第12話 妖怪からの手紙
怒りのままにここへ来た。
リックの強引さは、行方不明のライラのことなどみじんも思っていない。
彼は私が欲しいだけのためにライラに婚約破棄を言い渡し、私の逃げ場をなくした。
悔しい。リックの気持ちは嫌ではない。むしろ心地よかった。そこまで愛されることは嫌ではない。しかし、今はダメだ。リックにはライラのことも忘れないで欲しい。
彼女を追いかけて欲しい。傷付けないで欲しい。
その思いの方が強かったのだ。
親友を幸せに出来るのはリックだけなのだから。
辺りは暗くなり、寂しい風の音が辺りを支配し始めた。
逢魔が時──。
魔に会う時間。
それはこの世のものではないものがあふれる時間だ。私は剣に手をかけた。風が大きなススキを揺さぶる。
途端にこの感情のまま飛び出した自分がバカらしく思えた。
「はっ。だからどうなるというのだ」
リックに反抗し、父に刃向かったところでどうなることもない。だからといって考えもまとまらない。リックになど負けたくなかった。新しい抵抗の策を考えよう。
私は馬首を返して街へと戻ろうとした。
柳の並木。そこはルミナスが川で少年を助けた場所。
その川は今日は穏やかで、中央には丸い月が映っていた。
「ねぇねぇお兄さん」
声のする方を見ると、見たことがある少年。
これは、ルミナスが川で助けた少年じゃないか。
「これ、助けてくれたお兄ちゃんから預かったんだ。お手紙」
手紙──。
ルミナスから?
しかし彼はすでに死んでいる。死ぬ前に渡したということか?
それとももののけだろうか?
逢魔が時に私を誑かそうと化け物がイタズラをしている?
手紙を受け取って開けようとする。
しかし、少年の方へ目をやるとすでに彼は消えていた。ますます怪しい。
私は馬上で手紙を開けた。
そこには──。
「親愛なるジンへ。街の中を馬で走る姿を見かけましたので、急いでこれをしたためています。手紙を受け取ったら、川から二辻目の道へ入り、奥にある粉もの屋に来て下さい」
差出人の名前がないが、妙に気安い。
「やれやれ。庶民でこんなに美しい字を書けるものがいるだろうか? 狐狸妖怪の類いかな。しかし、街の中で悪さをするだろうか。面白い。いずれにせよ妖怪とは会ってみたかった」
興味本位で大きな通りに戻る。酒場の前に馬留めがあったので、そこに馬を留めて歩き出した。
川より二辻の場所は狭く暗い。手押しの荷車は入れるだろうが馬車は入り込めないであろう。
道も土を固めたところで変な臭いがする。
道の中を通る小さな堀も木の板をかぶせただけの簡素なもの。そこから大きなネズミが飛び出した。
「わっ! これか? 妖怪は。それにしても大きなネズミだ」
道にはまだ続きがある。進んでいくと、たしかに小さな粉もの屋。
作業場の窓には明かりがある。仕事をしているのであろう。
軒下には買ったばかりの小さな手押し荷車。薄暗い倉庫には麦袋が重なっている。横には小川があり、小さな水車が回っている。それの音がトンカラトンカラと響いていた。
私は裏口に回ると、小さなイーゼルに看板が立てかけられていた。
『粉挽きます。焼きたて薄焼きパンあります。お菓子もあります』
庶民にも分かりやすい言葉で書いてある。粉挽きの傍ら、粉からできるお菓子も作っているのだな。
一体ここの店主が私に何用だろう。
私は扉を叩いて呼びかけた。
「もし。こんばんわ」
「ああ、ジンだわ。お入りになって!」
はぁ?
だがこの声、聞き覚えがある!