05 両陛下の命令
前世は享年十八。今世は享年十二か。早死にばっかしているなー、私。もう少し長生きしたいけど無理かな。無理だな。だって私馬鹿だし。おまけに短気だし。あれ? やっぱ無理じゃん。来世は人間じゃなくて猿の方が長生きできそう。神様に祈っておこう。来世は猿にしてくださいって。
そんな現実逃避をしていると、目の前に座っている人物が咳払いをした。その人は眼鏡をかけ直すと、私に尋ねた。
「ちゃんと聞いておられますか? アザレア嬢。私の言っていること、理解しております?」
「ええ。わかっております。宰相様。最後の晩餐は羊の肉が良いですわ」
「何ひとつ伝わっていませんね。よろしい、もう一度最初から説明します。今度はしっかり聞いていてください」
几帳面そうな仕草で、宰相のエルメット様は眼鏡のズレを直した。
中庭でロータス殿下を泣かせたあと、何故か私はまだ宮廷にいた。今は宰相の執務室で王太子ロータス殿下の生い立ちを教えてもらっている。
うん。なんで?
いろいろとやらかした後だから父や継母と離れることができたのは助かるけど、それはそれとしてこの状況はおかしくないか? どうしてまだ生きているんだ、私。
中庭に騎士団長のクリーク様が駆けつけてきたとき、私は死を覚悟した。
だって、ロータス殿下に飛び蹴りをした挙句、平手打ちからの謝罪まで彼を追い込んだのだ。しかも、全て私の早とちりから起こった出来事。目撃者は多数いる。言い逃れはできないしするつもりもない。その場で打ち首でもおかしくない所業だ。
私が「世話になった使用人たちにせめて遺言を」とクリーク様に慈悲を乞う前に、泣きじゃくっていたロータス殿下が先手を打った。
「クリーク……そこの娘を、エルメットに、預けよ」
嗚咽混じりに殿下はクリーク様に命令した。主に忠実な騎士団長は、戸惑いながらも私を中庭から連れ出し、宰相のエルメット様の元まで届けた。
エルメット様も突然のことに驚かれていたのだけど、クリーク様と一言二言言葉を交わして、渋々納得したようだ。
クリーク様が用は済んだと執務室から出て行くと、エルメット様は私を椅子に座らせた。
そして、何故かロータス殿下の生い立ちを聞かされるはめになったのだ。
「殿下は三つで大陸言語を全て覚え、五つで古代言語を含めた呪文言語を理解し、七つで魔法に関する王国の書物を全て読破しました。十二となったいまは、ご自身が論文を執筆する立場であり、またいくつか著書を出版しており……」
殿下の超人ぶりを先程から延々と聞かされているのだけど、これはどういった意図が隠されているのだろうか。
あれかな? お前はそれだけ偉大な人を泣かせたんだぞ。死ぬ前に悔い改めよ、てこと?
「良いですか? はっきり申しますと、王太子殿下は普通ではありません。殿下は多岐に渡る才能に満ち溢れており、かのお人以上の人物は現在の王国には存在しないでしょう。算術、武術、魔法。特にこの三つは、殿下の右に出る者はいません。まさに才子。神の申し子。ですが、天才は天才でも、その行動は天災そのものでございます」
話半分に聞いていたところ、突然エルメット様が話の主旨を変えた。それまで殿下の生い立ちを淡々と説明していただけなのに、急に声色を変えて忠告じみたことを言ってきたのだ。
「嵐を完全に予測できないように、殿下もそういった自然災害に近いときがあります。普段は大人しいのですが、突発的に非常識な行動を取るときがあるのです。例えば——今回の婚約者選びのように」
エルメット様のメガネが怪しく光る。私は彼の態度で、今回の件が殿下の独断であることを察した。
「……そして、嵐に抗う人間がいないよう、誰もあの子を咎められなくなったのです」
背後から飛んできた発言に、私は肩を跳ねさせる。恐る恐る振り返れば、出入り口の扉に人が立っていた。
初老の女性だ。その高貴な人物には見覚えがあった。
「ガブリア陛下!?」
私は椅子から跳ねるように立ち上がった。エルメット様も立ち上がり、王妃に対して敬礼する。慌てて私は彼に倣うと、ガブリア王妃は安心させるように微笑んだ。
「そんなに畏まらなくてもよろしいのですよ、アザレア嬢。もっと楽にしてくださいな」
一国の王妃を前に楽にしろという方が無理です。
私が突然のことに緊張していると、王妃陛下の後ろからひょっこりと国王陛下も顔を出してきた。
「余もおるぞー」
国王であるラインハルト陛下はのんびりとした態度で執務室に入室してくる。
そして、私の向かい側のソファにお座りになった。続いて、王妃陛下も腰を下ろす。
え? 何が起こるんです?
王族自ら手討ちにしてくれるってことですか?
私が混乱していると、王妃陛下が優しくお声をかけてくれた。
「アザレア嬢、おかけになって。此度は非公式です……いえ、正直に話しましょう。私どもはいま、国王と王妃ではなく、ただの人の親としてここに座っております」
ガブリア王妃が暗い顔をすると、隣に座っていたラインハルト陛下が懐から掌サイズの水晶を取り出した。その表面には、手入れされた庭園が映っている。
「中庭の件は、この遠見の術で全て把握しておる。其方が余の息子ロータスにしたこと、全て、な」
あっ。やっぱり手討ちですか。逃げないので遺言だけ書いてもよろしいでしょうか? そうだ。その前に謝罪ですよね。
私が両陛下へ土下座をしようと腰を浮かしかけたとき、ガブリア王妃が私の肩を掴んで、必死の形相で仰った。
「——逃がしませんわよ! 念願の娘を!」
「はい?」
続いてラインハルト陛下も私の肩を掴んだ。
「うむ。これだけ肝の太いご令嬢が将来の王妃なら、カボス王国の未来も安泰であろう」
「はい?」
いま、なんて仰りましたか。
王妃? 誰が?
『アザレア嬢』
お二人が同時に私の名を呼んだ。私の肩を掴む手が強くなる。
「あなたほどロータスに相応しい子はいないわ」
「うむ。ゆえに、ラインハルト・クル・カボスとガブリア・クル・カボスが命じる」
両陛下はまたもや口を揃えて、私に言った。
『ロータスの婚約者となりなさい』
……はい?




