16 新しい侍女二人
真昼間。体育の後、いつもより念入りにお風呂で綺麗にされた私は、商人が持ってきた大量の女性服と宝石の前で気合を入れた。
今日の授業は午前で終わりだった。魔法学と経済学の授業は難しいので辛かったが、午後から行われる用事もかなり大変だ。生半可な気持ちで挑めば手痛いしっぺ返しをくらう。というか、くらった。二年前、舐めてかかったらそれはそれは酷い目にあった。大嫌いな古文の授業を受けていた方がマシだと思うほど、酷かったのだ。
だから私は同じ徹を踏まないために、気を引き締めるよう背筋を伸ばした。
「あらあら。今回も新作がたくさんで嬉しいわ。とりあえず右端から試着してみましょう、アザレア?」
ガブリア王妃がにこりと笑って、一番右端に並んでいた青紫のドレスを手に取る。王妃陛下の後ろに控えていた商人がサッとドレスに合わせた靴と宝石を複数差し出してきた。そしてそれらを二人の侍女——新人のリリアとイザベラが受け取って、私を衝立の後ろへと誘導する。
私はそれに大人しく従い、覚悟を決めた。
ガブリア王妃と商人達による、私の着せ替え人形劇が幕を開けたのだった。
*****
「疲れた。もう動きたくない」
数時間後、一時的にガブリア王妃から解放された私は自室に避難していた。何十着のドレスを着せられた私はもうへとへとだった。文句を言ってソファで横になって寛いでいると、私と同い年のイザベラがおっとりと言った。
「アザレア様、まだ衣装選びは終わっておりません。その体勢ではお召し物に皺がついてしまいます。休憩を挟んだあと、今度は東方の化粧品をいくつかご覧になっていただきますので、あまり寛ぎすぎないように」
三ヶ月前に入ってきたばかりの新米侍女に注意され、私は不満ながらも渋々と姿勢を正した。
月に一度の恒例行事、仕事のドレス選び。この仕事とは、月初めに私がクウロの背に乗って王都の上空を一周することだ。
なぜそんなことをするのかと言うと、二年前、成り行きで彼女に乗ってしまったことがきっかけだった。
私にとっては嫌味なドラゴンでしかないが、世間では聖龍は神聖な存在。クウロに乗ってしまうことは宗教的に色々と問題があったようだ。
ロータス殿下は色々と規格外なため例外視されていたが、二人目だった私は別。クウロに乗れるのか乗れないのかハッキリしてくれと教会側に頼まれ、私は面倒な予感がしつつも断ることもできなかったのだ。そして、結果は飛べてしまった。どうせクウロは私の言うこと聞かないし、殿下の命令がなければ飛ばないだろうと高を括っていたのが裏目にでた。
あの性悪ドラゴンは私の嫌がることを的確に察し、それを実行するのだ。もちろん二年前も例外ではない。王都の上空で気前よくグルグルと回って飛んだ彼女は大いに目立った。
クウロの飛行に王都の住民は興奮し、もう一度見たいとの要望が教会に多く寄せられたらしい。その際、私に対する質問も多かったとか。教会とガブリア王妃は、民衆が私に注目していることに気がついたのだ。
それからの彼らは行動が早かった。すぐさま教典から都合の良い文章を引っ張り出してくると、私が国民に祝福を授ける存在だと言い始めたり、複数の商会に私のことを紹介し、新作のドレスやら靴やらを大量に持ってこさせたのだ。
状況を飲み込めずにいた私をあっという間に着飾り、王妃陛下が船酔いの薬を差し出しながら告げた。
「アザレア、もう一度クウロに乗って王都を飛んできなさい」
拒否権はなかった。
かくして私は商会の新作ドレスの広告塔となってきたのだ。
これが功を成し、私が着たドレスは飛ぶように売れたそうだ。見事に成果を出してしまった私は、こうして広告塔の仕事を続けさせられているのであった。
毎月毎月、半日も費やして私に似合うドレスや小物を選ぶのは王妃陛下の意向だ。未来の王妃に情けない格好をさせられないからと、それっぽく理由を仰っていたが本音は私で遊びたいのだと思う。だってドレス選びのときの王妃陛下目が輝いているもの。絶対楽しんでるって。
私も何やかんや楽しんでいるのだけど、終わったあと疲れるからもう少し試着の量を減らして欲しいな。切実に。
休憩後もまた色々と試されるな、と考えていると、リリアが紅茶を運んできた。
「大変お待たせいたしました、アザレア様」
淡々とお茶の準備をする彼女に、私は努めて明るくお礼を言う。
「ありがとう、リリア。ごめんね、疲れているのに頼んじゃって」
「いえ、これが私の仕事ですから」
抑揚なく返事するリリアは無表情だった。無愛想とも取れる態度に、イザベラが諫めるように彼女の名を呼んだ。
リリアは構わず紅茶を用意し、私に差し出してきた。お礼を言って、カップを受け取る。
……私、何か気に障ることでもしたかな。
リリアとは一度だけ会っていた。忘れるはずもない、あの二年前の婚約者選びのときに出会った女の子だ。容姿に面影があったからすぐに思い出した。
だけど、性格は昔と違っていた。前は感情豊かな印象があったのだが、実際はかなり落ち着いていて表情に乏しい。
もしかしてこっちが彼女の素なのかも、とリリアをちらりと見る。すると、ケーキを用意していた彼女と目が合った。
「……お口に合いませんでしたか?」
リリアが私の手元を見て言った。表情こそ変わっていないけれど、その様子はどこかしょげている。そういえば、リリアにお茶を淹れて貰うのは初めてだっけ。まだ一口も飲んでいなかった私は、彼女を安心させるよう微笑んだ。
「いえ、いまからいただくわ」
背後から視線を感じる。後ろにいるイザベラも心配しているのだろうか。用意を頼んだのは私なのだから、たとえ不味くてもリリアを責めたりはしない。微妙だったら私の好みを伝えて、次回から気をつけてもらえれば良いだけだ。
そう思ってカップに口をつけようとした瞬間。
『わーい! アザレア! げんきー!?』
ゴン!
オレンジ色の水面から、勢いよく何かが飛び出し鼻にぶつかった。
「〜〜!!」
突然の痛みに、カップを落とし鼻を両手で押さえる。床に転がるティーカップは、絨毯に染みを作っていた。
「ア、アザレア様。大丈夫ですか」
痛みに悶えていると、イザベラが心配そうに覗き込んできた。私は鼻を押さえながら、声の正体を言い当てる。
「ウンディーネ! なんで精霊が人間界に!?」
水を司る精霊ウンディーネは、私をケタケタと笑いながらティーポットへと逃げた。自在に身体の大きさを操れる彼女は、注ぎ口からするりと中へ入り、パカッと蓋を持ち上げ顔を見せる。
人間のようでいて魚と同じ鱗とヒレがある精霊は、ニヤリと悪戯っ子のように笑った。
『呼んだ。ロータス、ぼくら呼んだ。だから、あそぶ」
「は……?」
ぼくら?
私の疑問など露も知らず、ウンディーネはケタケタと笑ってポットの中へ消えた。リリアが蓋を取り中を確認するも、すでに精霊は跡形もなく消えていた。
そして扉の向こうから聞こえてくる使用人達の悲鳴。何かが崩れる音や割れる音に、私は頬が引きつった。
「……アザレア様?」
恐る恐ると言った様子でイザベラが私の名を呼ぶ。
私は鼻の痛みも忘れ、彼女に尋ねる。
「ロータス殿下達は、いまどこにいたかしら?」




