2-28.ソラの名前の意味。
〇望〇
「よかったですわね」
ソラ君が一言
一気に暗くなったが、十分な量の灯りが眼下の広場にともされている。
「海側に消えなかった点は誤算でしたわね。
とはいえ、金色に染まっていく海と空のそれは自然の美しさを堪能できましたわね。
あー、やっぱり良いですわね」
夕日に映えるソラ君の金髪と横顔も美しかったわけだが、言わないことにする。
さっきから僕はちょっとおかしい。
言わなくてもいい過去の話も少しだが漏らすし。
さておき、
「湾岸線上に光が灯ってこれはこれで良いものだね」
「雑誌のデートスポットに上がるわけですわね」
来た時とは、日が沈み周りの様相が変わる。
港明かりが島々を照らし、幻想的な雰囲気を醸し出す。
「実は空が見たいといった時点でここに来るつもりだったんじゃないのかね?」
「バレましたか」
悪戯がばれた子供の用に舌をチラッと見せるソラ君。
美怜の提案でここを選んだが、近畿百景たるここを地理感があるソラ君が知らないのはおかしい。
そして僕は彼女が言い出せなかった理由を資料から知っている。
「ちょっとだけ、そう望君の言葉を借りるなら抵抗感がありましてね。
一回、一人で来たことがあるんです、実の母親を知りたくて。
その時は何にも感じなかったんですけどね」
ソラ君は微笑みで悲しみを隠しながら僕に言う。
「……私をお父様に託したのもお父様が実母を手籠めにしたのもここだそうで。
母親は私を託した後、その足で関東へ向かう途中、交通事故で死んでしまったそうですが。
それもあって私を、家督を受け継ぐ『リク』の名前ではなく、『ソラ』にしたそうです。
ここはソラに近いですから。
笑っちゃいますわよね?」
自嘲しながら同意を求めてくる。
手籠めという単語は無視しながら、資料にはその先も書かれていた。
ソラ君の実母はそのすぐ後に病死している。
美怜といい、ソラ君といい、小牧君といい、母親が死にすぎている気がする。
だからこそ仲良くできているのかもしれないのだが。
「ソラ君、一つ、教えてあげよう。
君のソラという名前には、自由という意味が含まれている」
「ぇ?」
ソラ君が不思議そうな顔を浮かべてくる。
本来、僕が知らない情報、資料からの抜粋を述べる。
「信じなくてもいいが、君のお父さん、六道氏は少なくともそうつけたと証言している。
どうやら家に縛らせずに自由にさせたかったようだね?」
「ど、どこで、どこでそれを?
お父様にお会いしましたの⁈」
ソラ君の慌てる姿は珍しい。楽しくなる。
「まだ会ってはいないが、これは間違いのない筋の情報だ。
初デートのお礼にと思ってね」
そう、っと僕に興奮しながら詰め寄ったソラ君が納得して離れる。
「このことは覚えておいて欲しい。
これから起きることはまだ僕の口からは言えないけど、六道氏は君に思いやりを持っている。
これは間違いない
婚外子ということを理由に君を傷つけることを防ぐために、家督を継がせないようにしたことも含め」
「いきなり言われても信じられませんが……」
でも、とソラ君は僕を翠色の意思を強めた澄んだ目で見てくる。
「望君がいうことは信じますわ」
嬉しい気持ちが沸く。
論拠も示さず、言葉による扇動や洗脳はおろか誘導も使っていないのに、僕という存在で信頼をしてくれたからだろう。
嬉しさを現すようにソラ君を引き寄せると、彼女は笑顔で僕に身をよせ、了承してくれる。
「ふふふ、デートの締めにはおあつらえ向きですね?」
気づけば、僕はソラ君は抱きしめていた。
広場を照らしている光が、上の僕らも照らしており、舞台の上のようだ。
ソラ君の手が僕の腰周りに回され抱き合う形に成る。
「デートの締めを頂きます。
返事は聞いてません」
僕自身もそう感じているのだろう。
抱きしめる力を強くしない様に我慢している。
自分からと決めていたのに、ソラ君に主導権を握らせれている。
美怜が浮かんだからだ。
ソラ君の顔がゆっくりと近づいてくる。
「ソラ」
不意に呼ばれたソラ君が声のした方を向いた。
そして眼を見開きその少女を見つめる。
その顔は複雑な表情が浮いている。
怒りでもなく、悲しみでもなく、知っていたとも言わんばかりだ。
「リク……」
そうそこには、リク君がいた。
ちなみに、黒服の女性はさておき、僕に向けて後ろで手を振っている男性は誰だろう。
