4-38.プール。
〇望〇
「というわけで、以上がお父さんへの言付けです」
私が前菜を食べ終えると同時にことの顛末が、両親に伝わった。
唯莉さんが珍しく、とてつもなく嫌な顔をしている。
美怜の携帯は一応、置いてきてもらっている。
「あのロリババァまだくたばって無かったんか……」
「あまり人の事は言えないと思うんだよ……」
「ババァちゃうもん、ピチピチやもん」
可愛らしくぶりっ子してくる唯莉さんは無視だ。
こんな素振りは僕の母親は、
「何ですか、あれ」
「願掛けをな、しにいったんだ。
唯莉、悠莉、小牧……後、六道とその後ろに三塚がストーカーで参加してたな。
その時に会った、神社の関係者だ」
親世代オールスターだ。
「元々、ウチ、九条家は天照ではなく豊受姫を祀っててな。
その絡みと好奇心で行って……鬼であると言われた悠莉が警戒、戦闘に。
そして互角にやりあった相手だ」
「今なら唯莉さんでも負けへん」
「期待しておく。
んで、願掛けというのは、それが成ったら報告までするものなんだ。
その時願ったのは」
「ゆり姉と添い遂げることやろ?」
「……何で知ってるんだ、唯莉。
ともあれ、それを成してないから来いと言われたんだろうな。
すっかり忘れていた」
成程と思う。
「まぁ、それはやっておく。
美怜も会ったんだな?」
「うん。
私の事を鬼だって、後なんか混ざってるって言ってた」
「判った。
なら良いだろう、義理は果たしている」
お父さんは力強く頷いて、考えを巡らせ始める。
僕によく似た仕草で、額に手を当てている。
「唯莉、この後、深夜に終わらせよう」
「了解や。
夕方、勢いでやってしまったけど、良かったかもしれへん。
これやと夜は少ししかでけへんやろし」
「……子供の前でやめろ」
あぁ、成程と思う。
唯莉さんが食堂に入るまでに股の挙動がおかしかったのはそう言う事なのだろう。
「赤飯でも今度、炊かせて頂こう」
僕の言葉に顔を真っ赤にする唯莉さん。
そもそもに真っ赤になるなら気づかれることを言わなければいいのにね?
「さて、望。
明日はどうするつもりだ?」
「伊根まで行って帰ろうかと」
「ふむ。
なら、その後、ちょっと付き合え。
美怜もだ」
「?」
突然、呼ばれた美怜が不思議そうな顔でお父さんを観る。
「唯莉さんらも伊根までは一緒やったんや。
そこから先に、ちょい行く場所があってな。
ついでというわけや」
「望どうする?」
美怜に決定権を委ねられるが、断る理由もない。
「判りました。
時間を決めて落ち合いましょう」
デートの延長戦が決まった。
〇美怜〇
その後のディナーの会話は、終始、和気あいあいとしたものであった。
学校の話。趣味の話。
流石にミリィを取りに戻り、見せた時はお父さんも驚いていたのが印象的だった。
さておき、ディナーも終わり、メインイベントが始まろうとしている。
そうプールだ。
「別の部屋で着替えたまえ」
「別に裸ぐらい、今更だと思うんだよ?」
「家族間でも慎みぐらい、持ちたまえ、いつも言っているが……!」
しぶしぶ、私は和室に移動し、服を脱いでいる状況だ。
「大胆だよね……これ」
ソラさんが選んでくれた水着を改めて観ながら、そう零す。
その時は勢いもあって大丈夫だと思っていたわけで、女子同士の買い物は怖いモノだと感じた。
とはいえ、ソラさんの見立てに間違いないことはよく知っている。
装着。
「……変じゃないよね?」
鏡が無いので判らないが、紐に手を通しながら大丈夫なことを確認する。
「……よしっ!」
気合をいれて、プールに出る。
それなりに広いプールが、月明かりとライトに照らされていた。
プールサイドの椅子に寝そべっている望が既に近づいていく。
〇望〇
「望、お待たせ」
言われたので思考を止める。
昼のことを考えていたのだ。
「……どう?」
目線を向けた先は、天女が居た。
絹のように白い髪、白磁の様に白い肌、それを支える白の布。
ビキニだ。
縁に赤い線が彩られており、美怜の傲慢とも言える胸元を強調している布は面積が少ない。
谷間。
いつもお風呂で見ているモノであるが、こうゆっくり見る機会は無い。
