4-41.親二人の丑三つ時。
〇唯莉〇
私と姉以外で成長が止まっている人物はそうそう見たことが無い。
この前に居る人物を除けば。
丑三つ時を過ぎた夜の神社。
薄暗い闇の中、薄気味悪い空気が周りを漂っている。
「……願い事は叶いませんでした。
悠莉は死にましたので」
「子は為さなかったのか?
娘、そう娘がワレの希望に沿うモノだと予知していたのだが」
っと、紬が報告のために参れば、その後ろ姿に昔見た少女の姿が居た。
構える。
「そういきり立つな、鬼の妹よ。
九条の息子に、警戒させたからだろうと諫められたのでな。
……それでもやるというのなら、買うがの?」
自然体なのに威圧感が増す。
ゆり姉が引き分けた相手だ。
ゴゴリと、唾を飲み、喉が鳴ってしまう。
「神の使いか何か如きが鬼に勝てると思うなや。
しかし、やりあおうとは思っとらん」
「唯莉、程々にしておけ。
大事な体だ」
紬の言葉で嬉しくなり、構えを解く。
「さて、子を観たと思うが、特に変わりは無かっただろう?」
「そうじゃの。
あの望というのは変な感じこそあれ、違った。
そちの気配も感じかったがの。
あれは連れ子じゃな?」
悔しそうに言う。
「美怜をみただろう?
あれも俺の子だ」
「……ん?」
相手の目が見開く。
「気づかなかったのか。
あれ呼ばわりする程度だから当然か。
自称神の使いと言っていた割には大したことのない」
「……っ!」
明確な紬の挑発。
感情を一方向にさせ、誘導させるためだ。
「何を探しているか、興味は無い、
しかしな?
ここに来ることはもう無い。
俺と悠莉のことは見せたし、添い遂げることも出来なかった訳だからな」
「……ちっ。
そうか、あの娘か。
あの娘こそだったのか」
殺気だつ相手に、私は紬の前に出る。
「そうか、ようやくようやく出会えたというのに、我は機会を逃したというのか。
仕方なし、また機会を伺うとするかのう」
と、後ろを向いて立ち去ろうとする彼女と、白い姿の少女が対面した。
「……あ、夕時ぶりです」
美怜ちゃんだった。
「……唯莉!」
紬に言われる前に動いていた。
相手の方が唖然に囚われる時間は長かったのが、功を奏した。
美怜ちゃんにとびかからんとする、そいつをカウンター気味に殴りつけることが出来た。
吹っ飛ぶ相手が木に叩きつけられ、何本かの木々をなぎ倒していく。
神域?
シラン。
構えを取る。
「……くっ、良いのをもらったのう!」
死んでいないのは判っていた。
変な感触があり、力が減衰していた感じだ。
相手がとびかかってくる。
――掴みか。
最近、鳳凰寺の娘に不甲斐なく投げ飛ばされたことを思い出しながら、それを拒否する。
狙うべきは、その手。
「っあ!」
気合一閃の拳砕きだ。
狙うは右手首の根本。ここを叩き割ってしまえば、指が使えなくなり、拳も使えなくなる。
クリティカルした。
筈だった。
確かに相手の顔は痛みで歪んだ。
自身の感触的にも、間違いなく砕けたはずだ。
「ものすごくいたかったのじゃ!」
っと大声で痛みをかき消すように、砕いた右手首で私の右手首を掴んできた。
そして捻り上げられていく自分の手を観ながら、
――まずい!
自身の弱点としては、投げなのはよく理解している。
力任せなら、膂力で返す。
しかし、相手の力も存外に強く、こちらも体勢を崩されている。
「――っ!」
私は相手が私を投げようとした力の向き、外側に投げようとする方向に、あえて体中の体重をかける。
それは当然、相手は抵抗すると思っていた力の向きとは逆だ。
すっぽ抜ける。
そして、そのまま体が地面に放り出され、その勢いのまま前転一回転して、着地。
「くらっとけや!」
反動を利用し、腹へ奥義を当てる。
ポンと、軽い一撃。
けれども、これは致命傷になる一撃の内功だ。
内臓を水袋に見立て、ズタズタにする。
「ぐぇ……」
私と同じくらいの少女に当てるのは初めてのことだ。
くの字にまがり、嗚咽を漏らす、相手に少しばかり可哀そうだと思い浮かべるが、躊躇はしない。
顎を右足で蹴り飛ばし、その上で無防備になった腹にもう一回、逆の手で内功をぶち当てる。
「――きっくぅ――!」
相手はそれでも倒れていない。
ふらついてはいるが、オカシイ。
魑魅魍魎の類で在ろうと、これぐらい打撃を重ねれば倒れる。
奥義も人間外でも、内から破裂するレベルで打ち込んでいる。
タフすぎる。
ミナモちゃん辺りに言わせれば、唯莉さんも大概タフなのだが、流石にオカシイ。
「不老で死なない訳じゃない筈なんやけどなぁ、人魚かまたその肉を食べたか知らんけど……」
「くくく。
痛いのぅ、下手したら死んでおるぞ?」
思っているうちに、相手が構え直している。
ダメージがまるでなかったかのようだ。
「再生能力持ちは初めてではないんやけど……」
これだろう。
この世に不死は無いが、再生能力が高いのは居る。
唯莉さん自身もそうだ。
ちょっと厄介だ。
唯莉さん的にはそもそも化け物の類は専門外だ。
力押ししか出来ない。
「うーん。
紬、これ、殺さんと止まらんわ。
ゆり姉も難儀したわけや」
美怜ちゃんを背中に隠す動きの紬にそう提案する。
紬は悩み、
「……流石に戸籍ある人物で、ここの関係者を殺すのはメンドイからやめておけ」
逃げる方が良いかと思い、紬に目配せをする。
同意と返ってくるが、隙がない。
私だけなら良いが、二人を担ぐとなるとダメだろう。
「……私、話があって来たんだけど。
そこのえっと……」
美怜ちゃんが前に出る。
「織子とでも呼んでいいんじゃぞ?」
「織子さんは、私を知っている?
夢で見たような気がして」
「……!
やはり予知の通りか……!」
織子が一歩近づいてくる。
それを私は阻止するように、立ちふさがる。
「私の娘に手出しはさせへん……」
心の中で殺すスイッチを入れる。
手加減したら、こっちがやられる。
「唯莉さん、この人は大丈夫だと思います」
美怜ちゃんを観る。
私と同じ赤い眼だ。
「……私に用があるんですよね」
織子がその言葉に、何かを言葉にしようとし、唇を噛んだ。
俯き、そして意を決したように、
「すまなかった」
それだけ、ポツリと美怜ちゃんに声を掛けた。
そして踵を返し、暗がりの中に消えていった。
「ふぅ……なんやったんや、あれ……」
気配が無くなってようやく気が抜ける。
「唯莉さん、ちょっと夢を見たんだよ……。
あの少女、織子さんが出てきたから、それを確認しに」
「ふむ?」
美怜ちゃんから、夢の内容を聞かされても、
「……なんやそれは……」
としか、感想が浮かばなかった。
後浮かんだ、輪廻転生とかいう単語。
よくあるネタではある。
まさかと思うし、それに、
「美怜は美怜だ。
気にする必要は無い」
と、言う紬に全くもって同意である。
その言葉で、美怜ちゃんは笑顔になり、
「お父さん、お母さん……えへへ……」
と、嬉しそうに微笑んでくれる。
そして私の手と、紬の手を持つ、美怜ちゃん。
私と紬は、眼を見合わせ、二人で微笑みあうのだった。




