ある少女の繰り返し
「クラスメイトに殺された時、僕の復讐は大体達成された」の後日談的短編(特殊)です。
上記作品を読んでいない方は先にそちらを読んだ方がわかりやすいかもしれません。
また読んだ方にしてみれば、蛇足となる可能性があります。ご注意ください。
終わる。この世界もまた終わる。
激しい豪雨に見舞われたかと思うと、ピタリと止んで風が吹きすさぶ。
海は荒れ、川は氾濫し、地面が割れる。
これでもう何度目だろうか?
10回までは数えていた。それからは何も考えないように過ごしてきて、またあがくようになった。
今はもう、開き直った。開き直って長いけれど、でも生きたいと思っている。
せめて寿命を迎えるまでは、生きたいと思う。
とたん、世界が炎に包まれた。
苦しむ人たちが周りにたくさんいる。
声を上げたくても上げられず、その魂まで燃やされるのではないかという業火に、男性も女性も大人も子供も、誰もが関係なく焼かれている。
受け入れたら案外楽なもんですよ、と皆に教えてあげたいけれど、残念ながら私の喉は音を発することもできない。
楽といっても、慣れるまでに何回かかるかわからないけど。
楽といっても、熱いのは、痛いのは変わらない。
でも不安はなく、あるのは落胆だけ。
消える意識の中、緑色の髪をした少女が見えたような気がした。
――ああ、今回も世界の崩壊は越えられなかったなぁ……。
◆
もう何度目になるかわからない世界。もう何度目になるかわからない生まれ変わり。
いつかの世界では、こうやって別の世界で生まれ変わることを「転生」なんて言って流行っていたっけ。
私の名前はわからないけど、今の名前はリリ。あまり発展していない感じの世界の花屋の娘で、毎日毎日花を売って生活している。
「リリ、配達に行ってくるから、店番しておいてねー」
「はーい」
木で作られたお店は、裏が居住スペースになっていて、庭では売るための花を少しだけ育てている。
こんな小さな庭では、売り物をすべて作ることができないから、仕入れはしている。でも、こうやって花を育てることで、安く仕入れられると同時に、花についてよく知ることができる。
父親は町の兵士をやっていて、夜にならないと帰ってこない。母親は花屋を営み家計を助けている。
今回の家庭は大体こんな感じだ。
店にやってきた人に愛想を振りまき、困っていそうなら話を聞いても、普段の花屋にはそんなに人は来ないので暇な時間にはカウンターの奥でこの世界で出来ることを試してみる。
うん。今までいろんな世界でいろんなことを経験してきた。
魔法が使える世界があった。同じことを反復することでスキルを覚えられる世界があった。
レベルが上がる世界があった、そういったものはないのにドラゴンのような強い生き物がいる世界があった。
今までたくさんの人生を送ってきた。だけれど私が原因で死んだのは、思い出せる一番最古の世界でだけだ。
あとはすべて私よりも先に、世界が崩壊した。
長くても30歳は迎えられず、早いと10代後半くらいには世界が終わった。
つまりこの世界もそうであるなら、そろそろ世界が崩壊する。
それを証明するかのように、世界が揺れる。私にしてみればこのくらいかぁ……みたいな地震も、慣れていないこの辺りの人にしてみれば大きな災害で、外では悲鳴がこだましている。
数日前、もう少し大きい地震が来て、通りの端のお店がつぶれていた。
今回の地震ではつぶれる家はないとは思うけど、それでも皆急いで外に逃げている。
「リリ、大丈夫かい」
走って戻ってきたお母さんが、勢いよく店の中に入ってくる。
それから私を見つけると、安心したような顔で「大丈夫そうだね」と息を吐いた。
「この家は大丈夫だって、言ったでしょう?」
「そうは言ってもねぇ……正直、リリが言っていることが本当かなんてわからないだろう?」
「確かにね」
この家には私が手を加えたから、ちょっとやそっとじゃ壊れない。
世界の崩壊が本格化するまでは、安全な場所の1つだといっていいだろう。
だけれど、それを事細かに説明すれば忌子だとか、悪魔の子だとか言われるので、若い子が無意味に信じている系のおまじないの類ってことにしている。
要するに私が外に出ない理由だ。
外に出たとして、真下で地割れが起きたとしても、私は逃げられる自信があるけれど、それを見られると変な目で見られかねない。
できれば家から出たくはないけど、これくらいの世界だとニートは許されないので、その時にはあきらめている。最悪この町から抜け出して、まったく別のところに行くくらいならできるから。
伊達に開き直れるほど人生を繰り返していない。
今度は外から水が地面をたたく轟音が聞こえてくる。
「またかい。こんなに急に雨が降るんじゃ、安心して洗濯もできやしないよ」
「部屋で干しているから、まだマシでしょ。っていうか、雨のことはちゃんと聞くのに、家のことは聞いてくれないだね」
「雨が急に降るのが収まらないなんて、今となったら誰でもわかることだよ。
何度びしょぬれにされたか。本当に何が起こっているんだかねぇ」
それは世界の崩壊が近いからじゃないかなぁ……なんてことは、口が裂けても言うつもりはなかった。
◇
今回の世界もまた終わりが近づいてきた。
自然災害は復興が追い付かないほどに重なり、周りの家はわが家を除けば片手で数えられるほどしか、数が残っていない。
残った家も、かろうじて生活できるかといった感じで、人々はより安全な場所へと避難していった。
両親も避難してしまったので、この家には私しか残っていない。
両親が私を置いていった理由は簡単なもので、この家が壊れないから。
周りの人たちから薄気味悪く見られ、うわさされるようになり、私を人柱に自分たちだけ逃げて行った。
「お前は昔から変な子だと思っていたよ、この魔女め」
なんて母親は言っていたけれど、魔女と言われたのは何回目だろうか。
こうやって世界崩壊を目の前して毎回思う。私が何をしたというのだろうか?
