4-44.美怜ととある豊受姫の神社。
〇望〇
「で、待ち合わせていた訳ですが、ここは何処ですか?」
「九条家の墓がある場所だ」
っと、待ち合わせてレンタカーで伊根から三十分。
「美怜ちゃん、ついたでー」
「うう、おはよう、お母さん……」
美怜は昨日の夜更かしと筋肉痛が効いているらしく寝ていた。
後部座席でのやり取りに微笑ましさを覚えながら、車の外へ。
「……!」
夏なのにヒンヤリとした空気が漂っているのは谷だからだろうか。
いや、そうではないと、第六感が告げている。
あまりオカルトに関しては否定派だが、第六感に関しては僕は信じる方だ。
心理学的に人間が知覚外で捉えているもの、あるいは意識していない情報が、第六感として現れるからだ。
「……なつかしい?」
美怜がポソリと言ったのが聞こえた。
眼の色は青、落ち着いているように見える。
「望、ここ夢で見た気がするんだよ」
「美怜、夢は夢だ。
美怜は美怜だ」
先ず、そう言い聞かせておく。
それ以上、それ以下ではないし、僕の美怜以外ではないのだ。
自我を何か外的要因で揺らされるのは洗脳に近い懸念があり、そうだと決め付けて自分を変えてしまう可能性がある。
よくある神のお告げだとかは必要ないので、意識と自我をはっきりさせておくことで予防させておく。
「そうだね。
うん、そうだね。
私は平沼・美怜で、望の家族だよ」
美怜が強く頷く。
「で、ここは……」
白い石づくりの鳥居。
奥を観れば、白砂で山のオブジェが作られていたり、奇麗に掃除されている。
神域だと、伝わってくる。
そして看板があり、そこには、
「比沼麻奈為神社……」
聞いたことあるし、知識としては知っている神社だ。
デートする前に丹後地方を調べている時に出てきた知識で、実物を観るのは初めてである。
「あ、看板QRコードある。
ミリィ、読んでみて?」
『了解……。
比沼麻奈為神社の説明ですね。
今朝、マスターに見せた内容とほぼ一緒です。
そこで私がそこから調べていた情報も提示します』
コホンと、ミリィがしなくても良い動作を見せ、
『簡略化すると。元伊勢、つまり、伊勢神宮外宮が元々あった場所とされています。
祭伸は豊受姫、別名でとして豊宇気毘売神など、天照系列とはまた別の神様です。
私が調べるに古事記に記載があり、日本書紀には記載がない背景は、天照信仰に関与するものと推測されます。
そもそも一説であろうと天照大神以上の扱いをする神様とか、具合が悪いですしね。
属性は農耕における豊穣の神で、近隣、月の輪田という場所は、稲作を初めて行ったとも言われています。
そのためか天照大神に請われて食事を託されたり、稲荷信仰に紐づくこともあります』
優秀なAIである。
但し、必要以上を能動的に行うのはどうなのかとも思う。
「天女伝説と紐づいたりするんだよね」
『Exactly。
そもそもその当事者と推察されていますね。
それでこの神社には豊受姫が降り立ったとされる石も奥にありますが、現在立ち入り禁止のようです』
とはいえ、僕が調べたことと合致してるのでとりあえず問題はないだろう。
「望、あのAI何処で手に入れた?」
「先輩の自作品を預けられてます。
マスターデータの場所は内緒でと言われています」
「……進んでるんだな、今の高校……」
お父さんですら驚いて聞いてくるので、とりあえず、誤魔化しておく。
「とりあえず、参ろうか。
宮司さん……と言っても、今代は女性だが……が今日、居ないのは残念だ。
舞の姿も奇麗なんだがね?」
「つ・む・ぎ?」
唯莉さんがお父さんの手を引っ張り、奥へと進む。
「美怜、僕らも行こうか」
「うん」
