4-31.船上のエンカウント。
〇美怜〇
「潮風が気持ちいい……」
たなびく白い帽子を押さえながら、船の側面から海の風を楽しんでいる。
船と言えば二度目だが、あの時は花火見学が主体だった。
今回は移動自体も醍醐味だ。
「日は若干、曇り気味。
僕らとしては最高の日よりだ」
「うん。
今日は日焼け避けを強めにしたけど、だいぶ気が楽だよ」
日差しが強すぎると、行動が制限される特性、アルビノあるあるである。
というか、下手すると現状でも丸焦げ兎になるので、油断はできない。
ふと遠くに眼を向ければ、海を横切る緑と茶色の橋。
そう日本三景、天橋立だ。
「初めて見るけど、面白い形なんだよ」
「そうだね」
望も隣に居て、はしゃぐ私をニコニコとみている。
彼は若干ラフな格好で、ジーパンに長袖の白ワイシャツ。
そして珍しく帽子をしている。
望曰く、ブレイドハットというらしい先がとんがった黒い帽子が大人らしさがカッコいい。
ギブスも昨日、取れた。
「望、オシャレさんだよね」
「清潔にしているだけなのだがね?
美怜こそ、ちゃんと似合ってるじゃないか。
ワインレッドのカットソーに白の帽子にニットスカート……。
色合いが良く似合ってる」
「ソラさんの見立てだからね。
間違いないんだよ」
成程、っと望が納得するが、自分でも出来るようにもなりたいとは思う。
私だって女の子なのだ。
目立たないようにしていた昔なら絶対出てこない発想だな、っと思うと面白くなる。
「望はオシャレに詳しい女の子の方が好き?」
「別に構わないがね。
自分の手の内に居る女性をアクセサリーみたいに見せびらかす趣味は無いし」
「……何だか、良く判らない言葉が出てきたんだよ」
「これは男女ともにもあるんだが、自分が付き合っている人で格を示すということがあるのさ。
つまり、この人は、君のより、凄いんだぞってね。
何ともくだらない話だね?」
「ふーん。
自身の努力の方が重要だと思うんだよ」
「間違いないね。
結局は、張子の虎か、虎の威を借りる狐だか、自身に自信が無く他人でよく見せたい訳だからね。
特にデカデカとしたブランドものロゴを見せつけるようなものさ。
本当にいいモノはさり気なく判る人には判る程度さ」
「私なんかはアクセサリーにもならない気がするんだけどね。
ソラさんやリクちゃんならまだしも」
「自分の容姿に自信が出てきたのに、まだそれを言うのかね?」
そう言うと、望は全力で否定してくれるが、まだまだソラさんに追いつけないことは多い。
「だって……ね?
リクちゃんやソラさんに比べると……」
金髪姉妹の二人が浮かぶ。
最近、リクちゃんには妖艶さが漂い、色っぽくなり始めている。
私は成長していない、童顔、低身長のままで焦りを感じている。
血筋が憎い。
「客観的に観ても、君は二人に負けてないから安心したまえ。
周りの視線もチラチラとみられているのは気づいているのだろう?」
「……アルビノが珍しいだけだよ。
後、望の方にも視線向いてるし」
「まぁ、否定しないがね。
とはいえ、僕の言葉も否定できないことは自覚しているね?」
「……うん」
「そしたらここに居ない二人を引き合いにだして、ワザワザ自信を否定する必要は無いのさ。
私、美少女ですぐらい、堂々としてたらいい」
「前半はそうだね。
……後半は、自意識過剰過ぎない?」
「僕がいうんだから、間違いない」
いつもの自信満々の望だ。
他意識過剰という造語を思いつくが、どうしたものやら。
「さておき、天橋立だ。
わざわざ宮津で降りて、船に乗り換えただけのことはあったね。
こう目的地近付いてくる感じがワクワクするね?」
実は天橋立は、駅があり、直接観光地に乗り付けるのだ。
「子供みたいな望……でも判るんだよ」
「僕もこうはしゃぐという感覚は珍しくてね、楽しいね」
