第6話 婚約破棄
ランドン家から出ると、私は馬に跨がり急いで自分の屋敷へ。式典に間に合うように正装し父と同じ馬車に陪乗して王宮へ。
私と父は武官の頂点である席へと案内される。
ライラは既に王室とほど近い席に腰を下ろして微笑んでいた。
やがて式典が始まる。外国からの貢ぎ物の目録の読み上げ。大臣たちの挨拶。いよいよ国王陛下が国旗へ一礼し、壇上へと上がり、リックの声を高らかに呼ぶ。
リックはゆっくりと壇の上に登り、陛下の前に跪いた。
「我が子リックよ」
「はい。国王陛下」
「そなたを時期国王の後継と認める」
「ありがたき幸せ」
陛下からリックの頭へと真紅の王太子冠が被せられると、貴族たちは大きく叫び祝福した。
それを受けてリックは立ち上がる。
誰しもが次期国王としての志しを語る。そう思われた。
「本日は、未熟な私のために集まってくれたことに感謝申し上げる」
会場が湧く。すさまじい熱気。
若き王太子リックへの期待がどれほどか分かる。
「陛下は一つだけ無条件で自分の願いを叶えて良いとおおせになられた」
陛下とリックの間にそんな約束が有ったとは。
しかし、リックのことだ。ひょっとしたらすぐにでもライラの輿入れを願うのかも知れない。
「私の婚約者であるランドン公爵ご令嬢ライラ嬢と長年に渡り友人として近くで見て来たが、彼女は王太子妃としての徳なく、ここに声高らかに婚約破棄を宣言する。以上である」
会場が凍り付く。それはリックが会場を後にするまで。
ランドン公爵の表情は完全に固まっている。目を開いたまま。
ライラとて同じだ。完全に停止──。
しかし閉められた扉の音と共に彼女は泣き出し、外へと飛び出してしまった。
私も立ち上がってライラを追いかけようとしたが、隣に座る父にベルトを掴まれその場に座らせられた。
ライラ。ライラ。ライラ──!
つらいだろう。自分を押し殺して主君となろうとしていたこと。私は分かる。本当は下々のことを考えての行動なのに!
リックの気持ちも分かる。普段のライラを見ていたら誰しもが勘違いする。
しかし、しかし、ライラはリックとの結婚を夢見ていた。
王妃として何をするか考えていた。
それをこんな公然の場で!
陛下は壇上の中央に立つ。その途端ザワついていた場内は静まりかえった。
「王太子より話は聞いていた。ランドン卿」
「は、はい」
「卿の教育というのもあるだろう。ライラへ王太子妃としての教育をしたのであろう。だがそれはダメだ。民衆は王太子妃を支持しないであろう。我々には王家を守る義務がある。国家を守る義務がな。公共の場での婚約破棄はランドン家への罰とも言える。だが降格や謹慎はない。領地に帰り、心改めよ」
「は、はは!」
ランドン公爵はしばらく席にいたが、そのうち体調不良を理由に会場から出て行った。
私はパーティーの席へと案内されたがパーティーどころではなかった。遠い席にリックがいる。
それをずっと睨んではいるものの、外国の使者との応対で忙しそうだった。
リックが憎い──。
我々は共に遊び学んできた友ではないか。
ともに武術をする師弟でもある。
それが私へひと言の相談もないとは!
リック。キミの私への気持ちはそんなものなのか。
尊敬していたのに。
次期国王と敬愛していたのに。
ライラを託せる男だと思っていたのに!
裏切られた。
ライラと同じように私のことを裏切ったのだ。
リック──!
私はキミを……。
それから数週間。ライラは学校へと姿を現さなかった。リックとて同じだ。まだ王太子として挨拶やしなくてはならないことが山ほどあるのであろう。
私は家の訓練場で細剣を握りただ一点を見つめていた。
ライラはこれからどうやって生きていけばよいのだ。体のいい追放と同じだ。
狸のような貴族のオヤジの元に嫁して死んだような人生を送らなくてはならないのだろうか。それは余りにも可哀相だ。
いっそのこと、私の妻にしてもよいものだろうか?
いや、それはない。そんな同性婚を神はお許しにならない。今となってはこの呪われた体が憎らしい。
「若様──」
訓練場の扉の外から、使用人のセバスチャンの声だった。
「入れ」
「かしこまりました」
彼は入ると一礼した。そして口上を述べる。
「リック王太子殿下より、明日からまた武術訓練のために出仕して欲しいとのことです」
「……そうか」
「はい」
「さがっていよ」
「かしこまりました」
セバスチャンが扉を閉めた途端に、素早く体を伸ばして訓練用の木人形へと剣を突き立てる。
胸の的に的確に切っ先がヒットしていた。
「リック。見そこなったぞ。男の中の男だと思っていた。友人として特別な気持ちもあった。しかし、許さん! ライラの思いの仇は私が討つ!」
輝く細剣。私は誓った。
リックに言葉の撤回をさせるのだと。