2-34.お好み焼き(広島)
〇望〇
「出来上がりだ」
ホットプレートの上。
ジュウジュウという音を奏でるは、小麦とソースが焼けていい匂いがしてくる。
お好み焼きだ。
「広島風ですまないね?
焼きそばの代わりに誰かさんがソースを忘れた可哀そうなスパゲッティも使ってあげようとした結果な訳だが」
「ごめんなさい」
美怜が謝るのは食材を置き忘れてきたことに対してだ。
だから、僕があり合わせのモノで作ったお好み焼きだ。
最近、正座させられたりしているので意趣返しも含めて言ってやった。
ちなみに美怜は関西型のお好み焼きが好きだと聞いている。
なお、広島人に広島風と言ってはいけない。
お好み焼きイコール広島なので、広島とあえてつけるなと言われる。
「生地に材料を混ぜないんだね?」
「広島のは生地を広げて焼いて、茹でた麺や具材をその上に乗せるからね?
ちなみに麺を生地に混ぜて焼くのは関西のモダン焼きだ」
一つを二等分に切り分けていき、半分を美怜に、半分をリク君に。
美怜の中学生の頃のジャージを着たリク君は皿に盛られたそれを不思議そうに見る。
「何ですのこれ?」
僕と美怜が顔を見合わせる。
このご時世にお好み焼きを知らないお嬢様がいるとは思わなかった。
「パンケーキは判るね?
それの主食とおかず版だ」
「なるほどですの」
リク君が食べづらそうにしていたので、フォークとナイフを渡す。
するとケーキを切り分け、恐る恐る口にする。
「お」
眼を見開く。
「美味しいですの……!
小麦粉の層、キャベツ、玉子、麺の組み合わせがソースて纏まって、口の中で混ざり合いますの!」
マーガレットの花を思わせる笑顔が花開き。よし、と心でガッツポーズをとる。
やはり料理は美味しく食べてもらうに限る。
「望、中華以外は珍しいよね?」
「僕に不可能は割とないからね、和食は苦手だがね」
「お好み焼きは和食だよ?」
「和食かと言われると微妙な気がするがね?
日本食、洋食、おやつ、間食と言われることもある。
そもそもルーツをたどれば千利休の麩の焼きとも言われ、お茶に出されていたものだが」
美怜が「ふーん」と興味なさそうにモシャモシャとお好み焼きを食べる。
そして頬を緩ませて美味しいと漏らしてくれるので、嬉しくなる。
「美怜、これも試してみたらもっとおいしいぞ?」
「マヨ?
私、マヨラーじゃないよ?」
「ふふふ、試してみたまえ。
ほら、リク君も」
と、美怜とリク君の皿に緑色のマヨを盛り付ける。
「あ、ワサビマヨだ」
「これはこれでメリハリがついて美味しいですの」
さてと、二枚目を焼きながらやるべきことはやらねばならない。
「さて、連絡はして許可は貰えた。
さて、リク君は僕の事を好きだと言ってくれたことは有難い。
しかし、僕の事は諦めるのかね?」
電話越しのソラ君は許嫁の件には触れてこなかったのが逆に怖く感じ、頭が痛くなった。
さておき、美怜の様子を伺いつつ問うた訳だが、リク君はどう応えたらいいモノか悩んでいるのが判る。
「デリカシーの欠片も無いよね、望。
良い意味でも悪い意味でも」
「そんなもので歩みを勧めたら意味がないのだからね。
思えば叶う。
それは何処のおとぎ話の世界かね?
結果を出すには行動からだ、この世界は少なくともそう出来ている。
例えば、美怜、ソラ君が許嫁になったら君は僕に優先されることを諦めるかい?」
「絶対にあきらめないよ。
私にあんだけのことをしてくれる人は家族の望しかいないもん」
満足した解答を得たので、美怜の白い毛並みを撫でてやる。
えへへーと、くすぐったそうにしてくれるので気持ちがほんわかする。
「諦めたくないです、でも」
「でも、何だい?」
「リクは何もソラに勝てない」
病巣は美怜と一緒だ。
つまり、自分への自信の無さと相手の過大評価と言う所だ。
「美怜、リク君の勝ってる所、あげてみてくれ」
「うーんとね。先ず、可愛い。その次に若い。
私をお姉ちゃんと呼んでくれる」
「美怜、最後の件はまた何かをしでかしたのだろう?」
「何もしてないよ?
私の妹にしただけだもん」
他人の姉の立場を寝取りしたと自白してくれる。
自分の依存先ながら、何をしでかしているんだろうか……。
いや、美怜に本気を出されたら誰でも懐柔されかねない。僕がそうだ。
「後は可能性、伸びしろがあるよ」
「やっぱり美怜は賢いなぁ」
えへへーと嬉しそうにする美怜と黙ったままのリク君に二枚目をよそう。
「……ウチはソラとは違いますの。
望お兄様みたいに才能がある訳でも無いですし」
「そりゃ違うだろうね。
それに僕の才能は特別性だ、それも仕方ない」
否定をしない。
ここで安易な否定による慰めは、次の意見への拒否感を産む。
先ずは相手に同意をすることで、視線を合わせ、次への布石を打つ。
「それが僕を諦める理由になるかね?
三つで君を説得しよう」
「――へ?」
リク君が目を見開く。
「先ず、一つ目だ。
何故、同じ目線、相手の土俵で勝つ必要があるのかだ」
最近、お父さんに叱られたことを思い出しながらだ。
「美怜は言った、確かに知りあえて短いことも有り、要点は外しているかもしれない。
でも確かに第三者の目線で勝っている事実がある。
君が勝てないと言ったソラ君にね?
やったね、リク君、君は君のお姉さんを超えたんだ。
おめでとう」
「おめでとう!」
「ぇ、あ、はい」
美怜と僕の拍手に呆気にとられるリク君。
「二つ目だ。
何故、君はそんなにソラ君を気にする必要がある?
次当主としてのプレッシャーだと思うが、そうだね?」
「……はい」
「色々、出来る姉に色々な不利な指標で当て嵌められ、否定される。
これは辛いと心中を察するに余りある」
リク君の頷きを確認し、僕も頷き、ミラーリングする。
説得とは、一方的に喋っていてはいけない。
所々で、相手に同意を促し、聞く姿勢を正していかなければならない。
馬耳東風では意味が無いのだ。
「そんなものに何の意味があるのかね?」
否定で注意を引く。
僕の言葉に、翠色の眼を見開く。
信じられないものを観たと言わんばかりだ。
「九条家、次当主なんて僕は指名されたが特に意味が無いモノだと思っている」
近似している部分を出し、君の事が理解できるのだぞと示す。
「何それ聞いてない」
本来の正当な後継者である美怜が詰め寄ってくるので、とりあえずお茶を渡す。
「美怜と後継者の椅子だったら、僕は間違いなく美怜を選ぶ」
「えへへー、望ー。
私も望選ぶんだよ」
嬉しそうに抱き着いてくる。
客人の前であるので、少し自重して欲しいとは思うモノの拒否はしない。
「つまりだ、君の初恋というのは、家なんかよりも軽いと言う訳だ。
違うかね?」
「違いますの!」
強い否定。
会心の一撃が入った気がしたと同時に、本気で僕の事を好意的に思ってくれることが伝わり嬉しくなってきた。
「それが君の本心だ。
忘れないでくれたまえ」
だから、本気でぶつかることにした。