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10 瞬殺


「娘が……娘が誘拐されたんです」


 殿下が運んできた男性はコンダと名乗った。まだ二十代半ばの若い人だ。

 集めてきた薬草でコンダさんを手当てしながら、私と殿下は彼の事情を聞いていた。


「魔物が、大量のゴブリンが突然村に現れて、村娘や子供を拐ってこの山へ逃げていったんです。俺の娘はそのうちの一人だ。ゴブリンは子供を食っちまう。殺されるのも時間の問題だ。だから、俺は娘を助けに山に登ったんですが……」


「その途中で、熊に殺されかけたと。余が悲鳴に気づいたから良かったが、あのままでは死んでいたぞ」


 ロータス殿下は薬草を何度か軽く揉んだあと、コンダさんの背中の傷に貼った。止血と殺菌効果がある草の汁が染みるのか、コンダさんは顔を歪めた。


「わかっているさ! でも、俺にはこれしかできなかったんだ。他にどうしろっていうんですか!?」


「ちょ、ちょっと。落ち着いてください。コンダさん」


 興奮する彼を何とか宥め、殿下から私に気を逸らせる。


「村一つが被害にあったのなら、おそらく駐屯兵が動いているはずです。コンダさんの娘さん以外にも誘拐された方がいるのなら、今夜中でも討伐隊が山へ派遣され——」


「はは。なにもわかっていませんね。貴族のお嬢様」


 コンダさんは目を伏せると、力なく笑った。


「兵が動いてくれるなら、俺だってもっと考えて動いていますよ。なあ? 冬を越すのだってギリギリな、税をまともに納めることすら怪しい農村が、『助けてください』と訴えて、兵が、領主様が動いてくれると思うか?」


 含みのある言葉に、私は嫌な予感を覚えた。泣きそうな顔で、コンダさんは続ける。


「……十日前、同じようなことが隣の村でも起こった。それ以前から、魔物による被害も増えている。だのに、あの領主は俺たちの訴えを聞くどころか『村が少なくなったぶんお前らで補え』って増税してきやがった! そんな奴に何を期待しろっていうんですか!」


 怒りのあまり涙をこぼす彼に、私は何も言えなかった。私は助けを求めるように殿下を見る。彼は、コンダさんの話を険しい表情で聞いていた。


「……コンダよ。一人で娘を助けようと飛び出てきたぐらいだ。ゴブリンなどの魔物の拠点にアテはあるのか?」


 ロータス殿下が静かに尋ねると、コンダさんは涙を腕で拭って答えた。


「ああ。以前から自衛のために探していたんだ。ここらは魔物が滅多にでないからな。すぐに見つかったさ」


 コンダさんは先ほど殿下が入っていった獣道を指差すと、説明し始めた。


「あの獣道を真っ直ぐ進んで、黒い大木を目印に右手に曲がる。そこから山の上へ登れば、魔物たちの拠点がある。ゴブリン以外もいるみたいで、建物が作られているからわかりやすかったぜ。間違いない、あそこが魔物の住処です」


 殿下は「そうか」と呟いて、私に向き直った。


「アザレア。其方はコンダを村に送り届けたあと、クウロと共に城へ戻れ」


「……ロータス殿下はどうなさるおつもりで?」


「余は拐われたコンダの娘を取り戻しに行く」


 殿下の言葉にコンダさんは明るい顔をするも、すぐに俯いて首を振った。


「ダメだ。いくらアンタが熊を追い払えるほど強くても、子供一人で行かせられねぇよ。それに、俺の娘が拐われたんだ。親の俺が命張らないでどうするんだ。俺も一緒に行きます」


 コンダさんの発言に乗っかって、私も殿下の意見に反対する。


「殿下が強いことは存じております。しかし、それが御身をご自愛しないこととは関係ありません。殿下の身に何かあってからでは遅いのです。どうか、私も連れて行ってください」


 いくら殿下が強いといっても、一人で魔物の拠点に襲撃するなんて危険だ。

 クリーク様やエルメット様、両陛下までもが彼を「規格外」「常識外れ」「天災」と評していても、まだロータス殿下は十二の子供。無謀な行動を心配するなという方が無理な話だった。

 私たちの主張に、殿下は意外な答えを返す。


「そこまで申すなら付いてきても構わないが……」


 ロータス殿下は少しだけ眉尻を下げ、困ったように言った。


「すぐに終わるぞ?」


*****


 魔物の拠点に着きました。

 誘拐された人々が全員地下に囚われていると殿下が魔法で確認しました。

 なので、地上の魔物は魔法で一掃すれば良いとロータス殿下が仰り、小さなお城のような建物を地面から切り取って、空に放り投げて爆発させました。

 慌てて地下から出てきた残党はクウロが残さず食べて、終わり。


 この間、わずか五分足らず。

 今は、殿下が地下で捕らえられていた人々の手枷を外している最中だった。どうやら拘束具は魔法で細工されているらしく、正しい手順で解除されないと爆発する仕組みとなっているらしい。当然のように殿下は一瞬で解除方法を理解し、一応危険だからと言って私とコンダさんは後ろにいるよう命じた。

