第9話 これが貴族
短髪と変身した姿で学校へ行くと、並み居るご令嬢から黄色い声。
私はそれに震える。ジン・ロバックは完全なる男。
婦女子に愛される立派な武人の男だ。
リックには目を覚まして貰おう。
私はたくさんのご令嬢を引き連れ、目に炎を宿したまま、教室の席へと座ると、あっという間に人だかりができた。
「あーん、ジン様ぁ。お似合いですわその髪型」
「ふふふ。まぁね。そんなにいいかな?」
「ええ。まさに男の中の男ですわ」
「ふふ。それは良かった」
「それよりもジン様、お聞きになって?」
「なにをだい?」
「ライラ嬢がずいぶん前に家出をなすったそうですわ」
──────ッ!!!
なんてことだ。
なんてこと──!
ライラ。
思い詰めてしまったのだろう。
人生に悲観してしまったのだろう。
公爵家を出て、どこへいってしまったのだ。
あんな世間知らずのお嬢様が屋敷の外にでて一日たりとも生きれまい。それがずいぶん前だって?
ライラの家出は自殺に等しい。
私はもっと早く止めるべきだった。
ライラの傍若無人な振る舞いを。
親友なんて言い訳だ。
私はライラを甘やかしたのだ。
あんなに人を傷付けてきたライラを。
なにが武人だ。なにが親友だ。
私が、ライラを殺すのかも知れない。
そこへリックが久しぶりの登校をしてきた。
私の目はなぜか彼に釘付けになる。
しかしリックと目が合うと、そのまま目をそらしてしまった。顔を赤くしたまま。
睨みつけなくてはならない。睨みつけなくてはならないのに顔を向けられない。
そうしているうちにリックの靴音が私の席で止まった。
「それで私を拒否したつもりか? ジンジャー」
「な、なにおぅ!?」
私は激高して立ち上がり、リックを睨む。赤い顔は怒りだ。それ以外なにもない。
「私はキミの容姿に惚れたわけじゃ無いからな。男の格好がいいならそれでいいさ」
「くっ! リック! 貴様!」
私は飛び上がってリックに組み付いた。教室に轟くご令嬢たちの悲鳴。当然、リックの護衛に抑えられたがリックは護衛をどかせた。
「やめろお前たち。これは私の将来の妻だ。妃だ。夫婦喧嘩と思えば護衛など必要あるまい」
途端に教室が沸く。
ライラと婚約破棄をして私と結婚したがっているリックに得心がいったと言うヤツだ。
ライラは他の生徒から評判が悪かった。
彼女以外が王太子の婚約者なら誰でもいいのであろう。
「クソ! リック! 止めろ! ヘドが出る!」
私は席を蹴って教室から飛び出した。
向かうはランドン公爵家。
ライラの足取りを掴みたい。バカな考えはやめさせたい。
私が公爵家に入ると、たくさんのメイドに迎えられた。みな憑きものがとれたような顔をしている。それほどライラがいなくなって良かったということか。くっ!
応接間に通されると程なくしてランドン公爵が現れた。私は立ち上がって一礼した。
「おうおう。ジン。短い髪も似合っているぞ」
「ありがたき幸せにございます。時に閣下」
「どうしたのかね?」
「ライラはどこへ? 心当たりは?」
「ああ。アレはもう生きる気力を無くしたのであろう。死に場所を探しているのかもしれない。私の教育がまずかったのかもしれん。いずれにせよ、王太子妃となれないのならライラのこれからの人生に意味はあるまい」
──────なんだって?
王太子妃。王太子の婚約者。
それがなんだというのだ。
ライラはあなたの娘じゃないか。
人生に意味とかじゃないだろう。
必死に探すのが親ではないのか?
子どもの幸せを祈るのが親ではないのか?
──スマン。ジンジャー。私のわがままだ。
ふと思い出す父上の言葉。
いや、父上は。父上は──。
私は男である方が幸せなのだろうか?
国の守り神として武官の人生をまっとうすることが。
女としての道。
リックに愛されるロバック将軍伯爵令嬢。
その道もあったのかも知れない。
だが私は自らこの道を選んだのだ。
「閣下」
「なにかね?」
「ライラをお探しにはなられているのですよね」
「ん? いいや」
「え?」
「王太子殿下から婚約破棄だぞ。それは何よりも重い。女としては死んでしまったも同然。他から婚姻の話など来ないであろう。そんな役に立たない価値無しの娘などいらんよ。まぁ出奔してくれたのはラッキーだったな。ははははは」
っく……!
これが親だ。貴族なんだ!
娘なんて道具くらいにしか思っていない!
こんな父親の下で育ったライラだ。
あんな振る舞いに出たっておかしくなかったのだ。
クソ! 誰しもがライラのことを!
もういい。
私がライラを探す!
「閣下」
「うん?」
「失礼致します」
「ああ。そうか」
私は公爵に一礼し、部屋から出ようとした。
だが足を止める。僅かな期待。ライラのすぐ側にいた人物がいた。彼はライラの足取りを知っているのでは?
「閣下」
「なにかね?」
「ライラ付きの下男であった、ルミナスはどうしました? 彼に会いたいのですが」
「ああ。アイツか。あれはライラを見失った咎で処刑にしたよ。使用人が共同墓地に埋めたと言っておったが、どうでもいい話だ」
なんてこと──。
なんてことだ。
ルミナスまで。
我々の貴族社会はいつもそうだ。
なにが貴族だ。なにが王だ。
傲慢で無礼。人の生き死になど何も関係ない。
家名だけを重んじ、愛や恋など関係ない結婚。
ああ、私は嫌だ。
もうなにもかもが。