2-5.リクの初恋。
〇リク〇
運命の出会いは信じていなかった。
ウチはその出会い迄は全てが必然で決められている電車なのだと頑なに信じていた。
親もレールを敷き、乗せてくる。
跡取りだと、そう私を縛るのだ。
姉は居るが、妾の子で、親からは何も期待されていない。
自由にさせているというか、どうでも良いというのが正解なのだろうか。
そのことに対しては羨ましいと思ったことはない。
さておき、姉とはいつも比べられている。
高校に上がり順が落ちたと聞くが、私と比べれば天高い場所だ。
スポーツもそうだ。ウチはあまり出来の良い方ではない。
ただ、胸部だけはウチの方があるのは密かな自信だ。
「どうしたんだい?」
それは白馬に乗った王子様ではなかったが、白い髪をしたお兄さんだった。
結論、私は星川に商店街の入り口で下ろされた後、迷子になった。
そこで男の人に絡まれているのを助けてくれたのがこの人だった
釣り目で見る人が見れば怖い印象を感じるだろうが、雰囲気から優しさを感じ取れた。
「あ……」
見た瞬間、電流が迸るような感覚を覚えた。
お腹の奥、少し下の方がキューっとしてドキドキする。
熱っぽさを感じる。
言語化出来なくて悔しいが、自分の中で次のように処理できたのだ。
――あぁ、運命なんだ、これと。
私はこの人に会うために生まれてきたんだな、そう第六感的に気付いた。
連絡先は聞けなかった。
でも、次会えたら運命だと、そう言って指を繋いでくれた。
「九条お兄様……」
迎えに来た車の中でその名前を呟いた。
心が締め付けられるような感覚を覚え、浅く自分の体を抱きしめて、今日の事を思い返した。
〇望〇
「どうしたんだい?」
ソラ君に告白をし、電車で別れた帰り道、慣れないことをしている自覚はあった。
男に絡まれた女の子に助け船を出していたからだ。
「やめてくださる?」
「っ、このガキが」
少女が大の大人に腕を捕まれているのを見かけてしまったのだ。
正義感をかざしたわけではなく、一歳ほど下の女の子というのが僕の中で引っかかり気づけば声を掛けてしまっていた。
ロリコンと言う訳ではない。いいね?
お父さんに引き取られる前、涙目ながら泣かず――僕のことを殺しそうな程に睨んでいた――少女と何処か印象が被ったからだと理解できている。
その思い出の少女は染めていなければ彼女は金髪ではなく、黒髪の筈ではあるので全く違うわけで感覚的なモノだ。
「……どちらさまで?」
「あ、他人か、俺らは取り込み中なんだよ」
チンピラ崩れに見える男の方に言葉が悪く品性も無い。
ここら辺で見たことも無いので、観光客か何かなのかもしれない。
女の子の方は金髪でサイドは縦ロールを流し、後ろは二つにまとめている。
奇麗に整ったシンプルながら高く見える制服は京都市内のプロテスタント系、名門女子中のモノだ。
素直に評すると年相応に可愛い感じだ。
「この今絡んでいるのは君のお兄さんか何かかね?」
「知りませんわ。
ぶつかられたと因縁をつけられただけですの」
「ぶつかってきて、スマホを割って何を……!」
見れば男の手にはヒビと年季が入ったスマホ。
「本当かね?」
「違いますの。
道に迷ってたので途方に暮れて考えていたらいきなり後ろにぶつかってきたのはあちらですの。
証拠に倒されて、ウチの膝が汚れてしまいました」
見れば確かに白いソックスの右膝の前が汚れている。
男性に前から当たったのであれば、体格差で後ろに倒れる筈だ。
じっと見てくる少女のエメラルドグリーンの眼からは嘘も言っている素振りは無い。
「ふむ、
そこの君にはぶつかってきた証拠はあるのかね?」
「割れたスマホが」
「それは結果であって、この少女がぶつかってきた証拠にはならない。
スマホが割れたのは君がぶつかって落としたのかもしれない。
第三者的にモノを申すなら、ちゃんとした証拠をみせたまえ。
さぁ!」
と、意図的にロジカル挑発してみることにする。
「お前には関係ないだろ!」
そう切って、僕につかみかかろうとしてくる。
はい、嘘確定である。
ウソがばれそうになると人は話題の転換をしようと焦り、行動に出る。
本当に彼が無実ならば、何とか説明しようとするモノなのだ。
痴漢冤罪とかも、大抵は説明しようとすれば何とかなると思い説明を続けてしまい、ドツボにはまるのと同じだね?
