第11話 強引なリック
父は次の日に丁重に王室に断りを入れた。
宝剣も贈り物も全て返したものの苦笑する。
「うーん。これでは忠義なのか反抗なのかわからんな。ロバック家は代々忠義の家柄だというのに、王家からの申し出を断るとはな」
「そうかもしれませんね。父上」
「いいや。いままでの功績では認められず、ジンを王室に入れて宝剣などとは馬鹿げているよ。断って正解なのだ」
そう言う父と笑い合った。私もそう思う。
しかしその日の夕方、規律正しい馬蹄の音が響いたかと思うと、近衛の騎馬隊がきらびやかな甲冑をまとい、全員が王室の旗を持ちロバック家を囲んでしまった。夕焼けが銀の鎧に反射して昼間のようだ。
「なんともものものしい。王太子殿下がジンを捕らえにやってきたのかもしれんな」
「父上。如何致しましょう?」
「なぁに。門を閉じていれば入って来れまい。まさかこのロバック家に兵を攻め込ませたりはすまい。妃が欲しくてロバックを攻めたとなれば王室の恥だ。囲むなんて脅しに過ぎんよ」
「そうでしょうか……?」
口実をつけて私か父を捕縛し、許されたければ嫁になんてことを言うかも知れない。しかし、そんなことをするなら自害する。王家だって世間のそしりは免れまい。
窓から見ていると、門の周りの近衛兵が左右に大きく避ける。
兵を割って現れたのは金色の六頭立ての馬車。それが門の前に停車した。
「ううむ。あれは使者かもしれん。軍事ならば抵抗もできるが、使者とあってはお迎えせねばなるまい」
「そうですね」
私たちは鎧姿のまま門まで急いだ。
門に着くと、馬車の中から現れたのは当の本人リック王太子。彼は馬車から颯爽と下りると、門の前までやってきた。
父はどうしていいか分からず、またもや目を白黒させた。そこにリックは声を上げる。
「ロバート・ロバック将軍。どうか門を開けてくれ」
「で、殿下。直々お出まし痛み入ります。ロバックは忠義の臣でありますが、ジンの妃の件は本人も嫌がっておりまする。どうぞご容赦を」
「兵は私の護衛なだけだ。私がこの屋敷に入っても誰も近づけないように」
「屋敷に入る。ええ。もったいないことではございます。殿下お一人ですか? 分かりました。ささ、どうぞ」
父は門を開けると、そこにはリックが一人。
父とリックは並んで屋敷へと向かうその後ろを私はついていくが、リックは父との談笑ばかりしてこちらを見ようともしない。
応接室に入るなり、父はリックを上座に座らせる。だが、リックは父の前に跪いた。
「義父上。先日は剣で釣るなど失礼をいたしました」
父は慌てて床に這いつくばり、リックの頭よりも自分の頭を下げた。
「殿下。失礼はこちらのほうです」
「ロバック家には後継者がいない。それではジンを妃として嫁がせるのは無理だろう」
「さようでございます。本人も家に残りたい希望でございます」
「ならば、私が婿に入る」
「い?」
「王太子の座は弟のテリーに譲る。それならば異存はあるまい」
父はもうどうしていいか分からずに言葉を発せられずにいた。
だが私はその間に入り込む。
「リック! なにを馬鹿げたことを。オマエは国の父となる身分だ」
「そうだ。だが愛するもののためにそれをいつでも捨てる所存だ」
「馬鹿げてる。帰れ!」
「ジンジャー。君の話など聞いてはいない。貴族の結婚は当人の意志など関係ないといったのはお前だ。私はロバートと話しに来たのだ。水を差すな!」
リックはそう言うと、父への懇願を始めたのだ。それはリックの作戦。私と一緒になるための策略だった。
「──どうでしょう義父上さま。ジンジャーがこの家を守り通したとしてもそれは一代限りです。私が婿入りすればロバック家は次なる後継者を得られるかもしれません」
「そ、そ、それは」
「ロバック家の存続のために、当主はジンジャーでも私を婿として迎え、後継者をジンジャーに産ませるのです。めでたく男が産まれれば、ジンジャーとて男役は終わりです。私とともに永世を女として生きればよいです」
「で、で、殿下」
聞いていられない話だ。私はリックの肩を突いてソファに転ばせる。そして彼を見下した目で睨みつけた。
「見損なったぞリック。君は君主となる身分で私の影となって生きるなどと。下策も下策だ。史書は君を良くは書かないだろう」
「元よりその覚悟の上だ。私はロバック家に入る」
「帰れ。世間知らずで自分勝手なお坊ちゃん」
「帰らない。良い返事を頂けるまでは」
父は立ち上がり、私の頬を張った。
私は驚いてその場に立ち尽くすことしかできない。
「ジン。この無礼者め。身をわきまえよ」
「し、しかし父上!」
父は足を揃えてリックの方へ方向転換する。そして威厳を持って答えた。
「良き日を選び、ジンジャーを王室へと嫁がせます。本日のご無礼平にご容赦を」
「おお。将軍閣下! ありがとうございます!」
「バカな! 父上!」
「黙れジン! 殿下は単身、王室を捨ててこのロバックへ嫁ごうと決意なされたのだ。それを私がハイハイそうですかと言えるか! 私とジンの思いなど国家の大計からすれば小事だ。それに拘っていては私がご先祖に申し訳がたたん!」
「し、しかし私が妃などと」
「もうよい。ジンジャー。女に戻るときがきたのだ。今まで随分無理をさせたのう。ロバックはカヤに婿をとらせることにしよう。殿下はそのやり方を示してくれた」
私の握られた拳から血がにじむ。
噛んだ唇。涙がこぼれる。
「で、ではなぜ最初からそうしませんでした!? 私は! 私は! 私は不承知です! 誰が王室などへと!」
私は馬に跨がり、門衛に閂を抜かせ門を開けさせると、近衛兵団の横をすりぬけて走り出した。
街を抜けて郊外まで。
牧草地が風で棚引いている。
その頃には夕暮れ時となり、暗さも混じり合ってきた。




