2-18.企み再び。
〇望〇
「お父さん、お久しぶりです」
京都タワーに来るのも久しぶりな気がする。
それは土曜日。
ソラ君とのデートは来週だが、西舞鶴駅で習い事に出発するところに鉢合わせし、二条駅までは隣りあわせに座っていた。
なお、会話の内容はテスト勉強だから凄く健全かつ見どころも無いため割愛する。
「こっちやこっち」
さておき、窓側の席に家族計画をしていた時のようにお父さんは座っていた。
顔はだいぶマシになり、もう表の活動に戻っている。
そして隣には苦手な人も座っている。
この人は僕を呼びながらギブスが外れた手をブンブンと振り回している。
小学生らしい姿に行動なので、周りから微笑ましい目線を向けられているが、中身はオバさんだ。
騙されてはいけない。
「なんや、唯莉さんの顔見て変な顔して。
やっぱり唯莉さん狙いなんか?」
クフフと笑う邪悪な永年ロリを見て、今に見てろと思いながら無視する。
美怜に勝てば、ぎゃふんと言わせられる算段が付いているのだ。
「で、今日は何の御用ですか?
美怜も着いてきたいって言ってたんですけど、僕だけ来てくれとか」
「理由は二つある。
一つは望が依頼していた資料、これは見られたくないだろう?」
と、出されるのは封筒。
その外側には『鳳凰寺・ソラ、鳳凰寺・リク、鳳凰寺家の現在』と書かれている。
「ありがとうございます。
孤児院の方は未だなんですね?」
「そっちは資料が散逸しててな、もうちょっと待って欲しい」
「急ぎではないので、片手間でいいですよ、そっちは」
そっちは過去と向き合うために依頼したものだが、自分の事は後回しで良い。
「やっぱり、姉妹でしたか」
「本人に聞いた方が早なかったん?」
「ちょっと、考えることがありまして……。
早速、拝見させていただきます」
開けて資料を見ていく。
かなり細かいところまで調べられていて、流石お父さんと言う所なのだろう。
とはいえ、不審な点がある。
「血統とか、家の歴史とかのページが無いんですね。
本当に現在の情報しかないんですが?」
「唯莉さんが抜いたんや。
無い方が良いと思ったんや、クフフ」
邪悪な笑みを浮かべるロリババァだが、何か考えがあっての事だろう。
「久しぶりに友達に会う切っ掛けにもこっちも楽しかったぞ」
「お父さん、友達いたんですか?」
コーヒーを飲もうとした所に言ってやった。
予想通り、一瞬詰まるが、むせずに飲み込んでいるので流石だと思う。
僕はお父さんのことが嫌いではないが、今までのことからエス気が出ているのだ。
「友達というかライバルやん」
「僕が悠莉に好かれてて横恋慕してきただけだから、ライバルでも何でもない。
そもそもに鳳凰寺を折檻したのは悠莉だしな」
「懐かしい話やな。
ゆり姉、鳥のとこに無理矢理手籠めにされそうになってマジギレしてたからなぁ」
二人の会話に気になる部分が出てきた。
「鳳凰寺?」
「あぁ、望の調べてくれと言った鳳凰寺だ。
僕の旧友でね、外人萌えの変態ボンボンさ。
当然、アルビノも外人に見えるから苦労してね。
殴りあったことがある」
「血統的に言えばボンボンはあんさんもやろ、三の倍数は知ってる人は知っとる」
「僕の代に何も残っていなかったのは知っているだろう?
ボンボンは嫌味にしか聞こえないからやめてくれ、唯莉。
さておき、鳳凰寺に久しぶりに会ってね、資料をくれと言ったら快くくれた訳さ。
唯莉も連れてったけどね?
今の奥さんも僕の旧友でね、唯莉みたら逃げ出したから効果は抜群だったさ。
邪魔は少ない方が良い」
「てへっ☆
何十年前のことをトラウマに思ってるとか根深いんだから」
小学生スマイルに邪悪さを滲ませながら、ウィンクが飛んでくる。
絶対碌なことをしてない。
家族計画の事然り、碌でもないことに決まっている。
「その母親の事聞いていいですか?」
「ええでー、先ず鳥のことから説明せなあかんけどな。
鳳凰寺・六道、資料にも載ってると思うんやけど、本人も金髪だからか外人フェチを拗らせててな?
大学時代だったか、悠莉姉の次に狙った、家柄も何もない外人の女の子を孕ませたんや」
禄でもない大人だった。
いや、逆にそこまでいくと漢らしさを感じる。但し、男として尊敬は無い。
恐らく、それで生まれたのがソラ君だろう。
それが無かったら、今の僕の彼女(仮)が居ない訳で因果を否定するわけにもいかない。
「んで、当然、由緒ある鳳凰寺家としてはそんなん許せんわな?
