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1-S3.小話:ラブコメ風、ソラと望の事情。

〇望〇


 僕は追われていた。

 放課後、美怜も居らず、委員長の仕事も無い。

 だから、帰ろうかと足を下駄箱に向けた。


「――(怒り)」


 下駄箱の陰からソラ君が出てきた。

 彼女のゲジ眉も吊り上がっていると同時にグリーンの瞳には涙が浮かんでいた。

 心当たりはある。

 対等に見るという約束が果たされたということと、


 ――キス。


 単語が浮かぶと湿った彼女の唇に吸い寄せられそうになる。

 心の整理がついていない。

 だから、今日一日、逃げ続けていたわけだ。


 ――脱兎。


 回れ一八〇度、そして今も逃げる。

 廊下を走らないように小走りだ。

 後ろからも気配がする。

 振り向けば、ソラ君。

 描写的に見ればホラー映画か何かかね? と思うが、あながち間違いではない気がする。

 逃げる逃げる。

 気づけば走りになっていた。

 そして、僕は女子の絶対入れない表示を見つけると飛び込んだ。


「トイレなら安全だろう」


 僕以外に人はいないが、問題にはならない。


「しばらく暇を潰して帰るとするか……ん?」


 何かが置かれる音が入口の方からした。

 そして、キーっと、男子トイレの入口の扉が開く音がした。


「今から、掃除をするので、もし誰かいらっしゃいましたら……

 望君以外は出て行ってくださいね?」


 あのお嬢様が何をしでかしたか判った。

 掃除中の看板を置いたようだ。

 誰も出てこないことを確認した彼女が入ってくる気配がする。

 そして、僕の入った個室の目の前で足音が止まった。


「開けますわよ」

「まて、ソラ君。

 そうだ、大きい方をしていて、チャック全開だから少し待ちたまえ……!」


 天井、窓を見るが、逃げ場はない。


「なら、そのままでお聞きください」


 ソラ君の声色が真剣なモノになる。


「どうして、ソラを避けるんですか⁈

 昨日、認めてもらい、キスを頂き、今日会った時、何を話そうかとドキドキしておりましたのに……!

 夜も寝れず、思うだけで濡れてしまい……」


 ちょっと待て、だいぶヤバい発言をしてるぞ、ソラ君。

 僕以外に人が居ないなら、まだいい――いいや、良くないぞ?


「美怜さんの件のご説明とお礼は朝頂きましたが……、

 なのに、昼は学食に逃げ、休み時間も何処かに消えてしまう。

 戸惑っていらっしゃるのは知っております。

 でも、そんな風に逃げられたら……」

 

 ソラ君のトーンが沈む。


「……追いたくなりますわよね?

 ちょうど、二人きり、ちょうどいいですし。

 食べてしまいましょうか」


 肉食獣の咆哮に似た威圧感があった。

 第六感は信じていないが、このままだと不味いと僕は感じ取った。


「降参だ、降参。

 開けるし、逃げないから、襲わないでくれ」


 堪忍して扉を開ける。

 そこには恍惚とした紅を褐色の頬に浮かべたソラ君がいた。

 眼は濡れており、呼吸も浅い。


「ぎゅー!」

「――っ!」


 男を誘う色気を醸し出した彼女は、僕を見ると嬉しそうに抱き着いてきた。

 胸が無いのは美怜と比べてだ、若干の柔らかい感触を僕に与えてくる。

 良い匂いがする。

 香水だろうか、はたまたソラ君の香りだろうか、男の理性を溶かす攻撃力がある。

 サラサラとした金髪が僕の顔をくすぐる。


「はぁ……満足しましたわ、これで許してあげますわ」


 彼女は残り香を残し、離れ、嬉しそうに僕を見つめる。


「許すも何も無いと思うんだがね?」

「望君?

