2-30.お見合いへの乱入者。
〇リク〇
日曜日。
昨日、ソラにお見合いの件を伝えた私の心持ちは重くなって、今も重い。
楽しそうだった二人を観るのが辛かった。
それを壊せば、自分の心は軽くなるかと思った。
それは違った。
望お兄様に嫌われるのではないかと恐れていた心はあった。
それは杞憂に終わった。
望お兄様は理解してくれた。
お姉ちゃん――美怜お姉ちゃんに、ソラへの感情を解きほぐされた後だっただろうか。
後味が悪かった。
(仮)の話も聞いた。
ソラが御母様に自分から説明したのを聞いていたのだが、とても清い交際をしていた。
今時の高校生では考えられないほどだと、御母様だと驚いていた。
ただ、「望君は素晴らしい」と惚気られて、御母様も辟易としていたし、私もとてもイライラしたわけだが。
さておき、
「リクさん」
その心持ちのまま、ソラが着付けを行っている小広間へ行くと声を掛けられた。
和服に着付けられたソラが私を観る。
似合っていた。
赤い着物を着た姿はまるで彼岸花を思わせるような凛とした奇麗さが滲み出ている。
お姉ちゃんのように可愛いとかではなく、着慣れているというのが正しい。
肌の色こそ茶色ではあるが、やはり名家のお嬢様だということだろう、気品がある。
ウチ自身と比べるても、何倍も奇麗だと思う。
「リクさん?」
「失礼、なんでしょう、ソラさん」
心配そうな顔で見られていた。
それを誤魔化すように次期当主としての顔を見せる。
「相手の事は知ってたら教えて下さいな」
「金持ちのボンボンですの。
御母様の伝手。写真は見てませんの」
実際は御母様が最近、ソラが色恋沙汰をし始めて心配して持ってきた話だったのだ。
つまりソラが招いたことである。
因果往々、めぐるモノである。
「そう」
「ぶち壊すことなんて考えない方がいいですの。
家の品位が疑われますので。
お父様の件で鳳凰寺家は一旦、危なかったですしね」
と言って、ソラに対して皮肉になっていることに気づく。
つまり、お前さえいなければと言ってしまっていた。
罪悪感。
「ソラが居なくても、リクはリクですからね。
あんまり変わらないかと」
皮肉で返された気がした。
私だけでも同じように大変なことになっていただろう、と。
「お役目から逃げることは難しいですから」
だが、心配された。
ソラの眼がお姉ちゃんに近い視線だと感じ、私の心が言葉を歪めたのだと気づく。
「ご配慮ありがとうございます」
「美怜さんのお陰か、リクが柔らかくなってくれて嬉しいですわ」
「お姉ちゃんの影響は確かにあるかと存じますの」
ソラがお姉ちゃんという下りで自分の唇を強く曲げた気がした。
しかし、突っ込む前にソラが次の言葉を誤魔化すように紡ぐ。
「さて、ぶち壊すことですが、正直、それは少しも考えていませんわ」
ソラの顔が穏やかなモノに変わる。
それは心の芯を灯すように強い目線ではあったが、それでも柔らかい笑顔だった。
「私は望君を信じているから」
「何か出来るとは思えないんですの」
「貴方が初恋に選んだ相手が正しいと証明してくれますわ。
それとも信じられない?」
「意地悪な言い方ですの」
「個人的には期待していますの。
でも、当主として、そして家のことを考えてれば、正直言えば難しい」
「そうでしょうね、家各や財力のことを考えれば、普通は難しい。
私も負けたのは個人の力であって、鳳凰寺家としての力ではない」
それは当然だ。
ソラは自分の力で居場所を作る、認められることをしていた背景は家に居場所が無かったからだ。
鳳凰寺家の力は使った時点で基本は自分に負けたことになる。
「でも、逆に望君も同じ条件だった。
もしお互いにリミッターを外した場合、どうなるのか楽しみなソラもいます」
「?」
「望君が私に勝負を仕掛けてきた時、こちらの素性を調べずに来たということですわ」
ソラがウチの顔を見て、面白そうに言う。
「これはデートの際に私の祖先に彼が驚いていたことからも確信したのですが、
つまり、気にする必要が無かったようですわよ?
