第15話 二度目の決闘
私は屋敷に帰り、一寝すると早朝に王宮へと向かった。訓練所の床に座り、目を瞑っていた。
足音が聞こえる。それはたった一つだけ。
おそらくリックは侍従に私が来ていると聞いたのであろう。
そう思っていると扉が開いた。
「ジンジャー! 来てくれたのか!」
その言葉に私は無言で立ち上がり剣を抜く。
切っ先を主君であるリックの方へと向けた。
「うっ……!」
「果たし合いだ。リック。私が勝ったら父が言った話、反故にしてもらう」
「あっ。それなんだがなジンジャー。無理矢理は悪かったなと思い直したんだ。物事をなんでも早くしようとするのはいけないよな。だからジンジャーの気持ちが変わるまで保留にしようと……」
「抜け! リック!」
「……分かった」
リックは剣を抜いて構えた。本気の剣がこちらに向けられる。鋭い真剣な眼差し。怒りに似た、必ず自分が勝つ執念が感じられる。
「私は本気だ。こんな賭けみたいなことをしたってジンジャーを決して諦めない。キミに結婚を申し込む貴族が現れたなら、家を取り潰してやる。他国の王子がキミを欲しいと言ったら国交を断絶するつもりだ。キミがこんな果たし合いをしたって無意味だ。私は必ずキミを手に入れる!」
「いいや。それならライラのように出奔する。自害するかもしれない」
「ジンジャー!」
「私とて本気だ! このハンカチが床に落ちるのを決闘の合図とする!」
私は胸からハンカチを抜き宙に投げる。それは真っ直ぐに床へと落ちた。
リックが私の胸を狙って腕を伸ばす。
早い! 電光石火だ。荒いが短期決戦を目指す。捨て身の攻撃。
だがまだまだ。
私は剣をリック側の足元の床に落とし、驚いて目をやったスキを狙い、その彼の腕を脇で挟む。うろたえるリック。必死に腕を抜こうともがくが、背中を抱いて口づけをしてやった。
「うっ!」
甘く蕩ける時間。
リックもその場に剣を落とす。そして私の背中に腕を回すと力強く抱きしめてきた。
私たちは互いの唇を合わせ続け、やがて名残惜しくそれを離した。
「──これってどっちが勝ったのかな?」
「さぁてね。引き分けだろう」
「引き分け。というと?」
「私は忠義者の父に、無理矢理王室に嫁がせられるということだ。私は嫌々、王太子殿下の妃にされてしまう」
「だけど私は愛してる!」
「そんな一方的な愛を生涯受け続けなくてはならないなんて、不憫な私は思い直したのだ。だったらこっちから王太子殿下を好きになってやろうとな。そうすればイヤでもそのうちに幸せになるかも知れない」
「おいおい」
「ふふ。だが剣を捨てるつもりはないぞ!」
私は剣を拾い上げ、鞘へと収めた。
「どうして──」
「なんだ」
「急にキスなんて」
「さぁな。心変わりだろう。リック。キミは信用できない男だ。親友だと思っていた。男の中の男だと」
「……違っていたか?」
「ああ。口では愛をささやいても、私にライラの計画の話を教えてくれなかったからな」
そう言うと、リックの狼狽っぷりったらなかった。
「そ、そ、そ、それはだな。ライラの計画が漏れてしまってはいかんと……」
「ヒドい! 私がバラすと思ったのか? そんじょそこらの噂好きな女子のように、あちこちに吹聴して回ると。リックの目などそんなものなのだな?」
「違う! そんなわけないじゃないか!」
「いや、現にキミは私を信用しなかった。かなりショックだ!」
私は熱弁を振るいながら、その顔は決して厳しいものではない。絶えず微笑みを混ぜ合わせたような顔。それにリックは苦笑する。
「おいおいジンジャー。……なぜライラの話を知っている?」
「そりゃ親友だからな。新居に招かれたんだ」
それを聞いたリックは目を大きく見開いて食らいついてきた。
「おお……。二人は元気か?」
「ああとても。一番、君主となって栄耀栄華の道に近かったライラは庶民に落ちて、粉まみれで手には豆だらけ。飽食を続けてきた彼女は自らキッチンに立ち、仕事の傍ら愛する人に食事を作ることがとても楽しそうだったぞ」
「そうかぁ。あのライラがねぇ」
「そうだ。愛の前には貴族も貧乏も関係ない。とても、とても羨ましかったよ」
「そうかぁ~」
「そうだ。だが心配だ」
「まぁ、大貴族が庶民の生活をしていくのは心配だろうな」
「違う。ライラとルミナスのことなんて心配など何もない。私が親友以上に幸せになれるかだ」
「そりゃあ──。幸せにしますよ」
「どうだか。何しろ私はまだ愛を知らないからな」
「これは手厳しい。さすがロバック将軍の娘。なかなか落ちないな」
「さもありなん」
私たちは微笑み合い、もう一度キスをした。




