足の裏を地面に叩き付けた。


 雷光が、迸る。 蜘蛛の巣の如く、または地割れの如く。

 青色の稲妻が周囲に広がり、兵士たちに襲い掛かる。 雷が兵士たちを捕まえると、その体を這い上がり、圧倒的な熱量と先鋭さで表裏全てを粉々に破砕する。



「こんな雑魚相手に、体力を無駄使いしないでいい。 彼女は必ず生きているわ。 焦らないで」



 ハヤトの魔法に重ね掛けするように、ルイの体を青い雷が纏う。 側にいる蒼の肌までが、棘に刺されたようにチクチクと痛んだ。


 『鎧滅』級の兵士の軍勢を雑魚と呼び捨てるとは。 本来ならば、あの兵士一体につきFNDの精鋭一人が必要なはずだ。



「アンタは、“最強”と一緒に戦ってるんだから」



 ルイが黒縄へと足を進める。 その足裏が地面を踏みしめるたびに雷光が爆ぜ、兵士たちを灼き殺していく。

 凹み弾け飛ぶ地面は、彼女を賛美しているようで、恐れ慄いているようでもあった。


 彼女の言葉に嘘はなかった。 絶対的な、王者の風格である。 彼女が大地を走れば兵士たちが砕け散り、捕らえんと蠢いた触手たちは、ルイの纏う雷に触れるだけで根元までを感電させて焼き切れる。


 轟く稲妻が、蒼だけを避けて蜘蛛の巣状に広がっていくのも、目を瞠るほどの技術だ。


 恐れを知らないだけに、兵士たちは青の覇気を前に命だけを投げ出していく。


 ……これが、廉潔の覇王と謳われた早乙女の血筋。 いや、それ以上に、ルイの研ぎ澄まされた努力の結晶か。

 清廉な覇気を纏う少女の体に、何人たりとも触れることは許されない。 黒縄へと向かい、遠のくルイの背中。


 それを見て、思うのだ。



「最強、か……」



 ()ぎるのは、死ぬ気で努力した日々。 不遇を嘆き、それをバネにして、蒼は上へ上へと進み続けた。

 何も与えられなかった彼は、そうしなければ強くなれなかったのだ。 彼の強さの理由は、そこにしかなかった。

 その甲斐あって、蒼は才能に胡坐をかいていた人間を超えることが出来たのだ。


 ――だが、もし。 何もかもを与えられた天才が、蒼と同じような血反吐を吐くような努力をしていたとしたら。

 そう、例えば……早乙女という覇王の血筋を受け継ぎながら、蒼同様ひたむきに努力をし続ける天才がいたとしたら。


 爆ぜる雷光。 地球が、自分で産み落としたわが子を恐れているかのように大地を揺らす。



「……誰も、追いつけやしないんだ」



 その美貌を見て、思わず口から零れた。 冷静さの中で、気高く燃え上がる紺碧の闘志。


 あれほどに美しいものを、蒼は知らない。


 蒼は、ふっ、と笑ってしまった。 蒼にすら憧れを抱かせたルイの圧倒的で鮮烈な輝きが、可笑しかったのだ。 ……自分も、同じだというのに。


 背後から迫る凶刃を、研ぎ澄まされた感覚が察知する。 剣と剣が触れ合った瞬間、赤い稲妻が迸る。 たった一合を打ち合った漆黒の兵隊は、剣から飛び散っただけの雷に灼かれて爛れ、機能を停止させる。


 蒼はキラキラした感情の昂ぶりを振り払う。 憧れで見上げることは、隣に並び立つものには不要なもの。


 今蒼を駆るのも、ルイと同じ覇王の力、そして、ルイと同じ血の滲んだ努力なのだから。

 力の具合を確かめる。 剣から、眩い赤の閃光が弾ける。


 前世から生まれた後悔が、ルイを目指して走ってきた道のりが、小波 蒼の人生として、他でもないルイに背中を押され、真に輝くとき――



「行け!!」



 逆袈裟に剣を斬り上げる。 嵐の如き雷鳴が轟き、龍に似た雷撃の一閃が、ルイの真横をまっすぐ通り過ぎて行った。

 ルイがわずかに進撃を止めて一驚する。



「まじかよ」



 ハヤトの呆れ笑い、それを掻き消すような轟音が響く。


 兵隊たちに刺さり、赤の刃が放射状に広がっていく。

 その筋は、永遠の迷路を思わせるほどに広く伸びていき、黒縄を阻むように壁を為していた兵士たちが、飲み込まれて焼き焦げる。


 蒼は自分の両手を見下ろす。 バチバチと、赤電が散っている。 体は満身創痍だが、燃え盛る闘争心と巡る力の奔流は、立ち止まることを知らない。


 高笑いが、聞こえた。 赤をぶち破り、黒縄がルイ目掛けて跳躍する。


 この程度で、怯むような相手ではないか。 ルイが走りながら剣を構え、蒼も地面を蹴った。

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