19 来ちゃった
「もう、ロータス殿下ったら。恥ずかしがり屋なんですから」
私は殿下と別れ、自室として与えられている王太子妃の部屋へと向かっていた。
最初は彼と共に各方面へ謝罪と後始末をしていたのだが、廊下や窓を殿下が魔法で直し、次は文官の書類を復元しに行こうとしたとき、騒ぎを聞きつけた両陛下と宰相のエルメット様に今回の原因を聞かれたのだ。
なので、正直に「殿下が私のために精霊界まで行って指輪を作ろうとしてくれている」と答えたら、殿下が慌てて「残りは一人でやるから、サラマンダーを探してきてくれ」と私を置いてさっさと文官室へと移動してしまった。転移魔法を使用してその場から消えたため、エルメット様が「極級魔法を一日に何回使う気ですか」とこめかみを抑えていたのが印象的だった。
彼に同情しつつも、私は満面の笑みで彼らに頭を下げてその場を去った。明るい気持ちで厨房に寄り、フェアリーに頼まれたお菓子を貰おうとした。だが生憎と厨房には作り置きのお菓子が無くなっており、今から作るにも時間がかかると言われたのだ。どうしようかと悩んだとき、そう言えば自室にお茶菓子が残っていたと気づき、私は一度部屋に戻ろうと考えたのだ。
綺麗になった廊下を歩きながら、先程の殿下の焦った様子を思い出し、幸せな気持ちになる。
「指輪か……ふふ、楽しみ」
思わずスキップしそうな気分でを階段を上っていると、あっという間に自室のある三階に着いた。
本館三階、一番右手奥にある部屋が王太子妃のそれだ。正確に言えば居室で、寝室はその隣にある。先ほどお茶をしたのは前者のためそちらへ向かう。部屋の目の前まで来ると、ガチャリと扉が開いた。
中から暗い顔をしたリリアが出てくる。彼女は私を見つけると、サッと顔が青ざめた。
「アザレア様……殿下と一緒なのでは?」
「ええ。でも、途中で別れてサラマンダーを探すことになったの。それと、朱の棟にいる精霊達にお菓子を持っていかないと。まだお茶菓子が残っていたはずよね? それ、持っていっても良いかしら?」
私が居室へ入ろうとすると、リリアは慌てて私を引き止めてきた。
「お待ちください。私が取ってきますので、アザレア様は少々ここでお待ちください」
どこか必死な様子の彼女に、私は少し驚いた。
「さほど手間でもないし、私は別にこれくらい構わないわよ?」
「いえ、そのような理由ではなく……」
リリアは顔を曇らせた。言い辛そうにする彼女に何と声をかければいいか迷っていると、ガチャと音がした。
音源は扉からだった。部屋の目の前で立ち止まっていた私たちに、扉を開けたイザベラが震えた声で言った。
「ア、アザレア様。お客様がお待ちです……」
怯えた彼女の肩越しに見えるのは、いつもの部屋の風景。
だけど、普段私が寛いでいるソファに、見慣れぬ人物が座っていた。
十人中十人が振り返るほど美しい少女。私と同い年ぐらいの彼女がこちらに気がつき、その金色の瞳を私に向けた。
「あは。お姉様」
ニコリと笑ったその顔は、嫌というほど見覚えがあった。
「来ちゃった」
金髪金目の美しい少女。
義妹のエリーゼが、そこにいた。
*****
二年ぶりに義妹と再会し、急速に口の中が乾いていくのを感じた。
「何故あなたがここに……」
彼女に悟られぬよう平静を装う。リリアが小声で「私たちが戻ったときには既に」と教えてくれた。
私は彼女と怯えるイザベラを後ろに下がらせ、義妹が座っているソファに近づいた。ニコニコと笑っている義妹と、立ったまま対峙する。
「ここがどこだとわかっているのですか? 例え親族であろうとも、許可なく気軽に来て良い場所ではないと、あなたなら理解しているはずでしょう?」
私が彼女を睨むと、義妹は「お姉様ったら酷いわ」とおもむろにハンカチを取り出して、嘘泣きを始めた。
