4-30.朝の取り換え。
〇美怜〇
「……きゅう……」
祭りも終わり、夏休みに入っている朝。
日差しはまだ優しい光だが、ジリジリと暑さが増してきている。
朝からマラソンをしているわけだが、参ってしまいそうだ。
「ほら、もう少しですよー。
全力ダッシュで追い込みー!」
っと、大声で私の背中を押してくる鬼教官。
――黒服姿の星川さんだ。よくもまぁ、熱くないモノだと思う。
私が願い出たのだ。
そもそも望のペースにはついていけず、朝は一人で走って……歩いていた。
そこで望と相談し、星川さんに私のフォローをしてもらうことに。
代わりにリクちゃんのフォローを望に頼んだのだ。
「リク君はサラブレッドだし、これぐらいはやってくるだろうとは思ってた。
全速で走ってはいないが、十分満足する速度にリク君もよくついてきた。
ちゃんと鍛えてもいる」
っと、初日の段階で、こう血統書付きなリクちゃんを評価した。
もしもリクちゃんが高飛車キャラなら、ソラさんあたりは雑種呼ばわりしたりとかしてもおかしくはない。
昔ならしそうだが、今のリクちゃんならしないだろう。
リクちゃんはいい子だ。
「美怜はサラブレットで、その上天才だからね?」
っと、望は私をそう追加で評してくれていたが、流石に無いと思う。
確かに、平沼は由緒は知らないがともかく鬼で、九条はリクちゃんと比べて同格だ。
そう言われても仕方ない。
とはいえ、
「ばたんきゅー……」
転がり込むように西舞鶴駅前の広場のベンチに倒れる。
何だかんだ、自分のペースで走るようにと教えてくれた望とは違い、確実に追い込んでくるのが星川さんだ。
ビクンビクンと反応を返すそれは、自分の足で無いようだ
三日目ということである程度、慣れたとしてもこれだ。
「おつかれさまですー」
っと、筋肉を揉み解してくれる星川さん。
柔らかく力強い手つきで何とも気持ちよく、これのおかげか、毎日の筋肉痛がそれほどでない。
望に教わっても居た訳だが、握力が足りなかったのか、自分でやるのと全然違う。
「……こんなことまでして貰って、ありがとうございます」
「星川こそ、ありがとうございます。
リクお嬢様と九条さんへの触れ合いの時間を増やして頂き」
それを言われるとwin-winな訳だが、チクリと胸の奥が痛んだ。
ん、っと思うがスグに無くなるそれ。
最近、多い気がする。
「九条さんもマッサージできるので、安心して任せられましたし」
「……ん?」
……つまり、リクちゃんに望がマッサージしているのか。
私の時は戻ってくるタイミングが別のことが多く、やって貰ったことの方が少ない。
大丈夫なのだろうか、リクちゃんの方が。
最近、色々、オカシイので心配ではある。
「まぁ、望だから大丈夫かな……」
「手を付けても星川は良いと思いますがねー。
据え膳ですよ」
「リクちゃん、まだ中学生ですし。
襲い掛かりそうなのはリクちゃんの方かと」
朝から酷い会話である。
駅前ではあるが、人が少なくて良かったと思う。
「お姉ちゃ~ん♪」
っと、噂の妹が来た。
タイミングがあったようだ。
パタパタと走ってくる姿に金髪ツインテールが揺れて、元気よく全力ダッシュして私に抱き着いてくる。
お祭り前通りの元気なリクちゃんで安心した。
「望は……っと」
私の依存先を探すとその後ろにいる。
「……ソラさん?」
「ソラお嬢様……」
そしてその隣には何故か見知った顔まで居る。
想定外だったのか、珍しく星川さんも驚いている。
また私を置いて、三人でデートしてたのかと思うとイラッとした感情が沸く。
「ソラも夏休みの間は、鍛錬がてら参加させて頂くことにしたんですわ」
「二人だけの時間が続くと思ったのにですの……」
リクちゃんの抜け駆けを許さないのが目的のようだ。
抜け目ない。
「星川、ソラお姉さまのマッサージを。
望お兄様はウチのマッサージお願いしていいですの?」
だが、リクちゃんも抜け目ない。
それがさも当然な流れで、そう言うと、望の方へと駆け寄りその腕に抱き着く。
「リク!」
「何か問題でも?