 せめて普段通りにお願いいたしますわ。

 でないとソラは無視されたことを思い出してしまいますから」


 ゲジ眉を跳ね上げ笑う彼女。

 彼女は全くその事を気にしていないように僕への嫌味として事実を使っているのが判る。

 そう理解していても僕はバツが悪そうに口元がバッテンになるのが自覚できる。

 

「それに避ける方がよっぽど不誠実ですわ。

 好きの反対は無関心とも申しますし」

 

 追撃をされる。

 事実だし、真理なので言い返せない。

 キスを思い出して気まずいとも言えない。


「申し訳ない、確かにその通りだ」

「はい、その通りですわ」


 ならば、下手に言い訳せず、素直に謝罪をした方が良い。

 男女性差的に論理性より感情的なケアを求めるのが女性とも言うから猶更なおさらだ。

 ニコーっと彼女はゲジ眉を跳ね上げ、嬉しそうにする。


「そしたら、今日は一緒に帰りましょう。

 それで許してあげますわ」

「仰せのままに」

 

 と言う訳で、二人での帰り道。

 路面電車へと入っていく。

 人はまばら。

 ちょうど、部活動が終わる時間前なのも大きいだろう。

 僕とソラ君は二人席で隣り合って座る。


「ソラ君も兄弟がいるのか」

「妹で次当主ですから、何とも距離感が掴みづらいわけですわ。

 あちらもソラの事は妾の子と、壁を作ってますし」


 話題は家族だった。


「お父様は今の母に頭が上がりませんしね。

 好きにやらせていただいておりますが……。

 良く言えば、放任。

 悪く言えば、放置」

「ソラ君も歪んだわけだわなぁ……」


 という僕自身も複雑すぎる家庭事情ではあるので激しく同意する。

 僕自身も色々、歪んでいるわけでよく理解できる。


「そういえば、帰りはどう帰るんだい?

 住所を知ってはいるんだがね?

 なにせ土地勘が薄い」

「個人情報だかうるさい近年に住所をどこからとはお聞きしませんが……

 このまま、平野屋通りで降りる形ですわ。

 そこからは徒歩で十分ほど」

「僕が下りる真那井商店街入口より三つ奥か」

 

 そこまで行こうか悩む。

 先ほどの罪滅ぼしもある。

 しかし、

 

「あ、別についてきて頂かなくて結構ですわよ」


 僕の思考を先読みして、それを拒絶してくる。


「美怜さん、家で待っていらっしゃるでしょうし」

「……その気遣いは助かるね。

 僕のせいもあって、全身火傷だからね、今……。

 ソラ君のおかげで取り戻せたのは幸いだったが。

 改めてお礼を言わせてもらいたい。

 ありがとう」

「お役に立てて何よりですわ。

 しかし、望君のお父様の件、どうするかお決めには?」


 先ほど、説明した件で問われる。

 つまり、美怜への記憶がすっぽり抜けている記憶喪失まがいになっている件だ。


「正直、回答が出ない。

 医者に聞いた所でも精神的な部分が大きすぎて処方が難しいときた」

「それですと医者を紹介しても意味がなさそうですわね」


 お父さんのことだから既に一番良い医師がついているだろうとは思うが、その言葉だけでも救われる気がする。


「気遣いだけで大丈夫さ。

 何とかするさ、割と僕に不可能は無い」

「ふふっ、望君がそう言うのならそうなんでしょうね」

「案外、美怜が妙案を浮かべるかもしれないしね」


 西舞鶴駅前を過ぎ、僕の降車場所が告げられるのでボタンを押す。


「さて、ゴールデンウィークの後半戦が終わるまでのお別れかな?

 暇があれば付き合うぐらいはするが」

「ありがとうございます。

 ただ、長期休暇中は京都市内で習い事を入れてしまっておりますので……。

 お言葉だけ頂きます」

「そっか」


 少し残念に思う僕が居るのは確かだ。

 何故だろうとは思いつつ、答えが出ない問いなのであえて無視する。


「メールとかでしたら、ご返答遅れますが大丈夫ですので」

「僕もそんな感じかな。

 ラインのアカウントがあるなら、交換しとこうか?」

「お願いします」


 差し出される褐色の手の上にはなんだか良く見たことのある白色のスマホ。

 彼女のスマホの上に同じ機種カラーのスマホを重ねる。


「……何というか、凄い偶然だね?」

「嬉しいですわね、これは」


 ソラ君の頬がニコーッと緩み、ゲジ眉が跳ね上がる。

 完了音が鳴る。

 

「ふふふ、ありがとうございます」

「こちらこそだ。

 じゃぁ、また休み明けで」

「ごきげんよう、望君」


 僕は降り、その電車をしばらく見送ると家族……美怜の待つ家へと足を向けた。

 途中、商店街のガラスに映った自分の顔にしまりが無くなっていることに気づいた。

 同時に美怜の顔が浮かんで、何故かバツが悪くなった。

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