「二年前、お姉様がロータス殿下の婚約者に選ばれて以来、私たち姉妹は一度もお会いできなかったではありませんか。お誕生日も、新年のお祝いも。王妃教育に忙しいのを理由に、ロータス殿下は頑なに私とお姉様を会わせてくれない。腹違いとはいえど大切な家族が無事に過ごしているか心配で心配で……殿下の意地悪にも負けず、やっとの思いで会いにきたというのに、こんな仕打ちあんまりですわ」
おいおいと泣く義妹に、「白々しい」と言い放つ。
「公爵家にいた頃、あなた達が私の誕生日を祝ったことなどありましたか? 家族の情など、とっくのとうに無くなっているではないですか」
「それもそうでしたわ。お姉様ったら可愛げがありませんから、お父様とお母様にすっごく嫌われていますもの!」
嘘泣きを止め、あっけらかんと義妹は言った。何が可笑しいのかニコニコと笑っている。
相変わらず気味が悪い。世間の噂とは大違いだ。
ここ二年、義妹とは会わなかったが評判はいくつか耳にしていた。月の女神のように美しい容姿だとか、慈悲深い性格の持ち主だとか。実家の繋がりゆえか有力者と仲も良さげで、実際、私は三人の大臣から義妹のことを尋ねられたことがあった。そのとき、「素晴らしい才能の持ち主」や「あれほど高潔な人物はいない」などと彼女は褒められていたのだ。
世間で噂される義妹と、私が対峙する彼女の印象はどうにも合わない。噂と一致しているのは外見ぐらいだろう。
「用はそれだけですか? なら、さっさとお引き取りを。あまり長居するようなら衛兵を呼ぶわよ」
私は義妹の悪意を受け流し脅すように言うと、彼女は「嫌だわ、お姉様」と苦笑した。
「どうやって私がここに来れたと思っているのかしら? ロータス殿下の懐である宮廷に、部外者の私が簡単に忍び込めるとお考えで?」
「ねえ?」と、義妹は私の肩越しにリリアとイザベラに笑いかけた。
後ろの二人、あるいはどちらかが手引きしたと暗に言っているのだろう。嫌疑をかけられたイザベラが泣きそうな声で「違います」と否定している。リリアは無言だが、息を飲んだ気配が背中から感じ取った。
私は二人には何も言わず、代わりに義妹の発言を一笑した。
「相変わらず性悪な女ね。そうやってわざと人を疑わせるようなことを言って、仲違いさせる。何年一緒に住んでいたと思っているの。あなたの手口なんて、嫌というほど知っているわよ」
義妹はきょとんとした後、ゆっくりと口の端を上げた。
「あらぁ。私、そんな酷いこと思ってもいないのに。お姉様ったら、ほんと捻くれているんですから」
それに、と彼女は頬に手を当て困ったように首を傾げる。
「私、嘘はついていませんよ? お姉様にお会いしたかったことも、そのために宮廷の使用人にお力添えしてもらったことも。ぜーんぶ、残念ながら事実ですわ」
笑って義妹は私から視線を外す。そして、彼女はおもむろに机に置いてあった——おそらく、先程私が床に落としたティーカップを持ち上げて逆さにし、僅かに残っていた中身を床に垂らした。
「それにしても、ここの侍女はまともにお茶の一つも淹れられないのですか? 簡単な仕事一つこなせないなんて、随分な出来損ないですこと」
ポタポタとオレンジ色の滴が絨毯に落ちる。
イザベラが「今すぐご用意します」と悲鳴のような声で答えたので、私は彼女を呼び止めた。
「イザベラ。エリーゼをもてなさなくても大丈夫よ。もうお帰りになってもらうのだから」
「あらあら。お姉様ったら冷たいわ。もう少し私とお話しましょう?」
「結構よ……あなたが出て行かないなら、私がここから立ち去るわ。衛兵に帰り道を教えてもらいなさい」
ここから出て行く気など毛頭もない義妹に背を向け、リリアとイザベラを連れて居室から出ようとする。
すると、背後から義妹が淡々と言った。
「お姉様。ロータス殿下の婚約者を続けるのも結構ですが、このままでは死にますよ?」
過激な発言に思わず足を止める。ふざけているのかと振り返れば、いつも笑っている義妹から表情が消えていた。




