4-20.電話前:イレギュラーな唯莉さん。
〇望〇
「小牧君、お疲れ様」
「おつかれさまですの」
っと、二十分程度の野外演舞が終わったので労いに声を掛けた。
裏に回ると、三十人程度の人の中に見知った顔があった。
とはいえ、眼鏡でも三つ編みでも無い、戦闘モードである。
「ありがなー。
九条さん、鳳凰寺さん」
と、声に気付き近付いてきてくれる。
「また後で演舞ではなく、スパーやるから……九条さんやらん?」
「やらん。
勝ち逃げさせて貰う」
「イケズや……リベンジマッチさせてーや……」
っと、心底残念そうに言う。
涙目を浮かべながら言うのはやめて欲しい。
道場生も含め周りの視線が痛い。
「それなら唯莉さんでも呼んだらどうかね」
「それはご遠慮」
関西弁無しのマジレスで返されてしまう。
四人がかりでようやく抑えきれたあの人相手は勘弁であると、ため息もされてしまう。
僕だって試合で勝ったとはいえ、二度とやりたくない。
周りも唯莉さんの名前を聞き、青筋を浮かべている。
記憶にも新しいことだが、先日、指導という名ばかりの暴力の嵐が過ぎ去ったばかりだ。
仕方ないことだと思う。
「別に遠慮せんでええのに」
っと、小牧君とは別の舌足らずの関西弁が背後から聞こえた。
振り向きたくない。
小牧君も同意し、そちらに目線を向けようとしない。
「義母様とお呼びした方がいいですか、平沼さん」
「……鳳凰寺のにその呼びされるのはちょっと勘弁して欲しいわ」
リク君が言うと珍しく押される唯莉さん。
観れば、本気で嫌そうな顔をしている。
いつも通り、紫色の髪の毛をポニーテールにしているが体の動作がちょっといつもと違う感じがある。
……重心がずれてる?
「唯莉さん「お母さんとよびーや、あんたがあんだけした結果やろ」」
呼び慣れないな、と違和感と戸惑いを覚えつつ、
「……お母さん」
ちょっと泣きそうになった。
家族というモノを得られた実感が今更ながら沸いてきたのだ。
「うわ、ちょっとゾワゾワしたわ。
望が目線をそらして言い辛そうにしながらとか、ツンデレ仕草にしか見えへん」
「……言わせといて、どうなのかね?」
「萌えとそれは別や」
さておき、
「体の方に不調が見えますが?」
「流石にあんだけやられたらまーだ本調子やあらへん。
これは本気で引退やな」
「やめてください、本気で思ってないことを……」
「ホンマやホンマ。
子宮とかが女になって、子供作れるようになったんはええんやけど。
まだ、機微のある動作がとれへん」
と言って、サンダルを脱いだ足を上げてくる。
そして手に持っていた缶を足の指で持とうとするが、ベコッ! っと潰れてしまう。
本調子でないのは確かのようだ。
「美怜が妹や弟を欲しがってたね、そういえば」
「それはまだや、まだ。
病院の方に経過観察で後一週間は観るように言われとる。
いやー、初めてが楽しみや。
膜は運動でのうなっとるけどな?」
「唯莉さんの性事情なんて聴きたくないんだけどね?」
「いやー、小説的には望のポジション的には義母やろ?
寝取りとか妄想せーへん?」
「無いですから、全く」
「ち、つまらん」
僕の唯莉さんへの感情は憧憬以外無いのは判り切っていることだ。
唯莉さんの歪んだ家族小説話みたいには決してならないのだ。
っと、妹で在り、姉でも在る美怜の顔がふと浮かんだ。
何故だと思考を巡らせようとし、
「そういえば、子供ってどう出来るのか、教えて貰ってないのですの」
そのリク君の言葉に唯莉さんがニコヤカな笑みを浮かべた。
まるでおもちゃを見つけたような顔だ。
「それはね、ごにょごにょごにょ」
「っ!」
耳打ちを止めようとしたときには、既に遅く、リク君の眼が点になっていた。
完全に思考を始めようとした時の不意を突かれた。
「つ、つまり、この前、血が出ていたのは」
「そういう事やでー。
つまり男のモノを受け入れる準備が出来たという訳や」
「……!」
少女の顔が紅くなる。
それはまるで少女の純真さを紅く染め上げられたような印象の錯覚を覚えた。
そして僕を観、確認するように声を絞り出そうとするリク君。
「つまり、ウチが望さんを観た時にお腹がキュンキュンするのは……」
「あなたの女が無意識に望のを求めてるんやろな。
子供を作りたいって。
なんや、それやったら、個人的な感情で付き合おうと言うなら別に反対せーへんよ。
あんたのオトンの打算かと思ってたわ」
っとあっけらかんとして言う唯莉さんに対し、リク君は下を向き、僕から視線を外す。
いや、視線が僕の股辺りを観られている気がする。
「……ぇっと、リク君?」
「はい⁈」
僕の声に驚いたように返してくるリク君は、一歩僕から足を引いた。
悲しくなってくる。
「あ……」
その感情が顔に出ていたのだろう。
リク君の顔には、当主モードでも、少女モードでも無く、戸惑いと書かれている。
リク君にしては珍しい表情だ。
「ぇっと、望さん」
リク君が手をこちらに震えながら伸ばそうとする。
しかし、それは躊躇いにより、拳になり、
「ごめんなさい、ちょっと一人にさせてください!
星川もついてこないで!」
っと、人混みに走り出してしまう。
僕も言われ、どうしたものかとその小さな背を見送ってしまう。
「……青春やねー。
っ!」
「……!」
いつの間にか、星川氏が唯莉さんに襲い掛かっていた。
人混みもあり、銃は使わず、唯莉さんに拳を打ち下ろしていた。
不意を突かれたとはいえ、唯莉さんだ。
それを、右手でいなして距離を取る。
「二人で楽しんでいる所を壊して楽しいんですかねー」
怒気だ。
「壊してはないで、遅かれ早かれや。
あー、過保護な執事には判らへんか。
大切に大切にしてるだけと聞いたで?」
「お節介の癖に、当事者になるのを怖がっていた中身も小学生に言われたくないですけどねー。
私は執事であって、教育に関しては過分ですから。
ただ、今回のように場を弁えない行動には怒りを覚えますので―」
珍しく星川氏が感情を露わにし、唇を噛んでいるのが見える。
サングラスの奥も険しい視線になり、唯莉さんを睨んでいる。
「……害意とみなします」
星川氏が動いた。
早い。
身のこなしだけで言えば、僕や唯莉さんに相当するのではないのだろうか。
「うーん、本調子じゃないかんな」
迎え撃つ唯莉さんがヤレヤレと笑い、そして眼を細めて、
「手加減できんけど、ごめんやで?」
小学生の身なりにはふさわしくない、殺気を周りにまき散らした。
周りの門下生並びに周りの人々がそれに当てられ、一斉に距離を置いた。
「九条さん、周りに被害出ないように取り押さえよか」
「あぁ、そうだね……」
いつぞやのまき直しが始まった。




