表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

180/199

4-28.揺れる美怜。

〇美怜〇


 足元が不安定な乗り物は初めてだ。

 波が来るたびに、ゆらり、ゆらりと、身体ごと動く。

 スリーディー酔いをしないからか、船酔いは出てないが、慣れない。

 太陽は夕闇に消え、今、周りを照らすのは船の明かりだけだ。

 当然、足元がおぼつかなくなり、


「大丈夫かい、美怜?」


 涼しい顔の望の胸元にポフンと、倒れこんでしまう。

 こんなにも足場が不安定なのに、望は全然、揺れていない。

 がっしりとした胸元が頼もしく思える。


「望、慣れてるの?」

「……唯莉さんに慣らされた。

 もし落ちたとしても、安心して救助されたまえ」

「あはは……。

 私、船、初めてなんだよ」


 っと、望の胸元を強く掴みながら自分を安定させる。

 望は嬉しそうな笑みを浮かべながら支えてくれる。


「船の前甲板から街を観ていると不思議な気分になるんだよ」

「そうだね。

 僕も船から舞鶴を観たことは無い」


 船のドックや、海上保安庁や自衛隊の船、碁盤のような東舞鶴の街が見える。

 とはいえ、東舞鶴自体、私はあまりなじみがないのだが。


「お姉ちゃん、望お兄様、お待たせしました!」


 何やら船室でゴソゴソしていたリクちゃんが出てくる。

 見れば、浴衣姿だ。

 赤色を基調にしたモノで、花柄があしらわれており、リクちゃんに良く似合っている。

 

「良く似合ってるね、リク君」

「あう……その嬉しいんですが、そのあの」


 望に言われたリクちゃんが恥ずかしがる。

 いつもの元気な姿も良いが、いじらしいその姿でも、心にキュッときて抱きしめたくなる。


「本当にリクちゃんは可愛いんだよ」

「お姉ちゃん、ありがとうございます!」


 っと元気いっぱいの笑顔が爆発し、私に抱き着いてくる。

 いつも通りのリクちゃんだ。

 ただ嬉しいような寂しいような、半分半分の表情でリクちゃんの姿を観ている望がいる。


「しかし、船まで持ってるなんて、凄いねリクちゃん」

「御父様の趣味で魚釣りに使っている船ですの。

 免許も御父様持っていて、最近は御母様と一緒に釣りに興じているみたいですの」


 六道さんが釣っている姿はあまり想像が付かない。


「なら、二人は船で花火デートでもするものではないのかね?」

「今日は二人とも舞鶴に居ないんですの。

 お盆前に御母様の家出した妹に会いに行くとかで。

 お盆になると忙しいので。

 あと、祭りは人混みが多くてイヤだとのことですの」


 良家は良家で大変そうだ。

 そういえば、と望に質問する。


「望、九条ってお盆とか会合あるの?」

「無い。

 お父さんは一人っ子だったらしいし……」


 望が言葉を一旦、濁して、リクちゃんを観る。


「九条と鳳凰寺は血で血を洗う抗争を戦後まもなくしたらしい。

 それで九条は負けて、力を削ぎ取られ、格式だけになって没落したわけだ。

 今の九条家はお父さん以外は力は無いし、会う必要もない」

「闇が深いんだよ……」


 私はと言えば、唯莉さんが九条性になればただ一人の平沼になるわけだが。

 親戚は聞いたことが無い。

 小牧さんが遠縁だともしらなかった。


「お姉ちゃん、鳳凰寺は九条とは仲直りしたんですの。

 心配しなくても大丈夫ですの!」


 私も本来は九条だということで、不安に見えたのかもしれない。

 リクちゃんが抱き着く力を強くし、安心させようとしてくる。

 尊い。


「私って、割と奇跡の産物じゃないかな……。

 出産の話といい、家系の話といい……」

「自分の価値を高く感じるのは良い傾向だね?」

「お姉ちゃんは特別ですの~♪」


 言われ、自意識過剰になっていることに気付き顔が真っ赤になる。


「……モブに徹していた自分に今を見せたら、信じられない気がするんだよ」


 ともあれ、良い事だとは思う。

 自分自身への肯定感が上がっており、新しい事へのチャレンジなども億劫ではなくなってきている。

 人格が変わったレベルとまでは言えないが、行動指標は間違いなく変わった。

 今日だって、例年は外に出てなかった。


 不意に光と、ドン!っという大きな音が空に響いた。


「始まりましたの」


 リクちゃんの視線を追うように上を見上げる。


「大きい……」


 いつも、窓の外から見ていなかったそれ。

 ほぼ真下から見る花火への感想は先ずそれだった。

 遠くに見たときは小さい手のひらサイズ。

 全然違う。

 両手に入りきらない大輪が三百六十度。

 パラパラパラっと、名残りを残す残響も大きく聞こえる。

 それらが何発も何発も折り重なり、夜空を花が彩っていく。


「凄い……」


 そう、言葉を零すしかない。


「間近で見る花火はやっぱりいいモノだね」


 望を観れば、楽しそうに笑みを浮かべながら、花火を見上げている。

 その横顔は見たことのない、少年のような無垢な笑いが光に浮かんでいて、


 ――ドキッとした。


 花火の衝撃が重なるように、私の中で大きな音がした気がした。


「美怜?」


 気づけば花火が終わって、望が心配そうに見てきていた。

 胸元からもリクちゃんの視線を感じる。


「凄すぎて、うん、凄すぎて驚いたんだよ。

 音も、光も。

 遠くから見ていたら、こんなに感動することは無かったんだよ」

「そう言っていただけると、嬉しいですの」


 と、笑顔を浮かべながらリクちゃんが私から離れる。

 そして、望の方へ視線を向け、


「望お兄様はいかがでした?」


 黄色いマリーゴールドの花火を笑顔で咲かせる。

 望は言葉の代わりに私にするようにギブスをしたままの手を伸ばしかけ……止めた。


「大丈夫ですの、もう逃げませんの、望さん」

「……参ったね。

 僕が気を使われるとは」


 リクちゃんがその手を掴んで、自分の頭に載せる。

 すると望は嬉しそうにその頭を優しく撫でる。


「今、負けを認めましたの♪」


 口調とは裏腹にリクちゃんの緑色の瞳が大人びて潤む。


「抜け目ないね、リク君。

 気づくとは思ったけど……。

 そしたら学年三位の件、取れたらキスしてあげよう」

「わーい♪」


 嬉しそうに望に抱き着くリクちゃん。

 望は望でそんなリクちゃんを嬉しそうに受け止めている。

 良かったと心底思える。

 二人の行き違いなんかは見たくもないのだ。

 しばらく二人の世界にしてあげようと、船の後方へと足を向ける。


「……さっきの何だったんだろ」

 

 自問自答するが、既に感情は花火のように消えていて判らない。

 とはいえ、嫌な感じをしなかったのは確かだ。


「美怜さん、お気遣いありがとうございますー」


 っと、操舵室から出てくる星川さんはいつも通りの黒服だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on


cont_access.php?citi_cont_id=955366064&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