2-32.リクの逃げた先。
〇リク〇
ウチは現実から逃げた。
走り出して、何処に行くかも決めていなかった。
けれども、人間慣れた所に行くというのは本能づけられているのかもしれない。
最近、よく来る真那井商店街入口に気づけば居た。
その案内板がある場所、望お兄様と初めて出会った場所。
「叶わないなら、恋なんてしなきゃよかったですの」
そんなことは無いと自分がその言葉を否定するのが判る。
だって、楽しかったのは確かだ。
ドキドキした。
ワクワクした。
それは今まで感じたことのない感情で、唯一無二だった。
今の絶望感も今まで感じたことが無いモノで、苦しいけど、愛おしい。
「ぅぅ、どうしたらいいのですの」
ソラの顔が浮かぶ。
許嫁の話が出て、本当に嬉しそうな顔をしていた。
恋する乙女の顔だった。
私もああなれたらと思うが、ソラ相手に勝てるビジョンが浮かばない。
ソラが持っていなくて、ウチが持っているモノ。
胸と立場だけだ。
立場はこうなっては私を縛る。
私の後ろを路面電車が走り、自分みたいだと自嘲する。
「この前のガキ……!」
知っている顔が居た。
私に言いがかりをつけてきた太い男性だった。
護身用と渡されているテーザー銃、スカートの下を思い浮かべながら、望お兄様の助けが来ればと願った。
星川に足止めされ、そんなことはあり得ないのに。
〇美怜〇
望が忙しくても、私は日常である。
なので買い物をしに、商店街へ。
トマトスパゲッティにしようと決め、買い物を終わらせたその帰り。
そこで見かけたのは女の子。
良く知っている女の子だった。
「どうしたの?」
慣れないことをしている自覚はあった。
男に絡まれた女の子に助け船を出していたからだ。
「離れてくださいの!」
「っ、このガキが!」
その少女が大の大人に腕を捕まれ、暗がりに連れ込まれそうになっているのを見かけてしまったのだ。
「あ、関係あるのか?」
こういうのをチンピラ崩れというのだろう。言葉が悪く品性も無い。
ゲームで言うと第一犠牲者になりやすい血気盛んな人だ。
私が見たことない人だ。
ともあれ、私はあまり人と付き合いが無いので、断定はできないのだが。
内心、怖いと思う。
それでも嫌がっている彼女を助けなきゃと思った。
「妹です」
「あ、保護者か、なら話は早い。
これの弁償をしてくれ
よく見れば可愛いじゃねぇか。
体で返してくれてもいいんだぞ?」
吐き気。
可愛いと言われて嬉しくないと思ったのはこれが初めてかもしれない。
見れば男の手にはヒビと年季が入ったスマホ。
「リクちゃんじゃないよね?」
「違いますの。
この前、自分がぶつかってきたのを根に持ってるだけですの。
望お兄様に聞いてください」
「このガキ!」
成程と思う。
望は女の子を助けたと言っていた。
そして望は悪いことはするけど、悪人ではない。
なら、リクちゃんの言葉は無条件に真実を語っている。
「小さい女の子に言いがかりですか。
ちっさい男の人だよ」
昔の私が見れば、驚くようなセリフ。
お姉ちゃんと慕ってくれた女の子を助けるためだと思ったら、自ずと言葉が出ていた。
前だったら、望に頼っていたかもしれない。
でも、今はいない。
それでも姉と慕ってくれた彼女を見捨てる理由にはならない。
「この――!」
安い挑発が買われ、私の首元が掴まれる。
ボタンが飛ぶ。
望なら力づくで何とかするだろうが、私はムリだ。
「この人、痴漢です!!!!!」
だから、あらかじめ用意していた言葉を大声で叫んだ。
望が大衆を引き付けるのをイメージしてだ。
「なんだなんだ」「唯莉さんのとこの」「あ、ナンパか?」
狙い通りだ。
人が集まってきて、視線が集まる。
商店街の顔見知りの人もいる。
肉屋のおじさん、手に包丁持っているのは危ないです。
「ち!」
流石に多勢に無勢と悪態をついて逃げていってくれる。
「あー、怖かった」
内心、今も少し怖い。
悪い人はもう居なくなったとはいえ、視線を集めてしまうのはやはりまだ少し慣れない。
気が抜けた瞬間、ペタンと地面に尻もちをついてしまう。
そんな様子に、大丈夫かいと声を掛けてくれる街の方にお礼を言いつつ、リクちゃんに目線を向ける。
観れば泣き出しそうな、リクちゃん。
「お姉ちゃん……!」
「あ、わ、抱き着いてきてどうしたの?」
大声で泣かれ、どうしたものかと慌てながら宥めてあげる。
私も怖かったし、そんなに怖かったのかと思う。
「望お兄様が、ソラと許嫁に……!」
「は?」
だが、予想に反してきたのは頭をハンマーで殴られたような衝撃のある言葉だった。
その大声で私の心が一気に冷えた気がした。
助けに行くと言って、何故、そんなことになっているのだろうか。
頭が凍結して考えを拒否しそうな感じがある。
「ソラ? 鳳凰寺か?」「あー、褐色肌のあの娘か」「そういえば、この前、望君とデートしてたな」「ほう、詳しく」
と、周りに伝播していき、大ごとになり始める。
「とりあえず、行こうか。
すみません、皆さん、ありがとうございました!」
ペコリと頭を下げ、そして私はリクちゃんの手を掴んで、家に走り出した。
買い物をした袋を忘れたままで。