2-14.お兄ちゃんと呼ばせてみた結果がこれだよ。
〇望〇
「美怜、一つお願い事がある」
「なにー?」
僕の部屋。
お父さんへのメールと調べ物を終えて美怜の寝っ転がっている僕のベッドへ目を向ける。
彼女は白色のうさ耳フード付きのパジャマを着ており、携帯でなにやら作業をしている。
聞いてみた所、連絡先を交換したリク君とコミュニケーションをしていたみたいだ。
美怜の友好関係が狭い今、ありがたい話ではある。
さておきそれを止め、僕に向いてくる瞳は青紫色だ。
「お兄ちゃんて呼んでみてくれ、お兄様でも可能」
〇美怜〇
うーん、何を言ってるんだろうか、この望は。
久しぶりに私の理解を超えてきた気がする。
最近、学校内で私を褒めちぎることとか、まともなことしかしてこなかったのでちょっと不意をつかれた。
「頭大丈夫?
家族生活する前に、どっちが上とかどうでも良いとか言ってたよね?」
「……ちょっとね。
思考実験みたいなモノさ」
変な望である。
思考が言語化されていないのか、言い淀みが見える。
最近、変わったことと言えば、
「あ、判った。
リクちゃんにお兄様と言われて動揺したから実験したいんだね。
リクちゃんにチョコレート貰ったよってさっき言ったことで思い出したんだよね?」
「う」
図星のようだ。なるほど、理解できた。
言われ慣れていない言葉、代名詞、立場……を言われて、狼狽えたでもしたのだろう。
だから、約束なんてモノを取り付けられて、今日に至ってしまったと。
「リクちゃん、可愛かったもんね?
金髪のお嬢様」
「美怜の方が可愛いから勘弁してくれ」
即答だった。
望の中で確定している事案ということが判る。
私は言われ、頬が熱くなる感じを覚えた。
「えへへー。
いいよ、そういうことなら」
いざ言おうとすると、どれにするか悩む。
私は十二人妹のゲームもプレイしたことがあるので、語呂は豊富にある。
なお、最近、その裏? のゲームもプレイした。
「……のぞむおにいちゃん」
やはりシンプルが一番と決めて、上目遣いで言ってやった。
すると望の挙動がピタッと止まった。
〇望〇
「望お兄ちゃん?」
再度言われ、今、僕がここに居ることを思いだす。
それほど、美怜から言われた言葉の破壊力はヤバいものがあった。
椅子から転げ落ちて、ぺー太君がモフっと僕の頭の上に落ちてきていた。
彼を定位置に戻しながら、美怜の横、ベッドに座る。
そうすると体中がバクバクいっていた状態がある程度、落ち着いてくる。
「死ぬとこだったね、ヤバい」
正直な感想である。
青紫色の瞳を振るわせて、幼い顔立ちが僕の心を揺さぶってきた。
何というか、言われたのを思い出すと、尊い……という感想が浮かび、ニヤけてしまう。
確かに家族を求めていた僕だからクリティカルヒットするのは判るのだが、予想外な衝撃だった。
「そんなに?」
「試しに言われてみたらいいのさ」
思いついたので実行に移す。
「……美怜おねえちゃん」
仕返しとばかしに言ってやった。
ギャップ狙いで、美怜の頬を右手で抑えながらだ。
すると美怜が目に見えるようにピクリともしなくなり、しばらくすると震えだす。
そして震えが止まった瞬間に美怜が興奮した面持ちで飛び掛かってきた。
僕に抱き着き、豊満な胸に僕の頭を押し付け、頭を優しく撫でてくる。
顔を上げると僕のことを優しい目線で見てきていた。
「あ、ヤバいやつだよ、それ。
私、今すごく望を抱きしめたくなった。
庇護感……? が煽られたよ」
「抱き着いて言う事じゃないと思うが?」
「えへへー。
いいんじゃないかな、望お兄ちゃん?」
「くっ」
悔しくなった。
そして同時に庇護感を煽られ返された。
だから仕返しとばかしに、抱き着き返してやり頭の後ろをこねくりまわそうとした。
「きゃっ」
だが、力加減を誤った。
結果、美怜を両手でベッドに押し倒してしまう形に成る。
不安そうな青紫色の眼に見える眼は、何か期待をしているようにも感じさせる。
「おにいちゃん……?」
か細い声だった。
僕のことを拒否するような声ではない。
しかし、未知への不安におびえながら、湿ったような声色だった。
僕は脳内が真っ白になりながら、生唾を飲んだ。
白いパジャマの端から白い陶器のような肌が見え、白い髪の毛が花を咲かすようにベッドに広がる。
それに添えられた紅くなった頬は、リンゴのようで美味しそうに見える。
はち切れんばかりの大きな桃も呼吸に任せるままに揺れている。
どうしたらいいのか戸惑う僕に僕の頬を美怜の白い手が撫でた。
「大丈夫だよ、お姉ちゃんが優しくしてあげるよ?」
ヤバい。
ちょっと、これは不味い。
ギャップというヤツだろうか、普段、妹としてみていることが多い美怜が虚勢を張ってくれた
姉らしくあろうとしながらも手を震わせている。
――甘えたい。
そう強い願望が沸いた。
甘えるし、甘えられる関係が家族である。
これは僕の価値観でも間違いない。
しかし、今、沸いた衝動はもっと貪欲的なモノで、美怜に僕を判って貰いたいという欲望に起因するものだ。
『シスコンですわね』
ふと脳裏に浮かんだのはソラ君の顔だ。
悲しそうでも無く、そうなるのは当然でしたわねと何処か達観したような笑顔。
『その不道徳な望君は正しく直してあげませんと」
そして喰われるヲチまで見えた。
『女の子は泣かせちゃダメなんだぞ』
次に黒髪の女性が浮かんだ。
僕が姉と慕っていた、孤児院時代の人。
気持ちがクリアになった。
「あまり、男をからかうなよ」
今、一時の情欲に流されるのが家族や義理や道徳観として正しいのだろうか?
それは否であると、そう気持ちが固まる。
だから、微笑みを美怜に向け、オデコにデコピンをしてやる。
「うー!
望が押し倒してきたのにー!
追加の暴力は酷いんだよ!」
「すまない。
つい可愛く見えて、意地悪したくなったんだ」
「可愛い、可愛いって言えば、何でも済むと思ってるよね?」
美怜の赤い目をさせた怒り顔に僕は安堵感を覚える。
美怜の言葉は挑発に見えたが、欲望が見せた錯覚だったのだろうということで折り合いがついたからだ。
長い間、美怜が居るために自己処理をしていないのも原因なのかもしれない。
僕だって男性だ、そういうのはある。
「思ってる思ってる。
美怜は可愛いなぁ、ホントに」
「うー、意地悪!
嬉しいけど、心がこもってない!」
「はいはい、かわいいかわいい」
「ムー!」
プンスカと美怜が僕をポカポカと叩いてくる。
こういう関係を僕は望んでいた筈で、先ほど浮かんだのは気の迷いだ。
そう納得出来たし、理解も出来た。
同時に自己嫌悪に陥る。
家族相手に何思ってんだろうなぁと。
こうならないように、気を付ける必要があるなと僕は深く反省をしながら、美怜をからかうのだった。