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2-17.家族宣戦布告。

〇望〇


「正座」

「はい」


 まっすぐ家に帰るや否や、居間で美怜に正座させられる僕が居た。


「今日、私の扱いが雑な件について」

「そんなことは無いゾ」


 心当たりはある。

 先日の件、つまりベッドで押し倒した件で妙に美怜を意識してしまった件が原因だ。

 自身が美怜を意識しないように、無意識に距離を置いてしまった自覚がある。


「ウソだよね」


 美怜がオッドアイ状態で、僕を見つめてくる。

 半分は怒り、半分は哀しみを伴っているんだよと自己主張しているようだ。


「昨日、私を押し倒してから変だよ?」


 図星だ。

 美怜が蠱惑的過ぎて、理性をなくしかけてしまったとか当人の前では言えない。

 家族に対して抱いてはイケナイ感情だ、それは。


「やっぱり私を見て、太っているなとか思ったの?」

「……?」


 ……?


 思考が止まるのを感じた。


「それはない」

 

 即答するが、美怜は信じられないとばかりに、立ったまま腕を振り回して力説する。


「だって、私、ソラさんに比べれば太ましいし、童顔だし。

 それに何も特徴的なことが無くて、どれもこれも負けていて。

 魅力が無いもん」


 理解した。

 最近、美怜は何かとソラ君と比べている。

 理由は単純だ。


「私、イヤな子なんだよ。

 ソラさんと望が楽しそうにしてるのを見て、嬉しい。

 でも反面、私にも構ってほしいとでてきちゃうんだよ」


 嫉妬心だ。

 何というか、構ってほしいとアピールする兎である。

 見た目もさることながら、構ってくれないと死んでしまいそうなイメージを持たせてくる。


「……変なんだよ、私。

 ソラさんと比べることが多くなって、何もできないなと感じて。

 勝てるものを探している自分が居るんだよ」


 両目が青紫色になり、僕を見てくる。


「望も何でも出来るし、私だけ何もできない。

 悔しいよ。

 前ならこんな感情湧かなかったのに。

 地味でいなくてもいいって考えたら力が欲しくなって!

 私はイヤな子になっちゃたんだよ」


 その彼女からぽつぽつと雫が零れ落ちた。

 良い傾向だと思う。

 人間、他人への妥協だけで生きていけば腐る。

 自身の長所を潰し、最期には自分の可能性すらも潰してしまう。

 そう他人に制限されるような生き方は僕は嫌いなのは、昔の経験からだ。


「変じゃないさ。美怜」


 なるべく優しい声で接する。

 そしてもう一つ、経験した感情があるから美怜の戸惑いも判る。

 人を追い越すこと優越感で自分が変わってしまうのではないかという自分への恐怖だ。


「美怜、ちょっとおいで」

「あ……」


 そう言いながら、立ち上がり、こちらから軽く抱きしめる。

 美怜がちょっと身震いするが、しばらくすると安心したように体を預けてくれる。

 ボディタッチには相手を安心させる効果がある。

 白い髪の毛を柔らかく撫でると、美怜からも気持ちよさそうに擦り付けてくる。


「落ち着いたかね?」

「……うん。

 ありがと。

 結構、弱くなってた」


 問うと美怜が大丈夫だよと笑顔を向けてくれたので座らせて、離れる。


「初めての感情だと思うから、整理つかないのもある。

 ゆっくり慣れていけばいいさ。

 人という生き物は、闘争をすることで進歩してきた。

 だから、美怜の得ている、勝ちたいだとか、悔しいだという感情は正しいモノだ」


 ここは肯定する。

 美怜は僕が居なくても、自身を持って何事にも立ち向かえるようにした方が良い。

 僕は確かに安心させたいし、甘えさせたい、依存させたい。

 でも、美怜のことを考えるとそれは必ずしもプラスにはならない。

 家族というのは、操り人形ではないし、大切にしまい込む白い陶器でもない。


「……いいの?」

「いいんだ。

 例えば、殺してやるとか、無茶苦茶にしてやるとか、そういう感情で無ければ健全だ。

 自分の何処が足りていないのか、相手よりも何処が良いのか、

 そういうのを計るために他人に対して、感情を持ってみるのは必要なのさ」


 人間というのは他人を介さないと自分とは何かを認識できないものなのだ。

 マルクスだった気がする。


「でも、キスの件。

 望はイヤなんだよね?

 私のしたいばっかり押し付けて、望の家族観を鑑みない。

 わがままだよね?」


 声を震わせて絞り出すように美怜は声を出した。

 そして僕の眼から逃げるように俯く。

 ソラ君に啖呵を切った威勢はどこへいったのだろうと、微笑ましい気分になる。


「わがままだなぁ、美怜は」


 正直に言ってやる。

 美怜は、そうだよね、と呟く。諦めを決めたかのような意思を込めていた。


「でもいいんだよ、美怜。

 そういう我が儘の擦り合わせをしていくことこそ、家族だと思うし」

「……いじわる」


 美怜がこっちを見てくる。

 その眼は青紫色。彼女は嬉しそうに顔を綻ばせる。

 それはまるでネモフィラを思わせてくる。

 確か花言葉は「貴方を許す」だったか。


「じゃぁ、絶対に勝つよ、私は。

 ソラさんにだけズルい思いをさせたくない。

 私はソラさんより望を知りたい」

「あぁ、楽しみにしているさ。

 そうだ、僕にも勝ったら、美怜の意図していたことも認めよう」


 美怜が眼を見開く。

 バレていないとでも思ったのだろうか。


「僕がキスを許すことをテーブルに美怜が乗せた時、

 一回ともその場とも言っていなかっただろう?

 つまり、ずっと許すことを認めろということだね?」

「……なんだ、バレてたんだ。

 上手くいくと思ったのに」


 美怜が悪戯がばれてバツが悪そうな少女の顔を浮かべ、誤魔化すように薄笑いで隠す。


「流石にね。

 その点は後で捻じ伏せて、却下するつもりであったわけだが、

 美怜の成長のためだ。

 僕も勝負に乗る、本気でかかってこい」

「うん、判った。

 学校でも、家でも、電車でも、キスしてもらうために頑張るよ」

「……TPOは弁えたまえ」

「私がしたいんだもん。

 望は自分が負けると思ってるの?」


 そう挑発してくるは、ふふんと鼻を鳴らす。

 ウサギの威嚇行動にも見える。


「挑発だね、いいさ、乗ろう。

 もし美怜が負けたらどうする?」


 面白い。興が乗った。

 水戸との勝負のように、お互いに賭けるモノを提示した方がもっと楽しめるだろう。


「私が負けたら、

 唯莉ゆいりさんの弱点を教えてあげるよ」


 超魅力的な提案だった。

 いつもクフフっと笑う顔が浮かべる永年小学ロリババァ、平沼・唯莉。

 今まで勝てたためしはない、いつか倒さなければならない相手。


「面白い。

 面白いじゃないか、美怜……!」


 その唯莉さんの弱点だ。

 一泡吹かせることで僕の優越感が満たされるであろうことは間違いない。

 今までやられてきたこと、並びに美怜の家族観の件で困惑しまくっている件も、全部、あの人が悪い。

 うっ憤は貯まりまくっている。現在進行形で。


「まぁ、私が負けても損は無いんだけどね。

 唯莉さんにお灸をすえるのは私もやらなきゃいけないと思ってるから」

「……黒いなぁ、美怜。

 だが、乗ろう。このチャンスに乗らないのは馬鹿だ」

「決まりだね」


 美怜は力強く僕を赤い眼で見てくる。


「勝負だよ、望!」


 家族での戦いが始まった。


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