顔は笑ってるけど赤い眼が笑っていない。
「ソラさん、そこまでにした方が良いです、後が辛くなるので。
妹として、また同士としての忠告ですの」
「……何を?」
ソラ君に戸惑いの色が浮かび、僕に強く抱きしめてくる。
恐らく、リク君がソラ君と同じだと認め、しかも気遣う素振りを見せたのは初めての筈だ。
リク君自体も姉の事が嫌いだとそう明言していた筈だ。
想定外の事が起きているが理由が判らない。
「九条お兄様、いえ、望お兄様。
ウチ、鳳凰寺・リクは望お兄様に一目ぼれしました」
知っていたことだ。
しかし、言葉にされると改めて自覚させられる。
嬉しく無い訳がない。他人に好かれることというのは。
特に幼少期から排除されることが多かった僕だ、とても嬉しい。
「これが同士の部分、因果なモノですの。
姉妹同士、同じ人が好きになるなんて」
ふふふと、ソラ君に似た笑いを浮かべるリク君。
「さて、次当主として、母からの伝言を伝えますの。
明日、お見合いがあります。
務めを果たしなさい」
「――っ!」
ソラ君の緑色の眼が見開き、動揺する。
「ちょっとまって、それは聞いてないよ、リクちゃん」
そうソラ君の疑問を代弁したのは隣の男性だった。
しかし、その声は毎日、良く聞く、鈴のような声だった。
「お姉ちゃん、ごめんなさい。
こればかりは家の決定事項なので、言えなかったんです。
ウチが言われたのは、ソラの商品価値を落とさないようにしろ、と」
「監視ってそういうことだったの?」
少年にお姉ちゃんと呼ぶリク君。
その少年はカツラをとりながら抗議すると、リク君は眼を逸らす。
「商品価値って、そんなの……」
それは紛れもなく美怜だった、男装も出来るとは驚きだね?
美怜を怒らせたままにするのは不味い。
彼女たちの事情をあまりかき回すのも良くない。
支障が出る。
「リク君は判っているから、自分の言葉で言わなかったんだ。
そして辛くなる、というのは今が幸せだと、落差にやられると言いたいんだ。
思いやりを察してあげてくれ」
「うう、九条お兄様……。
ありがとうございます、嫌われるかと怖くて」
リク君の眼に涙が浮かぶ。
「それでも!
望も嫌いだよね、他人に制限されるの!」
事実だ。そして美怜は僕の事を良く分かってくれている。
だから、
「美怜」
彼女の名前を呼び、目線を送った。
「何かあるんだね?
家族計画みたいに」
美怜の眼が青紫色になり、僕に対して信頼を示してくれる。
以心伝心というヤツだ。
リク君もソラ君もはてなマークを浮かぶが、これだけは美怜と僕だけの関係だ。
伊達に自殺未遂や強姦未遂をしている中ではない。
「後で話は聞くけどね?」
とはいえ、僕の行動を把握できるわけではないので釘を刺される。
人間、エスパーではないのだ。
「リク君、僕はどうしたらいい?」
「ウチとしては先ず離れてください、嫉妬で隣の執事に銃を向けさせそうです」
「それは情熱的なことだ。
そしたら、締めだけはいいかい、デートの」
「?」
「キスだよ、キス」
「星川、お兄様ごと撃つ準備を」
「あいさー、リア充は撃ち殺しですね?
嫉妬の炎を喰らえですよー!」
そこのどこかで見たことのある執事、モデルガンとは言え、向けるのはやめて欲しい。
改造してなくても危ない。
「リク君、一つ誤解しているが、僕とソラ君は(仮)の彼氏彼女だ。
だから、傷一つついていない事を、約束する。
そう三塚の御母堂様に伝えてくれ」
「なんで知ってるんですか、お母様の旧姓。
それに(仮)って」
「さぁね。
(仮)の話はソラ君から聞きたまえ、姉妹で話すこともあるだろうしね?
とはいえ、ソラ君の体温が名残り惜しいので一回だけ抱き着かせてくれ」
僕は返事も聞かずにソラ君を強く抱きしめた。
「僕は恩を忘れない。
物事には手順があるということだけは覚えといてくれ」
それだけ言い、ソラ君を離した。
ソラ君の顔を観ると、嬉しそうな笑みを浮かべてくれたので意図は伝わったのだろう。
そして、彼女はリク君の元へ行き、塔の上から黒い車で坂を下って行くのを見送る。
僕はそれを強い目線で追い、明日を思い浮かべ、自分の頬を両手で叩いた。
「望?」
「いや、何、気合を入れたのさ、明日は忙しくなる。
さて、帰るかね、美怜」
「バス二〇分待ちだよ」
オチがついた。