14 リリア・アル・オーデンスの独白
私こと、リリア・アル・オーデンスは今年で十四歳になります。特技は投擲で野鳥を仕留めること。苦手なことは真冬の川で魚捕り。茶色の髪に茶色の瞳の平凡な容姿。特にこれといった特徴のない伯爵家の長女でございます。
さて、伯爵家と申しても、冠に「貧乏」が強調されるとして有名なオーデンス家です。なぜここまで我が家が貧乏なのかというと、オーデンス領はなぜか災害が多く、その度洒落にならない被害を受けるので、領民からの税の大半を復興資金に当てなければならないのです。もちろん、国からもいくらか支援金をいただいております。雀の涙程度でございますが。ともあれ、並大抵の経営手腕では利益など出せない領地、それが我がオーデンス領。疫病神が居座っている、呪われた土地になります。
私のひいお爺様のように敏腕経営者ならば、こんな呪われた土地でも貴族として最低限の生活は送れたそうです。しかし、お爺様とお父様は領地経営が得意ではなかったため、我が家の財政は一気に傾き家計は火の車に。一時期は爵位を売るべきか否か野草を齧りながら家族会議を開いたほどですが、今はなんとか落ち着き、食卓には畑で採れた野菜が並んでおります。
夕食のため野鳥を狩ったり木の実を採ったり山や森を駆け回った日々ですが、遂にそんな苦労が報われるときがやってきました。
なんと、この私に王宮侍女として勤めないかとお誘いがきたのです。
通常は成人——十八歳を過ぎてから侍女などのお仕事の話が来るのですが、やや若すぎる私にそんな話がやってきたのは理由があります。
それは、ロータス王太子殿下の婚約者、アザレア・エル・サベージ様のご学友になるためです。
カボス王国の貴族は、十六歳から十八歳までの三年間を寄宿学校で過ごすことが義務付けられています。表向きには、己が育った領地から離れ国王のお膝元で貴族としての義務と責任を育み、卒業を以て貴族の仲間入りとなることを目的としているらしいです。なので、私たちの社交界デビューも、学校の卒業パーティを以ていっせいに行われます。
学校は王都にありますから、要は体の良い人質ですね。しかも、学校は貴族の寄付金で運営されています。学費自体は無料なのですが、だからといって一文も払わないのは問題があります。お金を持っている貴族は良いかもしれませんが、私のような貧乏人にはその寄付金という曖昧なものが大変面倒なのです。
少なすぎると周りの貴族にとやかく言われる、多すぎても我が家の家計を圧迫させるだけ。どうせいくら払ってもお金持ちには敵わないですし文句をつけられるのは目に見えているのですが、お父様とお母様は私が難癖を付けられないようそれなりの額の寄付金を集めてくれるでしょう……まったく、義務なら無料にしてほしいです。我が家のように両親に苦労をかけたくない子供だっているのですから。
長々と説明をしましたが、要は二年後、学校に入学するのにそれなりのお金が必要になります。
そして私はアザレア様と同い年。未来の王妃に侍女代わりのご学友が一人や二人付き添うのは普通であります。そして、ご学友となった方はそれなりの待遇を期待しても良いでしょう。具体的には給金とか寄付金免除とか。
つまり、私は在学中アザレア様のお世話をする代わりに、学校にかかる費用が無料となるのです。入学までの一年近くは、そのための準備で王宮侍女——アザレア様の侍女としてお勤めします。もちろん、その間の給金も発生します。月三十万ギル……一年で三百六十万……文官であるお父様の年俸の半分……ふふふ、笑いが止まりませんわ。
お金の点からしても、また、アザレア様とお近づきになれるという利点もあったため、私はこの話を二つ返事で了承しました。
実は私、アザレア様と一度だけお会いしたことがあるのです。
それは二年前、ロータス殿下の婚約者選びでのことでした。
凡人の私では到底考えられない、殿下発の案によって、宮廷の中庭がジャングルと化した事件のことです。当時十二歳だった私は、忙しいお母様とお父様の代わりにお兄様とともに宮廷に参りました。しかし、中庭に入った瞬間、驚いたお兄様は転んで頭を打って気絶しましたの。不幸中の幸いに出口付近で倒れたため、お兄様はそのまま医務室へと運ばれましたわ。
私はお兄様に付き添うべきか迷いましたが、殿下に挨拶だけでもと中庭に一人で進んだのが運の尽き。道がぬかるんでいることに気がつかなかった私はそのまま転倒。頭から泥に突っ込んでしまいました。転んで擦った膝の痛みよりも、お母様とお父様が用意してくれた新品のドレスを汚してしまった方がショックで、私は人目も気にせずわんわんと泣いていたのです。
そんなとき、優しく声をかけてくれたのがアザレア様というわけです。
黒と紺色が混じった髪に、淡い金色の瞳を持った、まるで夜空のような人でした。
そのとき、私はろくにお礼が言えませんでした。私を起こしてくれた直後、あの方は何やらお怒りになった様子で蔓を渡って殿下へ突撃してしまい、一悶着あったあとクリーク様に連行されたため、お声がけすることが叶わなかったのです。
