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12 突撃


 きゃああああああああ!? 目が回る! 気持ち悪い! もう無理無理無理! 限界!! 吐く! また色々と戻してしまう!!

 許さない! このドラゴン、絶対に許さないから! またお前の背中で吐いてやる!!

 内臓にかかる負荷を我慢しながら、私はクウロと共にジュター伯の屋敷に向かっていた。

 伯爵邸までの地図は村長の屋敷から借りてきた。私はそれと地上の景色を見比べながら、彼女に現在地を確認していた。

 幸い、コンダさんたちの村から東へ一直線に進めば屋敷には着く。今はイクノ川の上流を目指して飛行していた。ここら一帯の生活水を賄っているこの川の先に、目的地があるからだ。

 私がこみ上げてくる気持ち悪さを堪えていると、クウロが大きく鳴いた。ハッと顔を上げれば、一際大きい山の頂に、古城のような建物が目に入った。イクノ川はあの山から流れている。地図と位置を照らしわせて、あの古城こそが目的のジュター伯の屋敷だと私は確認した。

 クウロが「どうするのか」と尋ねるかのように私へ目線を寄越す。

 もちろん、答えは決まっている。もとより、一択しかない。

 加速度的に近づいていくる古城を指差して、彼女に言った。


「突撃ィ!」


 クウロが「ギャア」と鳴いて、さらに速度を上げる。

 風圧と衝撃に備えて、私はクウロの背中に顔を埋めるように身体を伏せた。

 そして、壁を破壊する轟音と共に、私たちは古城の一番上の部屋へと突っ込んだ。

 舞い上がる土煙と、パラパラと崩れてくる壁に、私は咳き込みながら辺りを見渡す。


「ロータス殿下! ご無事ですか!?」


 徐々に晴れていく視界の中で、私が捉えたものは——


「ア、アザレア?」


 悪魔のような外見の魔物を片手で締め上げている、殿下のお姿だった。


*****


 部屋の中は散々に荒れていた。もとは豪勢な飾り付けがあったのだろう、無惨に破壊された家具や天井、床にその名残がある。それらがここで激しい戦闘があったことを物語っていた。


「なぜアザレアがここに? 先に帰っているはずじゃ……」


 ロータス殿下は私に驚いて、慌てて魔物を手から離した。満身創痍な魔物は床に落ち、青白い顔で大きな牙を口から覗かせて呻いた。


「おのれ……ロータス王子め……魔王軍四天王であるこの私を倒してタダで済むとは——」


「ちょっと其方は黙っておれ」


 プルプルと震えて手を伸ばしている魔物を、殿下は容赦無く踏みつけた。ゴギっという音と共に魔物の顔が床に埋まり、伸ばしていた腕がパタリと落ちる。

 殿下はそんな魔物に構わず、私とクウロのもとに急いで駆けつけてきた。


「どうしたアザレア、クウロ? なにか火急の報せでもあったのか?」


 殿下は心配そうに私たちに声をかける。その様子はいつも通りの殿下だ。どこか目立った怪我をしているわけでも、弱っているわけでもない。

 殿下の無事な姿に、気持ち悪いのも忘れて私はクウロの背中から彼へ飛びついた。


「でんかぁ!」


「ア、アザレア!?」


 バッと勢いよく殿下を抱きしめる。殿下は上から降りてきた私を受けとめ、くるりと回って勢いを殺した。そして、私をそっと床へ立たせる。


「アザレア、危ないだろ——」


「よかったです……ごぶじでよかったぁ……」


 私は爪先立ちになって、殿下の胸に顔を埋めた。とくんとくんと動く心臓の音にホッと息を吐いて、泣きそうになるのを堪える。


「ほんとうに、よかったぁ……」


 最悪の状況を考えていた私は、殿下が無傷だった事実に心底安心していた。だから、クウロに尻尾で腰を叩かれるまで、殿下の身体に密着しているということに、私は気がつかなかった。


「あ、や、やだ。申し訳ありません、殿下」


 私は顔から火が出るほど恥ずかしくなって、そそくさと殿下から離れた。彼は中途半端な高さで止まっていた手を振って「だ、大丈夫である」と慌てている。


「そ、それより、アザレア。どうしたのだ、こんなところに来て。城に帰っていたのではないのか?」


 咳払いをして、殿下は話題を変えた。そのお顔がわずかに赤いのは気のせいだろうか。


「そうでした! 殿下、大変です。ジュター伯が全ての黒幕です! もうあのお方は人間ではなく、吸血鬼になったと——」


「ジュター伯爵なら先ほど倒したぞ」


「ええ、いくら殿下でもお一人では敵いません。どうかここは一度城へ戻——はい?」


 聞き間違いかしら。私は殿下の発言に耳を疑った。


「アザレアも見たではないか。彼奴が倒れるのを」


 私が困惑していると、同じく困惑している殿下が先ほど顔が床にめり込んだ魔物を指差した。その隣でクウロがふんふんと鼻で魔物の匂いを嗅いでいる。


「あれは悪魔のような魔物ではありませんか。伯爵は吸血鬼ですよ? 吸血鬼と言えば美形の人間ではないですか。どうして人の姿を取っていないのです?」


「吸血鬼も魔物であろう。最初は彼奴も人の姿であったが、途中から変身したのだ。面影も残っている。嘘だと思うなら確認してみよ」


 殿下は魔物に近付くと、埋まっていた床から首を持って引き上げる。そして私がはっきりと見られるよう、顎を持ち顔を上げさせた。

 白目を剥いているその魔物の顔は、確かに美形な人間の面影がある。私は王妃教育で叩き込まれたカボス王国の貴族名鑑を脳内で開き、目鼻の特徴がジュター伯爵と一致していることを確認した。


「まあ、本当にジュター伯ではありませんか」


「ほれ、余の言った通りだろう?」


 私が口に手を当てて驚くと、殿下はムッと頬を膨らませた。拗ねた彼を可愛いと思いつつも、それを表情に出さず殿下に謝った。


「申し訳ありません。殿下のことを疑ったわけではないのですが、どうしても信じられず……」


「……いや、吸血鬼となればその心配は間違っていない。流石の余も今回ばかりは苦戦した」


 ため息を吐く殿下の顔は、疲労の色が濃い。朝からクウロに乗って外に出突っ張りだから当たり前だ。かく言う私も流石に疲れてきた。殿下の無事も確かめ緊張の糸が切れたのだろう。ドッと今までの疲労が訪れてきたようだった。

 時刻もじきに日が沈む頃だ。もうすぐ夜がやってくる。私は殿下に言った。


「ロータス殿下。伯爵を倒したならば、早く城へ戻りましょう。国の内部に魔物の勢力が紛れていると、両陛下にご報告しなければ」


「うむ。わかっておる。だが、少々待てアザレア。まだ仕事は終わっていないからな」


 そう言って私は殿下に腕を引かれ、彼の後ろへと移動させられた。


「首の骨を折ってもまだ立ち上がるか。これはいよいよ、左胸に銀の杭を打ち込まなければいけないかのう」


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