2-25.お説教。
〇リク〇
何故、ウチはこんな感情の発露をしているのだろう。
目の前に居る男装をした女性に。
本人は可愛らしく、女の子らしく、女性である自分ですら見惚れた。
笑顔にやられた。
そして何より、話しやすかったのもある。
更には私を次当主ではなく純粋に私としてみてくれる存在であったこと。
だから、私は九条お兄様と会うのと同時に美怜お姉様に会うのも楽しみになった。
お姉ちゃんになってくれると不意にいわれて、甘えたくなったのもある。
それだけ、美怜お姉様は魅力的に思えたからだ。
だからお姉ちゃんと呼んだ。
「ふーん。
別にそれは自分が悪いんじゃないかな」
なのに返って来た言葉は甘くない言葉だった。
私を否定する言葉だった。
この人も結局、他の人と同じなのかと思った。
ソラと比べて、ウチを下にする。
同じくソラに劣等感を得ていたというのに!
「私もソラさんには勝てないと思う所は一杯あるけれど、
それはソラさんを嫌いになる理由にはならないよね?」
美怜お姉ちゃんの眼がいつの間にか、赤くなっている。
先ほどまで青紫色だった筈のそれは、熱い感情を示してくるようにウチを貫いてきた。
「重要なことだから聞いてね?
私が足りてないだけだよ。
私が不足しているから劣等感を感じるのであって、それは好悪とは全く違う感情だもん。
きっと、ソラさんはリクちゃんと仲良くしたいんじゃないかな?
私はイヤだよ、ソラさんとリクちゃんがいがみ合うのは」
知らないことの筈なのに! という言葉は浮かんだが、すぐ消えた。
つまり、美怜お姉ちゃんの推理は核心を得ていると感じている自分を自覚していた。
ランチボックスの中、玉子焼きサンドが見えたからだ。
玉子焼きサンドを両手で掴み、観る。
確かにソラは私に玉子焼きを食べさせようとしていた。
あれは味見だけであれば、必要のないことだ。給仕の誰かに食べさせればいい。
ウチなんかより、ずっと良い意見が得られる。
「ま、リクちゃんをそういうふうに押し込めるのはソラさんじゃないってことだけは覚えといたほうが良いかもね。
さっき、アルビノを隠していたのを望に暴かれた話をしたことと一緒なんだよ。
根本的な原因は私のアルビノを呪いにしようとしていた気持ちにあって、望はそれをギフトにしようとしただけ。
リクちゃんもソラさんという存在を呪いにしようとしている」
美怜お姉ちゃんは実感を持って力説してくれているのが判る。
誰のために?
「ああああ、リクちゃんが可哀そうだよ!
なんでそんな風に当主たれと虐められなきゃならないんだよ!
ソラさんといがみ合わなきゃいけないんだよ!
そんなの絶対オカシイよ!」
私のためにだ。
数日前に会ったばかしの私なんかのために、本気で感情を動かしてくれている。
そして抱き着いて、私の事を認めてくれる。
周りの人とは明らかに違う。
星川も確かに私の事を大切にしてくれるかもしれないが、彼女は彼女で一歩引いている。
こんな熱い感情を向けてくれたことは無い。
「ごめん、押し付けたよね。
お姉ちゃんて言われたら、そうしなきゃと思っちゃってね?
イヤだったよね?」
打算なく、そして理由も見当たらず、本気で私の事を可哀そうだと思ってくれている。
「お姉ちゃん、有難うございます」
言葉は意識せずとも出ていた。
私はこの人を姉のように慕おうと思ったのはこの時が初めてだった。
〇美怜〇
反省。
ちょっと熱くなりすぎた。
星川さんに拳銃(おもちゃだよね?)を向けられて、そう反省した。
流石に生きている間に銃口を向けられることがあるとは思わなかった。
「星川、いいの」
「ですが、お嬢様」
「星川」
と場を納めてくれた時は九死に一生を得た気がした。
星川さんからはちょっと睨まれたが、私と手を繋いだリクちゃんが状況を説明すると引き下がってくれた。
リクちゃんの目元が涙で緩んでしまっており、それを見た保護者の対応としては妥当かと思う。
「星川さん、リクちゃんの事大切なんですね?」
「ぇえ。
私の恩人ですから」
とはいえ、リクちゃんの反応から判るが、この人は叱ったことが無いのであろう。
「あんまり甘やかしすぎても駄目だと思いますけどね」
星川さんは黙ったまま、私を観る。
怒ってはいないようだが、憮然としている。
いきなり現れた私にこんなことを言われたら、それは憮然とするかもと私の脳裏が考える。
例えば、望に誰か知らない人が彼女面や妹面や姉面されてこんなことを言われたら、怒り狂う自信がある。
言わなくても良いことを言ったかもしれない。
けれども、リクちゃんのことを思えば、言っておく必要は間違いなくあった。
「……耳が痛いですね」
星川さんは大人だった。それを事実だと飲み込んでくれた。
私は心の中でホッと一息をつく。
本人は理解してた事案なのかもしれない。
一歩引いているのが、仕事だからか、あるいは自分の心持ちなのかはさておき。
「……」
リクちゃんが私に湿った目線を向けてきている。
強く言いすぎたかもしれない。
それでも姉だと言われたので、当然しなければいけないことをしたつもりだ。
望と同じ、いやあの時は引ん剝かれたから加減はしたつもりだった。
結果、泣かせてしまった。
難しい。
「望達、追う?」
結局、見失ってしまった。
ただ、場所は判っている。
予定で言えば市立図書館で勉強している筈である。
「最後の場所は判っていますので、一旦、解散でお願いします。
少し落ち着きたいので。
落ち着きましたら連絡いたしますので、場所をご指定下さい。
拾わせていただきます」
「ん、判ったよ」
そう言い、私はリクちゃんから手を離す。
私もあまり日の光に当たりすぎると危ない。
準備は入念だが、そろそろ休憩した方が良い。
「これだけ聞いておきたいんだけど」
私は思い出したので、振り返り問う。
「ソラさんの事、嫉妬心以外に嫌いなことある?」
「……無いですの」
「安心した。
私はソラさんとリクちゃんにも仲良くしてほしいから。
家族同士いがみ合うのはイヤだから」
押し付けかもしれない。
とはいえ、私の本心で、私が持つ家族への気持ちを示したものだ。
「……お姉ちゃん、一つ聞いていいですか?」
「どうぞ」
私も問うたので、それに応えるのは当然だと笑顔を向けて言う。
「九条お兄様に告白をしようと思います。
良いですか?」
「いいよ。
でも、望とソラさん、お似合いだから難しいかもよ?」
「正直、九条お兄様とソラは似合ってます。
出来れば壊して九条お兄様に嫌われるのがイヤだと思えるぐらいには。
――でも、やらなくちゃいけないこともあるので」
リクちゃんが真剣な面持ちになり、望とソラさんを見つめた。
何か思いつめたような、そんな感情を読み取れた。