子供だけでもと引き取ろうとして勘当されそうになった鳥を助けたんが、今の母親なんや。
あいつ鳳凰寺のこと好きな良い所のお嬢様でな?
鳳凰寺家としてはメリットしかなくて矛が収まったわけやね」
資料を見ながら唯莉さんの話を聞いていく。
なるほどと合点がいくが、やはり資料に由緒の下りが欠けているのは手落ちではなかろうか?
「ただ、その代わりにその娘、ソラ君に家督を継がせない様にしたわけですね?
そしてその人としてはソラ君自体も気に食わないと」
どうしたものかと思考を練る。
正直な話、リク君とソラ君の仲直り自体は簡単そうに見せるし、親子関係もその母親を取り除けば上手くいく気がする。
策略を練って放逐してしまうか、考えた方が速いのかもしれない。
例えば、若いスズメに夢中にさせて不貞を犯させて、それを露呈するとか。
昔、似たような手を使ったので、出来ないことは無い。
「のぞむー、悪い顔しとるでー」
「唯莉さん程では無いです」
「小悪魔な唯莉さんやでー、かわいいやろー」
「しっしっ」
とはいえ、資料を見て前条件的に難しく感じ、保留にする。
最悪、ソラ君やリク君に被害が行くのが予見されたからだ。
「ちょっとですね、ソラ君、鳳凰寺・ソラ君の家族関係を改善してあげたくてですね?」
「なんでや?」
「家族計画、お父さんのトラウマを快復させた僕の拳の理由の一つに彼女の存在があったからです。
あと、今、彼女(仮)なんで」
唯莉さんが食べようとした氷砂糖を手から零した。
そして立ち上がり、僕に詰め寄ってくる。
「(仮)はネタに成りそうなんで後で聞かせてや、てか美怜ちゃん推しやったんやけど?
どこがあかんの⁈」
「近親相姦を推すんじゃない、この育て主が! しかも実父の前で!」
「ええやん、血の繋がり無いんやから!
というか、あっても犯れ。
ウチの好みの展開や!」
「言おうと思ってたんですけど、美怜の倒錯的な家族観、唯莉さんのせいですよね⁈
いつも理性が擦り減ってきて大変で、どうしてくれるんですかね?」
僕も美怜が居ないとダメな体に成っていることを棚に上げつつ、詰め寄る。
一度は言わなければならなかったことだ。
丁度良い。
「何で抑える必要があるか言うてみいや、あ?
しょうもない家族観にとらわれすぎなんやで、あんさんはさ」
だが、たった一単語で僕の心の余裕が失せ、目の前が真っ白になった。
言ってはいけないことを言われたと理性ではなく反射的に体が動き始める。
拳を握る。
「唯莉、望、声が大きすぎる」
お父さんの重圧な声に意識を戻される。
見れば、周りの視線を集めていた。
昇った血が少しずつ戻っていく。
「後、望、拳を解け。
勝てない勝負、相手の土俵で戦うな。
昔、言っただろう?」
「――っ」
実のところ、僕の格闘技の師匠は唯莉さんだ。
リーチや体重の差はあれど、小さい相手というのはやりづらいことこの上ない。
「望、申し訳あらへん。
半分は育て親としての自負やから、これは唯莉さんの我が儘や、ホンマすまん。
ちょっと熱が入りすぎたわ」
と、ペコリと謝ってくる。
唯莉さんなりに僕の為を思ってくれたことは、冷静に成った今、理解できる。
「いえ、僕も熱くなってしまいました。
すいません。
唯莉さんの言わない半分は僕自身のトラウマをテストですかね?
未熟者で申し訳ないです」
もう半分の部分をあえて言ってやる。
事情を知っている唯莉さんがあえて僕の理性を消し飛ばすようにし、ここまで強い口調で踏み込んでくるのは久しぶりの事だ。
いつもは軽い調子でトラウマを想起させないようにしてくれている。
「ホント、つまらん奴やな。
でもまぁ、だからこそ美怜ちゃん託しとるんやけどな?」
当たりのようだ。
複雑な表情をした唯莉さんは氷砂糖を袋から取り出し舐め始める。
「望、もう一つ、呼んだ理由をいいか?」
「はい、申し訳ありませんでした、お父さん
で、何でしょうか?」
「唯莉」
「……美怜ちゃんを絶対に呼べなかった理由や」
唯莉さんから、一枚の写真を裏側で渡される。
その唯莉さんの顔は憮然としたつまらなそうな顔をしていて、中身に不安を覚える。
「頼みがある」
お父さんからの頼み事の内容に僕は驚き、そして写真を見てさらに驚くことになった。
それは良く知っているソラ君だったからだ。