2-39.楽しい食卓。
〇リク〇
星川と別れて、今住んでいる家へ。
自分の家に比べて小さい。
けれども、実の家よりも楽しいと思える自分がいる。
なお、星川は、
「お嬢様、最近どうですか?」
「楽しいわよ、ストーカーな執事もいないし」
「うう、そんな姿を写真に収められなくて悔しいんですが……
御屋形様にバツとして給料上げられた上にしばらく秘書役にされてしまったので。
うう……」
「出世じゃないの、良かった」
「よくないですよー!
私はリクお嬢様の専属が良いんですー!」
元気そうだった。
本人へのバツとしては的確な気がするあたり、御父様はよく見ている。
とりあえず、写真を撮らせたら上機嫌になったので良いことだと思う。
「ただいまですの」
と、最初は躊躇していた言葉。
家でも使っておらず、ここで使ったのが最初の言葉だ。
「おかえりー」
と、お姉ちゃんの声が返ってくる。
テスト後週間とのことで、授業終わりが速いのだ。
嬉しくなる。
さておき、帰ったらやることがある。
洗濯を取り入れることだ。
「働かざる者、喰うべからずだよ」
というのは、お姉ちゃんの言葉。
殆どの家事はお姉ちゃんと望お兄様の二人でこなすので、小さな作業を割り振られている。
今までは考えられなかったことだ。
誰かがやってくれていたから。
「んしょ!」
とはいえ、三人分の洗濯だ。
重いといえば重い。
取入れ、畳んでいく。
最初は畳むことすら悩んでいたのに今では慣れたモノだ。
自分の出来ることが広がっている感じがある。
楽しい。
「これはウチの、これはお姉ちゃんの、これは望お兄様の」
最初は異性の、しかも好きな人の下着というだけでドギマギしたものだが慣れたモノである。
ウチは下着に興奮する変態ではないのだ。
畳んで纏めていく。
慣れないことも有る。
「デカいですの……」
お姉ちゃんのブラジャーである。
自分の胸に当ててみる。
今日も空白がある。
何を食べたらこんなに大きくなるのだろうか?
「リクちゃん、終わったら手伝って―」
「はいですのー」
呼ばれたので、分別し終わった洗濯物を居間の定位置に置き、お姉ちゃんの元へ。
各自、自分の部屋にこれを持っていくのだ。
「これ切ってみようか?」
例とばかりに白い手で扱われた刃が真っ赤なトマトを奇麗に切り分けていく。
今まで切ったことのない野菜だ。
それでもお姉ちゃんがいとも簡単に切って見せる。
「あ」
だから簡単なことだと思い、やってみるが、凄惨な殺人現場が出来上がる。
被害者はトマト。
見事につぶれてしまった。
「トマトの切り方はね、こう刃先を先に入れて、力を入れすぎずに引くんだよ」
と、私の手を持ってコツを教えてくれる。
そして一人でやってみる。
すると今度は不格好ながらも、切れる。
「上手上手、後は回数をこなせばもっと上達するよ?」
言われ嬉しくなる。
あと二つ切り、お姉ちゃんの言われた通りに大皿に盛り、オリーブ油をかける。
そしてパセリと塩を散らせば一品の完成だ。
こんな風に簡単なモノだが、ウチも少しずつ料理が出来るようになっている。
「潰れてしまいましたの、どういたしましょう」
「つぶれたのはパパっとパ」
さらに一個潰して、それらを玉ねぎとチーズと一緒にアルミホイルに載せて焼くと一品増える。
魔法のようだ。
いつの間にか、お姉ちゃんはメインとなるボンゴレも仕上げ終えている。
「望、呼んできて?」
「はいですの」
言われ、二階へ。
望と書かれた可愛い兎のプレートが目印だ。
好きな人の部屋の前だ、こればかりは慣れない。
変な所がないか、手鏡を見てチェック。
大丈夫だ。
「コンコンですの」
口でも言ってしまった。
「ご飯かね?」
間も開けずに、ドアが開き、言われる。
白い髪の毛、鋭い目線の下は柔らかな目線。
着替えた部屋着も様になっている。
「はい」
と言いつつ目線は、部屋の中へ。
本棚が見えたり、机が見える。
机の上には茶色いぺー太君、兎のキャラが鎮座している。
不愛想な顔にバツ口をしている。
たまにお姉ちゃんと会話していると望お兄様もなるので似ているのかもしれない。
「部屋の中が気になるのかね?」
「いえ、その、あの……はい」
一緒に生活していて思うことだが、望お兄様もお姉ちゃんも非常に鋭い。
洞察力というヤツだろう。
言い淀んだりすると、自白させられることがあるので、基本的には正直に話す。
とはいえ、言えないと示すと引いてくれるので無理強いとは感じていない。
「見せられないものもないし、入ってみるかね?」
「はいですの!」
入ると望お兄様の匂いや、お姉ちゃんの匂いが混ざり合った感じが家の中よりに少し濃い。
兄姉は一緒に寝てるので、当然ですのと思いつつ、目線をグルグルと。
「面白いモノはないがね?」
苦笑しながら言われるが、そんなことはない。
本棚を見れば、心理学やビジネス書や六法全書など様々な分野のモノが奇麗に入っている。
誰か曰く、本棚を見れば性格が判るとのことだが、何となく納得できる程度だ。
ちなみにお姉ちゃんの部屋は本棚がゲームで埋め尽くされている。
机の上はパソコンが一台と、上部に先ほどの兎の人形。
奇麗にされている。
「御父様以外の男の人の部屋に入ったのは初めてですの」
「普通は入らないだろうしね。
ダメだぞ、僕以外の男の人に部屋に来ないかと言われて付いていったら」
「?
わかりましたの」
意図するところが判らなかったので、はいとだけ。
「さて、そろそろ晩御飯にいこうか」
と言われ、一階へ。
机の上には出来上がった料理が並んでいた。
お姉ちゃんと望お兄様は対面に正座し、ウチも空いた側面に座る。
「「「いただきます」」」
食事が始まる。
ボンゴレを口にする。
美味しい。
ワインで蒸されたあさりがニンニクオイルといい具合に組み合わさっている。
イタリアンパセリもオイルから香る。
一口毎に味が締まるのは赤唐辛子だろう。
「リク君も上手になったね?
このトマト切ったのは、リク君だろう?」
言われ、見れば望お兄様が美味しそうに食べてくれている。
嬉しい。
そんな私と望お兄様を見て、お姉ちゃんはニコニコとしてくれている。
「食卓って、楽しいんですね」
ふと、浮かんだ言葉をそのまま口にしていた。
実の家では考えられなかった感想。
月二は顔を合わせるが御母様が私を責め立てる印象しかなく、正直、嫌なモノだった。
「うん、食事は楽しくだよ」
同感だと、望お兄様もお姉ちゃんの言葉に頷いた。
ウチも笑顔で頷いた。