第4話 ライラの本音
私は注意しようとすると馬車の車輪が上がり、馬車は普通の道に戻った。
すぐさま従者たちは後部に戻る。それを感じたルミナスは馬車を走らせた。
「あら、上がったみたいね。まぁ後でルミナスには罰を与えないと」
そういいながらライラは手に持った鞭を空いている手のひらに音を立てて打つ。
私はすでにガマンの限界だった。
「あのなぁ、ライラ」
「あら、ジン、見なさいよ。昨日の雨で川が増水しているわ」
それがなんだというのだと思ったが私もライラが指差した方を馬車の中から見てみる。
たしかに川が大きく増水し、流れが速い。
「まったく。民衆というものは愚かだわ。こんな増水している場所の近くでも平気で住むんだもの。笑っちゃうわよね。ジン」
ライラの言葉。民衆を馬鹿にした言葉。こんなに一緒にいて嫌な気持ちになるなんて。
だがそこであるものを見つけた。時を同じくしてライラも叫ぶ。
「きゃぁ! 人が流されているわ!」
そう。そこには小さい男の子が流されているのが一瞬だけ見えた。そしてさらに川の中に沈む。
私の胸が大きく波打つ。助けなくては! 後部席にロープなどあるかもしれない!
ルミナスにいって馬車を止めてもらわなくては。
私がそう思うより早く、ライラは運転席へ向かって声を上げた。
「ルミナス! ダメよ! 助けて上げて!」
「はい! お嬢様!」
「ああ、ダメだ!」
私の言葉の方が遅かった。ルミナスはライラに言われるまま馬車を止めると駆け出し、すぐさま川の中に飛び込んでしまった。
これはいけない。二次災害になってしまう。ルミナスは濁流にもまれて、被害者の子ども諸とも川の底に沈んでしまう。
私もすぐさま後部席へ急ぐ。従者の手助けもあり、長めのロープが見つかった。
それを近くの木にくくり付ける。
しかし、ルミナスと子どもの姿が見えない。急流過ぎる。
驚くべきことにライラは川のそばでルミナスの名前を何度も呼んでいた。
「ルミナス! ルミナーース!」
私もどうにかしなくてはならない。自分の身にロープを巻き、川に飛ぶ込む準備をした。
「お嬢様!」
後ろからライラの従者の声が響く。彼の指差した方には川岸の草に捕まったルミナスの姿。手には立派に男児が抱かれている。
私は感動してそこにロープを流した。ルミナスはそれをつかむ。私とライラの従者たちはそれを力一杯引いた。
ルミナスは二人の従者に川から上げられ、男児も九死に一生を得た。
「ありがとう。お兄ちゃん!」
ルミナスは体力の限界からか、小さく手を上げて振るだけ。
ライラもそこへかけよって、鞭を握る手でルミナスの胸を大きく叩いた。だがそれは鞭を打つわけではない。泣きながら、両手で彼の胸を何度も叩いたのだ。それは無事を喜ぶものであったであろう。
私は小さく微笑んだ。
これが本当のライラなのだ。
たった一人の民を助け、何も言わずにルミナスの胸を叩く。
ルミナスはそれを受けてライラの背中に手を伸ばした。
だがライラはその手を叩く。
「さぁ。もう人命救助ごっこはお終い。案外簡単なものね。つまらない。でも体力的にルミナスにはもう運転は無理だわ。エディ。あなたが運転なさい。ルミナスはこの辺の宿場で休むといいわ。さぁジン。行きましょう」
そう態度を変えると、別の従者に御者を命じ、ルミナスをそのままに、馬車を走らせた。
そしてつまらなそうに窓の外を見ていた。
私も今の一幕で彼女に苦言をすることが完全に飛んでしまった。
私の屋敷が近づくとライラは窓の外を見ながらつぶやいた。
「ジン──」
「お、おう」
「どうせ、今日言いたかったことって人に優しくしろとかっていうことでしょ? 分かってるわよ。でもね。民衆には多少恐怖も必要よ。お人好し王国では国は滅んでしまうわ。だからもう少しこのままで。ああ、あの川だって河口側の治水が悪いのかも知れないわね。そこも直さないといけないとリックに言わないとね」
そう言い終わる頃には私の屋敷の入り口へと停車されていた。
ライラはようやくこちらへと首を向けた。
「ジン。それではごきげんよう」
「あ、ああ。ライラもお達者で──」
私が下りると馬車は走り出す。しかし、ライラの態度には完全にやられた。
ひょっとしたらあれは本物の君主なのかも知れない。
私は馬車の後ろをしばらく眺めていた。