何というか、望が無邪気に笑うのは珍しい感じがある。
霞さんとの勝負では子供っぽい所を見せるが、こう風景とか状況に感情を動かす姿は初めてじゃなかろうか。
見慣れた顔ではあるが、こんな一面もあるんだなぁ、っと知れてうれしくなってしまう。
「あっ」
船が揺れた。
ポフン、っと望の胸元に倒れこんでしまう。
「大丈夫かね?」
私を観て、心配そうに優しい眼差しを向けてくれる望。
いつもといえば、いつもだが、望は何かと私を気遣ってくれる。
この前と同じ状況だ。
なのに私の心がポフンと跳ねた気がして、
「だ、大丈夫だよ」
声がうわづってしまう。
デートと言う事と二人きりだということが私の心も浮つかせているのかもしれない。
「二回目とはいえ、慣れない船の上だ。
無理はしないでくれたまえ」
「うん……」
嬉しくなっている自分、は自覚している。
でも、頬が熱い自分は何なのだろうかと思う。
太陽の日差しのせいかもしれない。
「前の方にも行ってみようか?」
「うん、そうだね」
望に右手を繋がれる。
ヒンヤリとした冷たい手、でも大きくて、心が温まる。
彼は私の手を依存元だと言ったことがあるが、私も彼の手を依存元だと思う。
「望、かっこいいよね……」
身長差があり見上げる形で、望の横顔を観ながら思う。
整った顔立ちで凛々しい。
私は子供っぽいので、正直羨ましく思う。
ソラさんと横に並んでいると高身長の美男美女で絵となる。
私も……っと思うが、脳裏に浮かぶは叔母の姿。
――成長しない
私は事実的にそれを認識し始めている。
リクちゃんの成長に追いつかれそうなのだ。
お腹の肉が増えずに胸についているのは幸いだ。
「……ん?」
船頭に行くと、白い髪の気の姿がある。
白い髪の小学生ぐらいの背丈の女の子が、父親と思わしき人に肩車され、はしゃいでいる。
後ろ姿で判らないが、ポニーテールを海風に遊ばせており、
「アルビノ……?」
望と私自身のアルビノは見たことなく、興味が沸く。
「美怜、逃げるぞ」
「ぇ?」
不意に逃げるように来た道を戻ろうと私の手が望が引っ張り、
「やっほ、何しとるん?」
空中からその女の子が振ってきて、私たちの目の前に立ちふさがった。
その姿は髪の毛色以外はよく見たことがあり、
「唯莉さん?」
「ちちち、お母さんとよびやー」
クフフと笑ういつもの唯莉さんだ。
お父さんを正気に戻したときの白い髪、あれはカツラだったがどうしたのだろうか。
「あー、この髪に驚いとるん?
地毛はこっちや。
妊娠考えたら髪染めるんやめたんや」
「なるほど……って妊娠?」
「そや、種付けや。
つまり結婚式も済ませたし、ハネムーンに来てやることやろうかと。
くふふふふふふふ」
唯莉さんの笑みが邪悪なモノに変わる。
そんな唯莉さんの横にならびに、頭にポンと手を置く男性は、
「唯莉、あんまり子供立ちの前で言うな……」
お父さんだ。
何というか、こういう場で会うのは新鮮だ。
それにランダムエンカウントしてもお父さんが倒れないので、嬉しくなる。
何だかんだ、お父さんと会うときは事前に予定通りという形でしかあったことがない。
「別にえーやん。
自分たちのしたことの結果やしー。
それに美怜ちゃんと望で……「唯莉」」
お父さんに言葉を塞がれると、唯莉さんはコホンと一呼吸いれて仕切り直す。
「冗談や冗談。
さておき、美怜ちゃんと望はなんでこんなとこにおるん?」
「家族デートだよ?」
「……パードン?」
唯莉さんが興味津々と私に詰め寄ってくる。
「家族デートだよ」
「……ほほうほほう。
家族デート、大いに結構やね!
望、唯莉さんは応援するから紬のことなんか無視してOK!」
「何をだね……」
望が唯莉さんの言葉にたじろぐ。
唯莉さんへの苦手感は簡単にはぬぐえないようだった。