そう言い、その彼女の手を引き、お父さんの後ろを追随する。
手水舎で手を清め、奥の階段を上がる。
するとやはり神明造りの社がある。
舞や詔を奉納する場が前にあり、そこから繋がる建物――奥に神様が鎮座する場所がある。
木造の質素な造りとなり、侘しい感じがあるが、
「……何か、変というか、不思議な感じなんだよ」
美怜がそうポツリと漏らすが、同意だ。
静寂。
将にそれだ、無音、そして空気に淀みが無く感じる。
観光客がおらず、また山の合間に位置しているからだろうか。
「夢の話抜きで……あ、奥はやっぱり行けないんだ……
観てみたかったんだけど……」
まだ引きずっている様だ。
重症である。
不意に思考を覚ますような、手を叩く音がふたつ響く。
眼を向ければお父さんが何やら、熱心にお祈りしている。
対して唯莉さんは、すぐ終わっていた。
「待たせた」
五分ほど使ったお父さんに珍しさを感じる。
横浜の時は手を打ち、願い事をしなかったからだ。
さておき、僕らの番になり、昨日と同じ願い事をする。
つまり、美怜の無事と一緒に居られることを願ったのだ。
終わり、美怜を観ると、
「……」
真剣な顔をしてまだ願い事をしていた。
昨日は僕の方が長かった筈だが、色々あって増えたのかもしれない。
「待たせたんだよ」
僕の視線に気づき、笑みを浮かべてくる美怜。
「こっちにも参とっきやー」
っと、僕らを観て唯莉さんが手招きしてくる。
見れば、古い五角形の石柱が社の横に立っており、お金が置かれている。
僕らもそれに習い、お金を置き、お参りする。
終わると、唯莉さんがこれの由来を次の通り説明してくれた。
「文字が一面ごとに書かれていて、読めへんと思うけど、天照大神、少彦名、埴安姫命、倉稲魂命、大己貴命なんや。
簡単に言えば、豊作祈願や収穫への感謝を行うためのシンボルや」
「……質問、ここの祭神の豊受姫が書かれていないのは?」
「そもそもこれ『地神塔』言うんは、あげた五人に絞られて江戸時代に流行ったモノやしなー。
一つ考えられるんは、流行に乗った。
もう一つは倉稲魂命は文字を書くとな」
僕の質問に地面に足で唯莉さんが文字で示してくれる。
稲と倉の文字から想像が付くのは、
「豊穣の神だよね……?」
美怜の言葉に満足そうにうなずく、唯莉さん。
「せや。
お稲荷さんの主祭神なんやけど、三重のお伊勢さんでも祀られとる。
同じ属性を持つ豊受姫と同一人物とされることもあるから問題ないとも考えたのかも知らへん。
延喜式言う、文献にもそう乗っとる」
「古事記にもそう乗ってるって言うような、パロディみたいなんだよ」
「あんな忍者パロディと一緒にしたらあかんで?
ガチで乗っ取るし、ここ比沼麻奈為神社の記載もあるで?」
途中から美怜二人の会話がイマイチ理解出来ないが、なにかの漫画の話題だろう。
ふと唯莉さんが真面目な顔になる。
「これは籠神社の件から考えてたんやけど」
っと、前置きをし、唯莉さんが続ける。
「神さんなんてのは何面も持っとる。
まるで他人のようなモノもあるし、人に成ってたのもおる。
もしかしたら、美怜ちゃんや望がそうかもしれへん」
っと、赤い眼差しで僕と美怜を交互に見る。
「ただ、そう成っていたモノの人格は否定されへん。
せやから、紬が美怜ちゃんに言った通り、美怜ちゃんは美怜ちゃんなんやし、望は望なんや。
神を話題にしてくるアホや夢は気にせんでええ。
現世には関係あらへん」
「……お母さん……」
「美怜ちゃんは昔から甘えっこやなー」
感極まった美怜が唯莉さんに抱き着いた。
何だかんだ世話焼きな唯莉さんなのは昔からだ。
ちゃんと、考えてくれるのを示してくれるのは僕としても嬉しくなった。