そんなことを考えてたら、右手で掴まれたシャツの胸元のボタンが一つ飛んだ。
「君、僕の正当防衛を証明してくれるね?」
「はい」
まぁ、何かあっても商店街のカメラがある位置だ。
僕の正当防衛は保証されている。
とりあえず了承が取れたので、遠慮なく、彼の掴みかかってきた右手を左手で掴む。
コツとしては、相手の丘を親指以外で掴み、親指は相手の小指の付け根を押すこと。
そして捩じる。
手が外れるので、僕は右手で彼の手首を包み込むんで力を加える。
すると少しの力で一気に地面に引き倒すことが出来る。
最近、ソラ君に対応するために柔の技も研究している成果だ。
「もう一回やるかね?」
僕は彼を開放し、そう問いかける。
何が起こったか判らないのか、唖然としていた表情を向けてくる。
「ち、かんべんしてやらぁ!」
そしてどうにもならない相手だと理解してくれたのだろう。
立ち上がると憮然とした表情で去っていく。
「さて、君は西ではあまり見ないけど、東の子かい?」
彼女に見覚えは無かった。
自分の家がある真那井商店街地区の子では少なくともない。
「僕は九条・望、漢字は京都市内の九条通の九条に望みを繋ぐの望だ、君のお名前は?」
とりあえず、自己紹介から入りなおす。
人間とは基本、相手のことを知ることで心を開いていくものだ。
だから、先に僕は誰だと与えることを親しみがあるだろう単語と共に警戒心を解くことにしたのだ。
「……九条様?」
「様は別にいらないが、好きに呼べば良い」
「では九条お兄様で」
僕より低い身長――恐らく、美怜より若干低い百四十三ぐらいで――のため、当然に上目遣いなりながら、凛とした声でお兄様と言われ、家族設定に弱い僕が会心の一撃を喰らった。
美怜にはお兄ちゃんとも、当然にお兄様とも言わせておらず知らなかったことだが、そのワードの破壊力たるや、何とも言えない破壊力があった。
今度、美怜に頼んでみよう。
逆にお姉ちゃんと呼んでやるのもありかもしれない。
「ウチはリク、と言います」
「漢字は?」
「カタカナでリクで大丈夫です――」
若干、京都市内のイントネーションが入った発音だが、どこかで聞いたような印象がある。
ただ、先ほど脳裏に浮かんだ少女とは明確に名前が違い安心した。
「リク君はどうして、商店街へ?」
悩んだ素振りを見せるリク君。
言えないのかもしれないし、警戒をしているのかもしれない。
さっきも怖い思いをしたのでいたしかたないだろう。
「別にいいか、理由なんて……」
「あ、申し訳ないです、ちょっと探し物をしてまして」
「探し物?」
「舞鶴高等学校です」
僕が通っている学校の名前が出てきて、合点がいく。
「下見か何かかね?
まだ五月だというのに熱心なことだと感心するね。
この時間だと、西舞鶴駅止めが多くて学校行きの電車は少ないからね。
それで歩いてみようかと?」
「あう、そんな感じです」
とりあえず、褒める。
初対面の人相手はとりあえず、褒めるのが楽だったりする。
褒められるのが嫌いの人はいないし、好感度を稼ぐには楽だったりする。
「今行っても、暗くなるが平気かね?」
「大丈夫です、場所の雰囲気を感じたかっただけですので。
そこまで行けば迎えが約束の時間には来ますので」
「なら案内しよう、触れ合う袖も何とやらさ――ライン……連絡だけ入れさせて貰うが」
「お言葉に甘えさせていただきます」
美怜に『一時間ほど遅れる、すまない』と送信。
二十秒もしないうちに『早く帰ってきてねー、今日は鶏肉のシチューだよ、ぐつぐつー』とスタンプ付きで返ってくる。
煮込まれた兎のスタンプは悪趣味だとは思うがね?
「家族の方ですか?」
「そんなとこさ、出来た妹でね。
晩御飯はシチューだって返答が来たのさ」
「――羨ましい限りです」
シチューが羨ましい訳ではないだろうが、あえて突っ込まない。
家族の問題に首を突っ込んでも、責任が取れるかと言われると、判らない。
ただ、似たようなセリフをどこかで聞いたことがある気がするが思い出せない。
「さて、路面電車はこの時間だと少ないから歩くことになるが、大丈夫かい」
彼女は小さく頷いた。
どこか嬉しそうに見えたのは気のせいだろう。