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1-37.ふぁーすときす

○美怜○


 望がオカシイ。


 突然、高笑いを始めたり、何かをぶつぶつと考え始める。

 ここまでは家の中やクラスルーム内なら普通かな、うん。

 異常事態なのは帰宅中もそうだったからだ。

 例えば、路面電車の中でいきなり懸垂を始める。

 公共の場ではある程度、弁える望が珍しいことだと思う。

 彼は少なくとも彼が外と決めた世界ではスイッチが入ったようにTPOを弁える。

 それを一番後ろの席――何処かで見たことのあるサングラスを掛けたご年配の方が楽しそうに見ていた際はどうしたものかと、本気で考えた。

 恥ずかしいという気持ちが懐かしい感じで沸いてきた。


「いつもオカシイのは確かなんだけど、違うよね……」


 昨日、鳳凰寺さんから呼び出されてから何かがオカシイ。

 意味のあることをオカシイで演出している道化が望の日常なら、今はオカシイだけの三流役者だ。オカシイ。

 あんなに楽しみにしていたイサザも反応が薄い。

 私が話しかけても反応がにぶいのもおかしかった。

 手を握っていてもどこか、心がこもっていない。

 何か悔しい。


「――多分、上手く行ったんだろうけど、仲直り――それ以上も――えぃ」


 私が覚醒するといつもなら既に無い望の手がまだ繋がれていた。

 スヤスヤと苦悶の表情を浮かべながら寝ている。

 だから、望の頬を抓る。

 張りのよいプニっとした感触がして癖になりそうだ。


「そろそろ一ヶ月経つよね……」


 四月も終わりはあと数日だ。ゴールデンウィークの前に体育祭がある。

 ありがたいことだ。

 望は悪いことはするが悪い人では無い印象が私にとって確信に変わってきている。

 悪いことをしなくちゃいけなかったのかもしれない。


「だから、周りに強制されたと」


 なるほど。

 本人はそう自覚して無くても、言葉には出ているものなのだな、っと思う。

 望をニヤニヤしながら見る。

 私を守ってくれる人、自由にさせてくれる人。


 ――さて、この状況、どうしようかな?


 いたずら心が芽生える。

 いつも私で楽しんでいる望を自由に出来るチャンスだ。

 唯莉ゆいりさんがハチャッケタ行動で関係を演出しようとしていたことをふと思い出す。

 セクハラ行為なんてどうだろうか?


「流石に裸のひん剥くのは駄目だよね?」


 私は望の裸を見ても大丈夫だけど、オカシイ状態にオカシイ状況で追い討ちを掛けるとそのまま外に飛び出しそうな懸念がある。

 頭がいい人ほど、壊れたときに何をしでかすか判らないと世の中の常である。

 私は望が犯罪者になったらやっぱりやると思いましたと素直に述べる気がしないでもない。

 恐らく罪状は詐欺か、国家動乱罪あたりだろう。

 テロリストを扇動しててもおかしくないと思う。


「いつもしてもらってないことしてみようかな?」


 ハグは寂しいときにやってもらってる。

 頭ナデナデもだ。

 それはそれで嬉しいことだが、さておきどうしたものか。

 考えると割と家族の親密さを表すイベントはしてもらっている気がする。

 最初はベッドで一緒に寝るのにも抵抗感を示していたのにね?


「家族的な親愛の行為――日本は少ないよね?」


 だったら海外だ。欧米だ。


「――キス?」


 望の唇を見る。吐息が時計で測ったように刻まれている。

 今までしたことが無い。ファーストキスだ。

 何だか照れてしまう。

 当然、彼氏なんか作ったことが無い、目立ちたくなかったからだ。


「興味はあるんだよ……?」


 私だって年頃の女の子である。

 ゲームが友達だった私は、エロゲーは流石に無いが、恋愛シミュレーションぐらいはたしなんでいる。

 唯莉ゆいりさんの部屋にエロゲーは資料だと保管されていた気もするが――それはさておき、


「そもそもにその照れはどこから来ているのかな?」


 望を真似た口癖で自問自答。

 ふと、キスを神聖化しすぎている日本の文化がおかしいのではないかと思いいたる。

 日本の常識、世界の非常識。

 犯罪ではないし、悪でもない。

 周りから外れることへの怖さは否定するモノだと望は教えてくれた。

 望自身もそう望んでいる。

 だったら、


「んー、問題ないんじゃないかな?」


 そう結論付ける。

 だったら行動あるのみだ。望の顔を横から両手で抑える。


「頂きます」


 思い切って押し付ける。

 柔らかい感触が私の唇に広がる。

 暖かく、気持ちよく、心が軽くなっていくのが判る。


 ――さて、押し付けたはいいんだけど、どうすれば良かったんだっけ?

 ――舐めるんだっけ? 


 くっつけたままぺろっと、上唇を舐める。

 ほんのりと甘ずっぱかった。

 ただ、思ったよりレモンではない。


「えへへー」

 

 満足したので離れる。

 心が温かくなり、自ずと笑みが浮かんでしまう。

 でももっとしたくなる。

 だから、もう一度と望の頭を抑えようと手を伸ばす。


「……ん?」


 丁度その時、望の目がゆっくりと開き始める。

 眼が合った。


「えへへー、おはようだよ、望」

「おはよ――っ!」


 何かに怯えるように慌てて掛け布団を頭まで被る望。


「うぅぅぅ、どんな夢だ。僕は何か悪いことをしたのか? どう反応していいか判らない! 女の子が怖い! いてっ」


 そして望は掛け布団を巻き寿司状態で包まり、転がり、ベッドから落ちた。

 更に机まで転がった所に上から相変わらずのペケ口で不機嫌そうな人形のぺー太君が落ちてきた。


「頭大丈夫?」

「それナチュラルにかわいそうな人扱いされてないかね?」

「いつものことだから気にしないほうがいいんだよ」

「答えになってないのだが?」


 望が不満そうに言うが、気にしないでおくことにする。


「どうしたの?」


 望が言い淀みながら続ける。


「……女の子に襲われる夢を見たのさ」

「それは男の子にとって夢のような出来事じゃない? 夢だけに」

「旨いこと言ったつもりかね――さておき、予想外のことがおきすぎてオーバーフローしてしまったのさ。うむ、頭冷やすのはありかもしれんね? ちょっと走ってくるさ」


 言うや否や望は窓から巻き寿司のまま飛び降りた。

 ここは二階だ。


「やっぱりオカシイよね」


 望がバタバタと戻ってきて、着替え、出ていく。

 外を見れば、いつの間にか布団が干されている。

 何というか、うん、面白い。


「えへへー」


 私はそんな望を見ながらキスの感覚を思い出し、微笑みが零れていた。

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