 やる事のない私とコンダさんは、殿下が小枝を折るように拘束具を壊している作業を座って眺めている。


「なあ、アザレア様。俺たち付いてきた意味ありましたかね?」


「嫌ですわ、コンダさん。私たち、山火事の可能性を指摘したではありませんか」


「そうでしたね。その結果、昼間から花火が上がりましたね。汚かったけど」


「ふふ。悪いことばっかりではありませんわ。ご覧になってください。あそこでクウロが子供たちと戯れていますわ」


「わあ、本当だ。聖龍様の口が血塗れだけど、和みますねえ。俺の娘も遊んでいますよ」


「クウロもお腹いっぱいでご機嫌のようです。残した魔物の骨で遊んであげて、子供たちをからかっていますわ」


「あはは。平和ですねぇ」


「うふふ。そうですねぇ」


 私もコンダさんも遠い目をして笑った。笑うしかない。

 本当にあっという間に終わったんだもの。さっきのやり取りは何だったというのか。

 だって、殿下。魔物の拠点に一人で立ち向かうって、普通は不穏な前兆だと感じてしまうじゃないですか。いえ、ろくに戦えない私が付いてきて足を引っ張る可能性もあったんですけどね? それでも、ここまであっさり終わるとは想像できませんでしたよ? 拠点を潰すより、拠点までの移動時間の方が長かったんですもの。ロータス殿下、強すぎではないですか?

 私が渇いた笑いをこぼしていると、殿下の作業が終わったみたいだ。手招きする彼の元に、私とコンダさんは駆け寄った。


「ロータス殿下、ありがとうございました。俺ら、この御恩は一生忘れません」


 コンダさんが殿下に頭を下げる。道中で私たちの正体を告げても「こんな田舎に王子様がいるはずねえだろ」と信じておらず、魔物拠点制覇の流れを目撃したあとは「命だけは勘弁してください、ロータス殿下」って土下座してまともに目すら合わせられなかったのに。どうやら殿下が人でなしではないことが伝わったようだ。良かった良かった。今も少し顔が青ざめているが、許容範囲だ。

 私は捕まっていた村人をざっと観察する。皆疲れていたが、大きな怪我人はいなさそうだった。子供たちもクウロと遊べるほど元気だし、これなら下山も可能だろう。

 魔物の拠点を一掃したとはいえ、道中で獣が出る可能性は高い。彼らを村まで送りましょうと提案するよりも、殿下の足元に魔法陣が浮かぶ方が早かった。

 光るそれに驚いて後退ると、殿下が「心配ない。転移の術だ」と教えてくれた。


「転移? 殿下、一体どこへ行くつもりで?」


 「うむ……それは……」と、殿下は言葉を濁す。コンダさん達をちらりと見てから、私に言った。


「アザレア。この者らを村に送り届け、其方は先に城へ帰っててくれ。余にはもう一仕事あるゆえ、そちらを済ましてくる」


 一仕事、というのはこの地の領主——ジュター伯爵のところにでも行くのだろうか。コンダさんの話を聞いているときの殿下は、お怒りのようだったから。


「なにを仰いますか。私も付き合います。殿下を置いて、私一人だけ帰るなどできません。そもそも、私ではクウロに乗ることが叶わないです」


「その点は心配いらぬ。クウロは頭が良いゆえ、城へ其方を届けることなど容易だ。アザレア、頼む。ここは一つ、余のわがままを聞いてくれ」


 ダメか? と、首を傾げる殿下の姿に、私はうっと言葉を詰まらせた。

 ロータス殿下可愛い……じゃなくて! 彼が理由も言わず頼むことなんて稀だ。きっと、何か考えがあるのだろう。

 それとも、ここでは話せない理由でもあるのか。たとえば、村人には聞かせられないとか……。


「……かしこまりました。ロータス殿下、お気をつけて」


 私が承諾すると、殿下は「すまぬ」と謝って転移の術を発動させた。

 眩い光と共に一瞬で消えた彼に向かって、誰にも聞かれないようにポツリと呟く。


「そこは、『ありがとう』と言って欲しかったです」


 本当はもっと頼ってほしい。だけど、今の私は何の力もない小娘だから、ロータス殿下の判断は妥当だ。

 私のちっぽけな力など借りなくても、あの人ならジュター伯を説教するなり説得するなり何でもできるだろう。

 無能な私は無能なりに、余計なことはしない方が良い。前世で、散々身に染みた筈だ。

 ……今回のお昼ご飯だって、余計なことをしようとしていた。だから、言われたことだけをまずは考えよう。その方が確実に、誰も損をしない。

 私は深呼吸を一つしてから、「下山しましょう」とコンダさんに声をかけた。


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[一言] きたねぇ花火だwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
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