アザレア様は王家の血を受け継ぐ公爵家のご令嬢。それに加えて、ロータス殿下の正式な婚約者……王太子妃となるお方に、一介の伯爵家の娘が会いにいけるわけありません。婚約者選びの直後は尚更でした。
アザレア様が殿下を引っ叩き号泣させた事件のあと、お偉い方々はあの方を非難したようなのです。
お兄様曰く、いくらあの場ではロータス殿下が非常識であったとしても、王族を真っ向に批判するのはいかがなものか。お咎めなしどころか、ましてや正式な婚約者とするなど……というのが、批判意見の主な主張です。
正論でございますが、あのときロータス殿下を庇わず、アザレア様を止めず、二人のやり取りを傍観していただけの方々が口を揃えて仰るのですから、貴族というのは汚いものですわ。アザレア様の代わりに我が家の娘の方が相応しい、というやり取りもよく耳にしたと、お兄様が仰っていました。
アザレア様に非難が集中している今、あの方に会うのは危ないからお止めなさい、とお兄様に諭され、私はアザレア様にお礼をすることを泣く泣く諦めたのです。
まあ、そんな非難もすぐに撤回されたのですが。
きっかけは、かの有名な「聖龍の乙女」騒動でございます。
二年前、アザレア様が正式な婚約者と発表された三ヶ月後の出来事です。ジュター伯爵が魔王軍のスパイだったという衝撃の事件に、社交界や政治が混乱したとき市井ではある噂が流れていました。
曰く、ロータス殿下以外に、聖龍である白銀のドラゴンを操り、かの伯爵の屋敷に勇敢に突撃した者がいるという話。
聖龍は建国神話で、神と同一視される存在です。国教であるワラフ教でも、白銀のドラゴンは神々の化身として崇められています。
ドラゴンとは誇り高き生物。基本人間に懐かず、己が主とみなした者しか背に乗せないことは有名です。ましてや聖龍と呼ばれる白銀のドラゴンは、その中でも一層誇り高い。ゆえに、教会の中ではロータス殿下は神の使い手として敬われていました。乗り手が一人存在しているだけでも歴史に残ることなのに、二人目など……と教会の人間は半信半疑だったのですが、調べてみれば目撃情報があらたくさん。そしてその人物はアザレア様と判明したわけです。
教会はすぐにアザレア様が聖龍に乗れるのが真実か確認しました。あの方は聖龍に乗って王都をぐるりと一周することで、それを証明したそうです。そのとき、私は領地にいたので拝見できませんでしたが、仕事で宮廷にいたお父様によると、それはもうすごかったと! 聖龍に乗りながらぐるぐると空を飛び、民衆の歓声に応えるため、アクロバティックな技の数々を披露したとか! 乗り終わったあとのアザレア様は、司祭たちの称賛に傲ることなく微笑み、殿下に連れられて優雅にその場を立ち去ったとのことです。
良いな〜。私も見たかったですわ。アザレア様の勇姿を目に焼き付けるのはもちろんのこと、滅多にお目にかかれない白銀のドラゴンですもの。その姿を絵にして手頃な価格で売ったらそれなりに儲けを出せたというのに。何なら聖龍が繰り出した技の一場面をいくつか絵として納め、民衆の熱が冷めないうちに絵葉書として売ればなかなかの儲けが出せたのでは……過ぎたことを一々愚痴っていては仕方がないですね。
そのようなこともあって、アザレア様は教会内で一定の地位を得ることができたのです。
教会には多額の資金が蓄えられています。それを用いて、ワラフ教は為替手形を発行しているのです。国内には教会がたくさんありますので、必ず各地で手続きができるのが利点です。
そして、お金が大量に集まるということは、必然的に融資も行っております。教会にお世話になっている貴族も多いのではないのでしょうか。
お金のやり取りは怖いですよね。特に借金は。
ここぞとばかりにガブリア陛下がアザレア様の教会内での地位——「聖龍の乙女」として評価されたことを宣伝していて凄かったです。
私はまだまだ勉強中ですので、ガブリア妃陛下と教会の間に何らかのやり取りがあったことは察しても、具体的なことまでは想像できません。
ともあれ、一つ確かに言えることは、アザレア様が教会の権威を手に入れたことによって、表立って批判する貴族は少なくなったということです。
完全にいなくなったわけではありません。しかし、ここ二年ですっかり少なくなったのも事実。
アザレア様のご活躍は一つではありませんが、それらは私が風の噂で知ったこと。きっと全てが真実とは限らないでしょう。
ですから、ご本人に直接確かめたいですわ。
あのとき、助けてくれたお礼もまだ言えてないのですから。
学校生活と見習い期間を合わせて四年間もありますもの。きっと、ご学友になるには、十分な時間ですわ。
……ところで。
王宮侍女のお誘いは、お父様が持ってきてくれたお話ですが、一つ不可解な点があるのです。
今回の話に至ったのは、アザレア様のご学友選びに担当の方が頭を悩ませていたところ、その方の娘が私を熱心に推薦したとか何とか。そして、私の父にこの話を持ってきたと、いうわけなのです。
こちらとしてはありがたいお話なのですが、ただどうも見過ごせない点がありまして。
私を熱心に推薦してくださったご令嬢、一度も会ったことがないのですよね。
話したことすらない人物の名を上げるとは、一体、そのご令嬢に何があったのでしょうか?