毎回毎回世界が崩壊する直前の世界に生まれて、30歳になることなく死んでいく。今回なんて20歳も迎えられなさそうだ。
世界の崩壊に巻き込まれなかった古い古い私が、病気で30歳前に死んでしまったからだろうか?
基本的には諦めているし、終わりが来たらそれでもいいかなと思っているけれど、できるならおばあちゃんになって死にたい。
平凡に生きて、平凡に死にたい。
もう空き巣とか、泥棒とかしか居なくなってしまったこの町を眺めていたら、不意に視界の端に緑色の髪の毛が映った。
この世界では珍しい色だけれど、私はその髪の色に見覚えがあった。
この世界では見ていない。でも、前の世界では見たような気がする。
思い起こせば、その前も、その前も、その前も……。
その髪の持ち主は、とても可愛らしい女の子で、今の私よりも年下に見えるような外見で、毎回同じ姿をしていたように思う。
そう思ったら、私は家を飛び出していた。
今まで普通に暮らすために隠していた能力をすべて使って、彼女を追いかけた。
そしてすぐに追いついた。
よく見れば彼女の隣に黒髪の女の子もいて、視野狭窄だったなと反省する。
「何かを追いかけることはありますが、こうやって追いかけられるのは久しぶりですね」
「フィーニスちゃんの見た目がアウトの時には、よく追いかけられていたけどね」
追いついた私を見るなり、女の子たちはそんな風に他愛ない会話をする。
何を言っているのかはさっぱりだけれど、この世界の状況下で「のほほん」と言わんばかりの会話をするのはどう考えても場違いだ。
きっと目の前のお茶会のセットがあったら、ためらわずにお茶会を始めるだろう。それくらいにはこの世界にふさわしくない。
とはいえ、明らかにこちらを無視するように、私の話をするので話しかけにくい。
それも構わず話しかけようかと思ったら「それであなたは誰ですか?」と緑の髪の女の子――フィーニスに問われた。
「私はリリ。貴女たちはいったい誰? まさか世界が崩壊するのは貴女たちのせいなの?」
今更駆け引きとかしても意味ないと思うので、直接問いかける。
崩壊の原因が彼女たちというのは、あくまでも状況から判断した可能性でしかないけれど、他に思い当たることもない。
私の記憶が正しければ、世界が崩壊するその直前でも彼女は平然としていたのだから。
フィーニスは私の問いかけにほんの少しだけ目を見開いたけれど、すぐに何か納得したように頷いた。
「なるほど。あなたは運のない人ですね。たぶんわたしくらい運がないです」
「どういうことなの?」
「言葉通りですよ、ヴィアトリクスさん」
一瞬誰かと思ったけれど、ヴィアトリクスというのは私か。
「私の名前は……」
「リリというのはこの世界の話でしょう?」
フィーニスの言葉に何も言えなくなる。
果たして私は自分が生まれ変わった存在なのだと言っただろうか?
言ってはいないはず。そんなに会話は交わしていない。
それだけで判断された? いや、彼女は知っていたのではないだろうか?
「だからわたしはあなたをヴィアトリクスと呼びます。わたしのことは別に呼ばなくていいです」
「貴女は何者なの、何を知っているの!? 教えて! 教えなさい!!」
この人は知っている。私のことについて、私以上に。
私が知りたくて知りたくて、それでもはるか昔に諦めたことを。
知りたい。知りたい、しりたい、しりたい。
どれほどぶりかに感情的になった私を落ち着かせようとするように、ひと際大きな地震が来た。
まるでこの世界の中心で爆発でも起きたような轟音とともに。
「残念ながら時間がなさそうです。ですので、あなたが知りたいことを1つだけ答えてあげましょう。
そう約束してあげます」
「……貴女は私のことを知っているの?」
冷静になって問いかけるのはそれだけ。
きっとこれからも彼女とは出会い続ける。次の世界でも、またその次の世界でも。
だから今聞くのは、彼女が私の事を知っているのか、それだけで構わない。
途中で私が消えてしまうのであれば、それもまたいい。
「知っているかどうかといわれると微妙ですね。ただわたしはあなたが知らない、あなたのことを知っているかもしれません。
残念ながらわたしはあなたの心のうちまではわかりませんからね。
まあ、あなたの今の見た目とかは知っていますよ?」
後悔しているわけではないけれど、質問を間違えた。
知っているなんて範囲が広すぎる。たぶん私が知りたかったことを答えてくれたのは、彼女の慈悲。
もしくは戯れ。過程はどうあれ、私は知りたいことを知ることができた。
その時ちょうど私の真下の地面が割れた。
落ちていく私に対して、彼女は平然とさっきの場所に立っている。
「時間のようです。もう会わないことを祈りますよ」
「ううん、また会いに行くから」
ありったけの大声でそう返したところで、私の今世が終わった。
本編である「クラスメイトに殺された時、僕の復讐は大体達成された」がスターダストノベルスより電子書籍になっています。よろしくお願いします。