まさか、マッサージくらいで何かイヤらしいことでもご想像したんですの?」
「……ぐ!」
「そんな想像をするような人が、男性である方のマッサージを受けたいとか、言ったらハシタナイですの」
リクちゃんも言うようになった。
追撃が決まり、ソラさんの特徴的な眉毛が跳ねて、唸ることしか出来なかった。
「ん♡」
とはいえ、艶めかしい声が時折あがるのはやめて欲しい。
離れたベンチに座ったリクちゃんにかしづきながら、望はふくらはぎに手をつけている。
とはいえ、望のマッサージが気持ちいうのは私も知っているし、声が出るのも仕方ないとは思う。
「ぐぬぬ……」
施術が少し前に終わったソラさんが不機嫌そうに唸るのがいたたまれないのだ。
なお、星川さんは今、水を用意しに行ってくれている。
「ふむ、ちゃんと毎日走っているから、しっかりしてきたね?」
「リクは真面目ですの……あん♡」
太もものあたり、健康的に焼けてきているそれを望の白い手が力強く揉み解していく。
私の白や、ソラさんの褐色とは違う、リクちゃんの普通の日本人らしい黄色肌はきめ細やかさで若々しく光をはじく。
「……っあ♡」
良い感じになるたびにリクちゃんから艶声。
正直、駅前でやることではない。
人が居ない時間で無ければ事案だ。
霞さんあたりに見られたら泣き出すだろうし、事実、ソラさんは涙目になった。
「望もちょっと意識してる感じかな……」
「……うう、望君」
相変わらず完璧には読めない望の感情だが、私を観てくる目線が、何というか言い訳がましい。
後で中学生の触り心地とやらを聞いてみることにしておく。
さておき、
「ソラさん、暇なの?」
「お盆までは。
課題は全部、終わらせてしまいましたし」
早い。
望も授業中に終わらせていたとか言っていたが、それはどうかと思う。
とはいえ、そんなに難しい宿題ではない。
授業を聞いていれば後は作業な復習だ。
「家での集まりですよね?」
「そうですわね。
とはいえ、今回は美怜さんのお父さんも参加されるそうで。
……とても、荒れそうな予感が」
「聞いてない」
あのお父さん、また何をやらかす気なのだろうか。
「それは僕も聞いてないね」
っと、マッサージを終えた望がこちらに興味を持ったのか声を掛けてくる。
見れば、リクちゃんは涎を垂らしながらベンチに倒れこんでいるところを、星川さんに介抱されている。
「お兄様……♡ すきぃ……♡」
とはいえ、ビクンビクンと体を震わせるリクちゃんは幸せそうだ。
ちょっと目を離したすきに何をしたんだろ……。
「あぁ、リク君かね?
小生意気な事を言って挑発されたからちょっと本気を出しただけだね?」
「望の本気って……」
「上手く乗せられた気もするがね?」
顔を観ると、望の笑みが張り付いている。
久しぶりに怖いと感じた。
「ソラにもして頂くことは……」
「却下だ。
投げ飛ばされそうだからね」
「投げ飛ばしませんのに……。
抱き着いて放さないだけで」
夏の熱気か夏休みに浮かれているせいだろうか、誰もかれもが頭が緩くなっている気がする。
とはいえ、明日からは私も頭が緩くなる気がする。
「明日はマラソン無しで、そのまま行くんだよね?」
「そうだね」
そうデートだ。
家族デートに行くのだ。
浮かれない訳にはいかない。
「というわけでソラ君。
リク君の事を二日ほど、お願いする」
「ご一緒出来ないのは残念ですが、ゆっくりお楽しみください」
よくラブコメとかでついてくるとかあるが、そういう発想が出ないのが現実だ。
リクちゃんもその点は理解出来るはずだ。
ただ、別れ際、
「美怜さん、頑張って」
「何をですか……」
っと、私にだけ聞こえるようにソラさんから言われたのはどうかと思う。
この人、本気で私を取り込もうとしているのかもしれない。