腕一本、普通に包み込めるそれは、呼吸と共に上下している。
ソラ君にはホンノリしか無いし、リク君よりもボリュームがある。
「何か言って欲しいんだよ」
言われ、自分が喉が渇いていることに気付く。
ゴクリと、生唾を飲むのを我慢し、平静を保つ。
美怜は最初に会った時から魅力的だ。
それに慣れて、鈍化させ、自分を誤魔化していたことを自認させられる。
「やっぱり似合わないんだよね……?」
美怜が体ごと、後ろを向くと腰に巻かれた赤のパレオが舞い踊り、白い水着の切れ込みをチラリと見せる。
胸ばかり、水戸の影響でとりざされる美怜だが、触り心地の良さそうな尻は見た目も男心をくすぐる。
こんなにも僕の美怜は素晴らしく、言葉に出来ない。
だが、言わなければ美怜を不安にするだけなのは知っている。
「とても似合っている」
普段の僕から見れば、端的過ぎる言葉。
美怜を評するときは、具体的にする。
けれども、全てが、魅力的過ぎるのが悪くて、言葉が出てこない。
「あ、ありがと」
美怜が背を向けたまま、そう応えてくれる。
恥ずかしいのか、嬉しいのか、手を頬に当てている。
だが意を決して、僕の方をルビーのような赤い瞳で見てくれる。
頬が桜の様に染まっているのが判り、艶めかしい。
「ど、どんな風に、似合ってる?」
困る質問だ。
「美怜が女性に見えた」
「……私は女性なんだよ……」
「いや、そういう意味ではなく、女を感じさせてくるという意味でだな。
男と言いたかった訳ではないのだが?」
「ふーん……。
興奮する?
……っ!
忘れて欲しいんだよ、今の台詞!
ソラさんに試してって……!」
言った美怜が自分の言葉に驚くのはどうかと思う
なら攻めてやろうと、意地悪心がフツフツと湧き上がる。
「あぁ、興奮するとも。
というかだね、美怜、君は魅力的なんだよ。
いつもいつも、自分を卑下にするが、君は自覚すべきだね?」
「……ふあ、何言ってんだよ!」
「事実だね」
そう僕は立ち上がりながら、拳を握り、力説する。
そして、優しく美怜を抱きしめながら、
「こうしたくなるほどにはね?」
「ふぁ……あ」
美怜が言葉にならない呼吸音を漏らす。
柔らかい膨らみを僕に押し付けると心地よい気持ちになるのは役得だと思っておく。
いつも押し付けられているのだ。
減るモノではないはずだ。
「望……」
美怜もそれを受け、僕に強く抱き着いてくる。
トロンとした眼を僕に向け、名前を呼ぶ声は甘い囁きに聞こえる。
僕の中で理性が溶けそうになる気配を感じ始める。
ヤバい。
押し倒していいんじゃないかと一瞬考えてしまった。
美怜が僕の顔を真っすぐ見てきて、背伸びをしようと僕の胸元に体重をかけてくる。
欲しいと言っている様だ、いつものように口づけを。
いや、いつも以上のキスを。
唇の赤い色が艶めかしく、月に照らされて光り、存在を強く主張する。
「ほら、美怜。
正気に戻れ」
っと僕自身に言い聞かせるように、彼女の頭をチョップ。
すると、涙目になった美怜が唸り、
「いたっ……ぅう、暴力反対なんだよ!」
っと、赤目で憤ってくれる。
いつもの美怜だ。
「今、何しようと言ってみたまえ」
「ぇっと……キスして欲しかったんだよ」
「それだけじゃないだろう?」
僕がそれだけじゃなかった。
美怜を家族として観れず、手折ろうとしてしまった。
先ず脳裏に浮かんだソラ君だった。
「襲ってみたらいかがですか?
次はソラも襲えますよ?」
即座に却下し、次はリク君が浮かんだ。
「お姉ちゃんなら……。
リクもそのしたいですの……」
とウットリと言われ、それも却下だ。
そしてトラウマの原因である姉と呼んでいた女性だった。
昔みたいな強烈なフラッシュバックではなく、マイルドに冷たい眼でこっちを観てきたので冷静になれた。
ありがとう、マイトラウマ。
「……判らないんだよ。
望が欲しくなって、伝えて欲しくて、そしたらキスしたくなって……」
美怜の赤い眼が揺らぎ、混乱を伝えてくる。
「ほら、気を取り直してプールで泳ぐとしよう」
水でも被ればお互いに冷静になるだろうと美怜の手を取る。
その手を支点にぐっと美怜を引き寄せようとする自分の欲を抑えつけた。




