18 精霊の悪戯にはご注意を(下)
「私のため?」
フェアリーは微笑む。人の心が読める彼女は、私や殿下の考えなどお見通しだ。フェアリーは美しい羽をパタパタと動かしながら、『ね、ロータス?』と殿下に言った。
彼は身体を拘束する精霊達を丁寧に引き剥がしながら、彼女に懇願する。
「待てフェアリー! お菓子をやるからそれ以上は言わないでくれ!」
「ではその倍のお菓子を用意するので続けてください」
『ほんと!? 約束よ、アザレア』
フェアリーは私の周りをくるくると回って、上機嫌に理由を教えてくれた。
『精霊王の涙である、太陽の石をアザレアにプレゼントしようとしたの!』
「あああああああああああああ!!」
殿下が顔を両手で隠して叫んだ。
精霊達はそんな彼の様子を面白そうに笑っている。
『ロータス、はずかしがってる』
『なんで? なんで?』
「やめてくれ! もう黙っていてくれ!」
殿下の悲痛な訴えはフェアリーに届かなかった。
『アザレアが私たちのお家に遊びにきたとき、太陽の石を綺麗だと褒めたでしょう? それをロータスは覚えていたの。残念ながらお誕生日には間に合わなかったけど、今度のお祭りのとき渡そうと思っていたんだって!』
「うわあああああああああ!!」
再び絶叫する殿下に構わず、フェアリーは彼の心を読み続ける。
『それでね、いくら綺麗といっても石のまま渡すなんてそっけないでしょう? だから、あなたに似合うようなアクセサリーを自作しようと考えていたの。そうね、常に身につけていられる、アザレアが気にいるようなゆび——』
「■■■■■ーー!!」
殿下が聞いたことがない言語で何かを叫ぶと、黒い輪がフェアリーの身体を締め付けようとする。
『やだ、ロータスのえっち。■■■』
フェアリーも軽い調子で聞き取れない言葉を喋った。すると、彼女の周りにあった黒い輪は消え、代わりに殿下の身体を拘束する。
もがく彼の姿を見て、シュナが短く悲鳴を上げた。
「特級魔法に呪術返し……精霊ってやっぱりえげつない……」
『ふふふ、すごいでしょう?』
笑うフェアリーに、シュナは青褪めながらこくこくと頷いた。
後ろに控えていたリリアが、床に蹲る殿下を見てボソリと呟く。
「……おもい」
表情こそ変わっていないが、彼に引き気味だということがわかる。イザベラも微妙な笑顔を浮かべていた。
そんな二人の様子を見て、シュナが殿下に耳打ちする。
「ロータス殿下。やっぱり精霊界まで行って指輪作ってくるのは淑女受け悪いみたいですよ。なんか引かれてません?」
「〜〜〜!!」
シュナの小さくない小声が殿下に止めを刺した。精霊達が『おもい? おもいねー。ロータスおもい』と追い討ちをかける。
声を上げる気力が無くなったのか、床に突っ伏したまま殿下は悶え始めた。
「………」
恐らく羞恥で震えている彼を、私は無言で見下ろした。
そっかー。私のためかー……。
うん、でも、ほらいくら私のためとはいえ、他人の目というものがあるし。
殿下の行為は嬉しいけど、ここは一つ、彼のためにもビシッと注意しないと。
「ま、まあ、そういうことでしたら、一概に殿下が悪いと断じれないというか、その、ちょっとは、私のせいでもありますし、殿下だけを責めるのは違うというか……」
まずい。頬が緩む。気を抜くとにやけそうだ。
こそばゆい気持ちを隠しきれない私を見て、シュナが「うわあ」と驚いた顔をした。
「アザレア様、ちょろい」
「フェアリー。シュナ殿が寂しがっているようなので彼と遊んでもらってもよろしいですか?」
『良いわー。早くお菓子、ちょうだいね?』
フェアリーが殿下の拘束を解き、私の肩からシュナの方へ飛んでいく。殿下で遊んでいた精霊達も『ぼくも』『わたしも』と言って、彼の方へ移って行った。
十匹はいる彼らに一斉にのしかかられてシュナは悲鳴を上げたが、私は構わず殿下に近づいた。彼の前にしゃがんで名前を呼ぶ。
「ロータス殿下」
「……うぅ、見るなぁ。情けないから、見ないでくれ……」
殿下は両手で顔を隠し、頑に私を見ようとしない。私は「情けなくありません」と彼の言葉を否定した。
「私は嬉しいですよ。殿下が私のために頑張ってくれて」
「だ、だが」
「殿下が恥ずべきことなんてないではありませんか。今回、使用人に迷惑をかけてしまったことだけ反省してくれれば良いのです」
殿下が恐る恐る顔から手を離し、茹で蛸のように真っ赤になった顔で私に言った。
「……余を、格好悪いと思わないのか?」
いいえ可愛いです。
ぐっと本音を我慢し、「殿下はとても格好良いですよ」と微笑んだ。
それでも殿下は自信なさげに呻くので、私は彼の手を取った。
「殿下。指輪の大きさは、これぐらいが私にピッタリだと覚えておいてください」
指と指を絡めるよう手を握って、左手の中指の大きさを殿下に教える。本当はちゃんと寸法するか号数で教えた方が良いのだろうけど、彼ならこれでも大丈夫だろう。
殿下は私と手を繋いだまま、不安げに尋ねてくる。
「ア、アザレア。その、良いのか?」
「何のことでしょう?」
「……指輪を贈っても、良いのか」
「くださらないのですか?」
殿下は小さく横に首を振った。
「では、楽しみにしています」
私が笑うと、殿下は俯いて小声で返事をした。
「……必ず、渡す。約束だ」
「はい。約束です」
私は殿下と手を繋いだまま立ち上がった。
「それではまず、本館の使用人や文官に謝りに行きましょう。サラマンダーも探さなければいけないですしね。私もお供します」
リリアとイザベラに先に部屋に帰っているよう指示し、殿下を立ち上がらせる。殿下と手を繋いだまま軽い足取りで出口に向かうと、フェアリーが『アザレア! お菓子!』と叫んだので、すぐに持ってくると返事をした。
「待って、アザレア様! 僕を助けて!」
シュナが精霊達に身ぐるみを剥がされていたが、彼には引き続き精霊の気を引く役目を与え、私と殿下は本館に向かった。




