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02 婚約の経緯



 なぜ超人な殿下と私が婚約関係になったか。

 その理由は、私が十二歳の時まで遡る。


 今世の私の家庭は少し複雑だった。

 私の母と父は政略結婚だったため仲が悪かった。その証拠に私の母が病死してまもないうちに、愛人の女と再婚したのだ。

 その上、愛人には子供がいた。私と()()()の妹だ。歳は半年差で、血は半分繋がっているらしい。今世の父の屑っぷりに、思わず乾いた笑いが出てしまった。

 前世と違い、この世界では宗教上の理由で一夫一妻が普通だ。そのため貴族は男女問わず愛人を囲うことが多いらしいが、それでも妻が身重な時に他の女と寝ていたなんてバレたら世間体が悪い。そのことを隠しもしない父は前世の私より無能ではないだろうか。

 その時にはもうすでに前世の記憶を思い出していたため、私は父を早々に見限り、継母たちがいる母屋ではなく使われなくなった離れに住むこととした。

 記憶がある分精神年齢が高かったのもあり継母と義妹の嫌がらせに反撃するようなことはしなかったが、明らかな敵意を向けてくる相手とは関わらず、極力避けた方が身のためだと私は知っていたからだ。

 父は流石に母方の実家の目を気にしているのか、私を衣食住に困らせることはなかった。一通りの教育も受けることができた。幸いにも使用人は私に同情してくれたので、身の回りの不満もない。

 そして、私は思った。

 あれ? 前世の後宮生活に比べればすごく平穏では? と。

 飲み物に毒やらドレスに刃やら仕込まれることもない。水遊びと称して真冬に池に落とされることもなければ、茶会に呼ばれて罵詈雑言を浴びせられることもない。侍女がスパイでも執事が政敵に雇われた暗殺者でもない。寝込みを襲われることも、裏切られることもないのだ。

 あれ? やっぱり平和だ。

 ちょっと継母たちと仲が悪いだけで、生活そのものは平和だ。

 カボス王国の治世は安定している。この世界では魔王とかいう脅威があるらしいが、地理的に王国は魔界から遠いので魔物による被害はそこまで深刻な問題ではない。世界共通の敵がいるおかげか、国同士の戦争も今は鳴りを潜めているのだ。

 平和だ。

 前世の何かあれば戦争戦争だった世界と比べれば平和そのものだ。

 私は今世の平和に万歳と心の中で手を上げた。

 私の本来の身分を考えれば不遇かもしれないが、どうせあと五年もすれば結婚してこの家をおさらばするのだ。それまでの辛抱だと考えれば、この程度の扱い何ともない。むしろ温いものだ。私を苦しめたければ、前世のように国王の嫁にでもしてみせな! まあ、国王陛下はもう結婚してるので無理な話だけど!

 私が調子に乗って平穏を謳歌するのも束の間、父から命令が下った。

 曰く、王太子の婚約者選びに出席せよとのこと。

 十二の春の頃だった。


*****


 そのときのことは良く覚えている。

 久々に母屋に呼ばれたかと思えば、十人はいるであろう侍女たちに着飾られ、あっという間に馬車に詰め込まれたのだ。

 そして豪華な馬車の中で向かい合う私と父と継母。気まずい雰囲気を、横に座った義妹のエリーゼが茶化した。


「やだ、お姉様ったら。久々にお父様とお母様に会ったのに、世間話の一つもしないなんて! さぞやお話が弾むでしょうに」


 そう言ってクスクスと笑うエリーゼの目つきは、前世の嫌いだった人達に似ていた。

 他人を嘲笑う、見下すことが大好きな瞳だ。

 私は彼女を無視して窓の外を見た。宮廷のある王都は栄えている。その街並みを眺めるだけでも充分楽しめる。エリーゼや継母たちと会話するよりも有意義な暇つぶしになると考えたのだ。

 私の態度が癪に障ったのか、継母のアイリスは憤慨した。


「なんて生意気な子! 容姿が地味で愛想も無い子供が、王太子殿下に見初められるはずがない。ねえ、あなた。やっぱり出席させるだけ恥よ。今なら遅くないわ。こんな子、屋敷に置いていきましょうよ」


 継母の言い分に父は首を振った。


「何度も言っているだろう。今回の茶会は年頃の令嬢を全て出席させろと陛下からの仰せだ。私の一存で断れるわけないだろう」


 父がギロリと睨めば、継母は口を噤んだ。その光景を可笑しそうにエリーゼが笑う。何が面白いのだろうか。出会った頃から思考が読めないエリーゼが、私には薄気味悪かった。

 とはいえ、継母が私に期待しない理由は理解していた。

 至極単純。私の容姿が地味で、エリーゼは類を見ないほど愛らしかったからだ。

 今世の私が不細工だとは思わないが、前世のようにとびきり美人というわけでもない。対してエリーゼは恐ろしいほど容姿が整っている。このまま成長すれば、美しさだけが取り柄だった前世の私でも敵わないだろう。それ程だった。

 容姿だけならその差は一目瞭然。目が惹かれるのは当然エリーゼの方だ。容姿の良さで未来の王妃を決めるわけではないだろうが、美しい方が有利なのは変わらない。そのことを父たちは理解しているのだろう。明らかに私とエリーゼではドレスの質が違った。装飾品やら髪型も凝っているのは彼女の方だ。

 随分気合が入っているな、とガラスに映ったエリーゼをこっそり見ていたら、彼女に気がつかれた。エリーゼはわざわざ私に近寄って、私の肩に手を乗せると耳元で囁く。


「落ち込まないで、お姉様。私より可愛い令嬢なんていないのだから、仕方がないわ。もう勝負は決まっているようなものだもの」


 ふふふ、とエリーゼが笑う。ずっと笑みを絶やさない義妹が少し怖い。今すぐ肩に乗せられている手を払いたかったが、その衝動を抑えじっと耐える。すると、馬車がガタンと止まり、御者が宮廷に着いたことを知らせた。

 私は内心で助かったと思い、居心地の悪い馬車からさっさと下りた。

 父を先頭に目的地の中庭まで案内される際、エリーゼが私にだけ聞こえるように言った。


「お姉様。取り柄のないお姉様が王太子殿下に選ばれることなんてあり得ませんから。ご安心くださいね」


 やはり笑顔を浮かべるエリーゼは気味悪い。しかし、彼女の言葉には同意した。

 前世は美しさだけが取り柄だった。

 今世はその美しさすらない。

 そんな私が、将来を約束された王太子の婚約者、ひいては未来の王妃になれるとは思えなかった。

 だから、今回の婚約者選びは何事もなく終わるものだと考えていた。

 少なくとも、私は当事者ではないと思い込んでいたのだ。


「こちらでございます」


 そんな他人事気分だったからか、案内してくれた従者がとても疲れた顔をしているのに気づかなかったのは。

 中庭に通じる扉の前で、彼は深々と頭を下げる。


「では、本当に、お気をつけて——いってらっしゃいませ」


 まるで戦争に赴く兵士を見送るかのような態度に、私を含めた全員が首を傾げる。

 問いかける前に、従者が扉を開けた。眩い光が隙間から漏れ出す。私たちは眩しさに目を細めながらも、光に吸い込まれるよう中へ入った。

 そして、一歩進んでから従者の言葉の意味を理解した。

 私たちが足を踏み入れたのは中庭でなく——



「ハーハッハッハッ! どうした、皆の者! こちらに来い! 余と共に戯れようではないか!」



 ——ロータス殿下が蔓を利用して縦横無尽に飛び回る、ジャングルであった。


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