2-10.帰り道。
〇美怜〇
「望、ソラさんと帰らなくていいの?」
声が弾むのが判る。
一緒に二人で帰れる事実が嬉しいからだ。
ソラさんより私を優先。有言実行してくれているからだ。
運良く座れた路面電車の中、西舞鶴駅まで行き、今日はゴザールシティで買い物をする予定だ。
「ソラ君は勉強だってさ、僕の手伝いは要らないそうだ」
「誰かがけし掛けるから……」
「そもそも勝負話であんなことを言い出す美怜が悪いかと思うのだが?」
知りません。
私に黙って、キスなんかしている望が悪い。
「でも、彼氏になってもあんまり冷たくすると嫌われちゃうよ……?
釣った魚に餌をあげないとダメだって、唯莉さんの小説も書いてたし」
それはさておき心配半分で助言をする。
私としてはソラさんと望は仲良くしてほしいし、カップルとしてもお似合いだと思う。
しかし、半分は私の家族を優先してほしいという願望で占められている。
「撒き餌をしたのは君だがね?
さておき、美怜と家族になりたくて成ったんだ。
僕は美怜との家族生活の方が重要だと思ってるし、君を捨てるのは絶対に嫌だ。
だから、(仮)として貰ったことはいったね?
お互いに拘束するのも嫌だからね」
言われ、安心した。
私がけし掛けたとはいえ、ちゃんと望は私を見てくれている。
それに私を捨てないと行動で示してくれている。
嬉しいと素直にそう感情が出、エヘヘーと笑みが浮かぶ。
「まぁ、美怜の行き過ぎた価値観は直さなきゃいけないのは今日の事件でも思ったけどね?」
「何のこと?」
「キスだ、キス、というかだね……同じ話になるからやめとこうか」
「そうだね」
声が大きくなりかけ、周りから視線が向けられていることに気づく。
恥ずかしいという気持ちはないが、公共の場のルールはあるので気まずい。
「私、諦めないからね」
「あぁ、頑張りたまえ」
望は心底、そうならないように願った気持ちを込めてきた。
ムカついた。
確かに家族観のズレは仕方ないことだと思うが、キスぐらい許してくれても良いと思う。
というか、もっと凄い事してしまおうかとも思う。
血の繋がりは無いから近親相姦にはならない。
「流石に過激発想だよね……」
心がブレーキをかけるように呟く。
唯莉さんの小説には、家族の形として姉の旦那に恋する妹が出てきて、性描写もされていた。
だから家族のカタチとしては有りだと思うが、それらは歳が二十代の登場人物で、私たちはまだ高校生だ。
「手、いいでしょ?」
返答を待たず隣に座った望の右手を左手で握る。
「暖かいよね、望の手」
「心が冷たいからね」
望は冗談だとばかしに笑う。望の優しさが伝わって気持ちいい。
家族の手、私がずっと求めていた手だ。
今は私たちにはお父さんがいる。
でも、やっぱり私の家族は望なのだ。
私のために、色んなことをしてくれた彼が一番の家族なのだ。
『西舞鶴駅前~、西舞鶴駅前~、JR舞鶴線ならびに近畿鉄道はお乗り換えです。
西舞鶴を過ぎますと真那井商店街前経由とれとれセンターへ参ります』
ここから乗りかえすれば、京都、敦賀、丹後半島の方の三方向に行ける。
私は、敦賀方面に行ったことが無い。
東舞鶴にもいかないからだ。
『プー!』
降車スイッチが押される。
押さなくてもしばらく待機時間があるので、停車するのだが、必ず先を急いだ学生に押されるという曰く付きである。
路面電車が専用ロータリーに入っていく。
見えてくるのは、地方地域にしては大きな駅。
みどりの窓口なんかもあって、何だかんだにぎわっている。
路面電車が出来たことで駅、観光地、商店街、学校が繋がる形に成り活性化しているとのことだ。
それまでは寂れる一方で福知山市に負け続けていたとか、何とか。
キ〇ンの工場は撤退したり、ある工場は焼けたり、働く場所が減っていったのも大きい。
東にしても日本板〇子や、造船工場などはあるが……という話が過去に上がった。
「晩御飯、何にするかね?」
今晩は望の番だからだろう、意見を求めてくる。
何を言っても中華ベースになることは確定している。
望の得意料理だからだ。
フリッターなども洋食風中華風になる。
「うーん、そろそろ、アジやトビウオが美味しいかな、鳥貝は早いし」
「アジか……揚げてあんかけもいいね?」
確かに美味しそうだ。
食べたことは無いが、文字から既に美味しそうな香りがする。
「あれば、それでいこうかね。
足元気をつけたまえ」
「ありがと――っ!」
こけた。
降りる時迄手を繋いでいなくても良かった気がするが、何となくつなぎっぱなしのままだった。
だから両手が鞄とで塞がり、バランスが悪くなった気がする。
「大丈夫かね?」
望が私と荷物二つ分あるのに、お姫様抱っこで抱えてくれていた。
周りからも歓声が上がる。
「よっと、怪我はなさそうだね?」
「うん、ありがと」
心臓がバクバクしている。
いきなりの事で驚いたのもあるだろう。
「重くない?
おろしていいよ?」
「いいや、これぐらいは軽いさ」
しっかりとした腕が力強く、私を駅前のベンチまで連れて行ってくれる。
望が顔を近づけて、私の様子を見てくる。
頬に熱にこもるのが判る。
「怪我はなさそうだね?
顔が赤いのは気になるが――肌の状態は平気かね?」
「だ、大丈夫だよ、まだ火傷の兆候も出てないから」
何故だろうと考える。
「ごめん、望を信頼してないわけじゃないんだけど。
人から注目されるのが突然だったからだと思うんだよ」
一つ、思い当たった。
大勢の視線を公共の場で集めるのに慣れていないのだろうと思う。
だから、望のに対して申し訳なさを感じてしまう。
「少しづつ慣れていけばいいさ」
慰めてくれる望が私の頭を撫でてくれる。
優しい手つきで気持ちよく感じる。
眼を細め、成すがままにされる。
まるで兎が飼い主にされるような気分になる。
「えへへー」
やっぱりだ、人に見られていても慌ててなければ心が温まるだけだ。
私はやっぱり望が居てくれれば、幸せなのだ。
「九条お兄様?」
望の手が止まった。
眼を向けてみれば、それは知らない女の子だった。