聞いたら聞いたでどう潰すかとでも考えていたようでしたので、底知れませんわね」
この期に及んで惚気られた気がした。
〇リク〇
ソラのお見合いの相手は私から見ても魚だった。
御母様と相手の母方が引き揚げ、別の部屋に移ったのを見計らい、隣の部屋から盗み見をしにきた感想がそれだった。
年のころで言えば、ソラよりも五歳だけ上のように見える。まぁ、若い。
家格で言えば、新興。
つまり、お金はあるが歴史が無い家だ。
鳳凰寺家とつながりを持って格を持とうとでもしているのだろう。
で、御母様はその家に将来性を見たと、そんなところだ。
「家はともかく、本人は締まりのない顔してますの」
「インスマス顔ですねー」
「インスマス?」
「魚顔の事です。
しかも、口元観てください。
緩みすぎて、汚らしい。
あとは肌のケアもなってないですね。
ボロボロじゃないですか。
服も確かにいいものを着ていますが、着られているのが正解ですねー。
正直、似合ってないです」
流石に聞こえたらまずいのでお互いに小声だ。
言っても、五十人ほど入れる大広間なので、ホントに大きな声しなければ中央には聞こえないわけだが。
隣の部屋から覗きながら、星川に感想を述べると十倍ぐらいで返って来た。
星川は私の代わりに明け透けなので、ありがたい。
「収音機っと」
お姉ちゃんから預かったままのを耳につける。
「いいですねー、私、無くても聞こえるので必要ないのですが、さてさて」
結論、余り脳内にも留めたくもない内容だった。
『お金がいくらある』
『家の事、事業のすごさ』
『中央にこんだけコネがある』
自分の事はおろか、ソラのことも話題にしない。
ただの他者を引き合いに出した自慢話を羅列している。
正直、聴いててつまらないので寝そうになった。
「さすがに御母様でも焦りすぎじゃなかったかしら。
ウチもこんなのを兄と呼ぶのはごめんですの」
「大きな家の結婚なんざ、家と家ですからね。
本人の人格は無視ですよ。
子供作ってくれればおーけーでしょうし」
よくこの執事、首にならないなと感心しつつも、確かにその通りだと思う。
ソラの顔が馬耳東風している。
つまり笑顔を浮かべているが引きつらせて、早く終わらないかと考えている顔だ。
魚人がお茶に口を付けた後、不意に彼が動いた。
ソラの方に座ると、ソラが笑顔を崩さずに、しかし、ピキッっと凍り付いたように固まるのが判る。
「あそこに座ってるのがウチでなくて良かったですの」
「間違いなく、撃ち殺しますね。
あ、旨いこと言いましたね、私、ウチだけに撃ち殺す」
無視するが、耐えきれなくなる感情を和やかにしてくれようとしたのだろう。
「あ、ソラお嬢様の膝と肩に手を載せましたね。
まるでセクハラ親父みたいですね、ああやると。
うわ、首にキスまでした。
お見合いだってのに勘違いしてるんじゃないですかねー。
さもなくば、毒でも盛られたか」
「言葉の内容も最悪ですの。
星川ステイ」
「……胸が無いから胸がある妹の方も可愛がってやるとか言いやがりましたよ、あいつ。
弟に嫁がせて四(ピー音)するとか」
銃を構えたのを抑えさせる。
サングラスをしているも、手に持った銃を震わせていることから怒り心頭なのが判る。
全く、この従者が居ればウチはストレスフリーである。
「弟さんの方はきっとマシなのでしょうけど、ごめん被りますの」
とはいえ、触られ、笑顔のまま耐えて、言葉で受け流そうとするソラが可哀そうになってくる。
それでも強引に迫ってくる。
とはいえ、助け船を出すわけにもいかない。
ウチもソラも家に縛られている。
『侵入者だ! って旦那様宛の客だそうだぞ、どうする!』
『って、通せって来たんですが、え、マジですか?』
『旦那様のポケバイクで敷地を走ってるんですけど!
あ、屋内にバイクで飛び込んだ!』
『え、良いから通せって⁈
って、一人勝手に突撃したら、踏み台にされた!』
突然、家が騒がしくなった。
大声やバイクの音が五月蠅く騒ぎ立てる。
その様子に、ソラも相手も何事かと周りを見渡している。
そして、私の横を白い影が通り過ぎ、襖をぶち破いた。
「そのお見合い待ってもらおうか」
「望お兄様⁈」
そうその姿は望お兄様だった、
白馬こそではないが、白いポケバイに乗っていた。
こんだけの騒ぎをおこしたのに白いスーツは一寸の乱れも無く、凛々しい姿だった。
そしてポケバイを逆側に投げ捨てると、魚野郎に着地で足蹴を喰らわせていた。
正直、スッとしましたの。