第7話 決闘!
私は早朝暗いうちより王宮に入り、訓練場で正座をしてリックがくるのを待った。
護衛を大勢連れてくるだろう。なにしろ未来の国王だ。
私は護衛を一人一人、気絶させるか床に転ばして戦闘不能にさせる。そしてリックに果たし合いを申し込むのだ。なに、逃しはしない。本気の剣をリックに見せてやる。苦しかろう、辛かろう。怪我をするかも知れない。その敗北を味あわせる。甘っちょろい王族接待用の試合ではないぞ!
そして、前言の撤回を申し込むのだ。できないなんて言わせない。
ライラはもっと辛い思いをしているのだ。
私はこれによって国外追放になるかも知れない。死刑になるかも。連座で父も降格どころか蟄居の末、家の取り潰しになるかもしれない。
だが決めた。私は武人だ。友人の名誉の方が大切だ。命は惜しまない。
そこへ、訓練場の扉があく。そこにはリックの嬉しそうな顔。そして護衛は誰もいない。私は逆にムッとしてしまった。
「ジン。やはり来てくれたのだな。忠臣の鏡だ」
誉めるリックの言葉に目を伏せて立ち上がる。
そして細剣を抜いて、リックの首元に向けた。
「いつも言っているだろうリック。私が暗殺者だったらどうする。キミは今ので三回死んだぞ!」
「おいおい。久しぶりなのにご挨拶だな。それほど教育熱心ということか」
「黙れ!」
私はリックに迫り、睨みつける。
だが彼はいつものように陽気な顔のままだ。
「殿下、王太子即位おめでとうございますくらい言えないのかジン」
「なにがめでたいものか!」
リックは分からないのか。分からないふりをしているのか。いずれにせよ許せない。私は奥歯を強く噛み締めた。
「リック」
「なんだ?」
「キミに果たし合いを申し込む!」
「どうして?」
「分からないのか!? ライラは私の親友だ! その婚約を破棄するなどと! ライラだってキミとの結婚を楽しみにしていた! それをあんな場所で破棄するなど、無情極まりない!」
「それを怒っているのか?」
「当たり前だ! リック! キミを見そこなった! 国民が全員キミを国王と認めても、私はキミを決して認めないだろう!」
リックの爽やかな髪が揺れる。そして笑顔が小さくなる。だが微笑のままだ。
まだ余裕が見えるのが許せなかった。
「やれやれ。国王とは自分の望まない結婚をしなければならないものかね」
「そうだ! それが貴族社会であろう!」
「そうだ、か。ライラだって同じことだ。彼女も自分の好きな相手と結婚できない。親が決めた婚約に従わなくてはならないなんて、貴族社会とはなんとも悲しい世界だ」
「キミも? ライラも? 言っている意味が分からない。少なくともキミたちは学校では誰しもが羨むカップルだったはずだ!」
「──表向きは」
「はぁ?」
リックは剣を抜いて、構えた。
それはいつもの私の構えと同じ。私の剣法と同じなのだ。
「いいだろうジン。果たし合いだな。私が負けたらライラの婚約破棄を取り消せと言うのだろ?」
「そ、そうだ!」
な、なんだこのリックの威圧感は。おかしい。いつものリックではないようだ。
「その代わり私が勝ったら私の好きにさせて貰う。いいな」
「ふ。自信だな。しかしリック。キミは頭が変になってしまったのか? 今まで勝ったことなどないのに」
「そうだな。だが私は負けられない。このハンカチが床に落ちたら試合開始の合図としよう」
リックは胸のポケットからハンカチを取り出し空中に投げる。ハンカチは蝶のようにヒラヒラと漂ったかと思うと、滑空しながら床に落ちた。
その瞬間、リックは鋭い剣先をこちらに突き付ける。だがまだまだだ。私はリックの伸ばされた腕を避けて身軽に回転し、彼の胸を狙って歯止めのついた切っ先を繰り出す。
しかし、リックはそれを大きく仰け反って避けた。
「な、なに!?」
「ふー。危ない。危ない。さすがジンだな」
「おちょくるな! まぐれで命を繋いだだけだ!」
私は転身して三段突きから、必殺の剣撃。しかしリックは無様ではあるが避けた。これは教えた剣技、武術ではない。ルールに則っていない防御なのだ。それも私を怒らせた。
私の剣が乱れる。焦りが見える。体勢を整えなくては!
「おのれちょこまかと!」
「おいおい、熱くなるなよ」
「クソ! リック!」
「キミの目は節穴か? ジン」
「なんだとォ!?」
怒る私の目の前でリックは剣を捨てた。私の足元に投げ捨てたのだ。私はそれについ目をやったがためにスキが出来た。リックは駆け込み、両手を上げて組み付いてきた。腕を抑え、足を絡めて私を押し倒す。男の力に耐えきれず、訓練場の床に二人で倒れ込んでしまった。
「クソ! リック! 剣の試合に卑怯だぞ!」
「なにが剣の試合だ! 勝手に決めて!」
「なにを!? キミは受けたじゃないか!」
「いいや、一方的だ!」
リックは私を押し倒したまま。しばらく押し問答が続いた。必死にもがくものの、リックは戒めから解こうとはしなかった。
「リック! いい加減にしろ!」
「好きなんだよーーーッ!!」
──────ッ!?
「は、はぁ?」
「いつも見ていたんだ、ジンジャー! キミのことを! なぜ気付かないんだ! だから節穴だというんだ! 私はもうこの気持ちが抑えられない! 主君と家臣なんて嫌なんだ! キミを妃に欲しいんだ!」
「ば、バカな」
リックの真剣な眼差し。黒い瞳が目の前だ。なんと美しい。本気の眼差しとはこんなにも美しく力強いものなのか。だが鋭くて痛い。私はリックから目を逸らすしか出来なかった。
「──バカな。世迷い言はよせ」
「バカなもんか。私はジンジャーに結婚を申し込む」
「や、やめろ」
「この果たし合いは私の勝ちだ。床に寝転んでいるのは君の方だからな」
「うっ!」
「私の好きにさせて貰う。それが条件だったからな」
そういいながら、リックは私の唇を奪った。
唇を──。
なんだ。なんだこれは。なんなんだ──。
私の目は見開き天井を見たまま、リックの唇を感じていた。
なにが起こったか分からない。
いや、分かる。
女に戻されていくことを──。