3-39.イレギュラーな戦い。
〇リク〇
後詰め。
これが望お兄様に頼まれた仕事だ。
とはいえ、星川を貸し出してしまっているウチに暴力的な手段は無い。
代わりは貰っている。
「リクは下がっていてくださいね」
と、高校の廊下でソラ姉様が異様な雰囲気の少女と相対していた。
望お兄様に言われていたからか、まだドレスを着ておらず、ジーパン、シャツ姿の動きやすい私服だ。
実利一辺倒なのは珍しい。
「……平沼・唯莉さんですね?
かねがね、美怜さんにはお世話になっております」
「鳳凰寺・ソラやね……。
写真と資料は観たことあるわ」
「それは光栄です」
お互いに挨拶をする。
しかし、緊張した場が続き、両者構えを取らないモノの臨戦態勢に入ったのが判る。
「どいてくれへん?
そしたら怪我させへんから。
お嬢様如きが唯莉さんを止めれるとは思わないことや」
「あら、それは出来ませんわ。
望君から唯莉さんにウェディングドレスを着せて連れてこいと、そうお願いされておりますので」
「あんたは唯莉さんにとって、結構なイレギュラーなんやけど?
美怜ちゃんの家族計画を立てていく地点で、ついでに潰される、そう想定してたんや」
「家族計画……望君と美怜さんを家族に仕立て上げる計画、そうお聞きしておりますわね」
「九条潰しをした鳳凰寺にも意図返しが出来ると、もくろんでたんやけどなぁ。
これは自分の独断で、手打ち前の話やが」
「確かに、ソラは美怜さんが居なければ潰されていたでしょう。
ソラが美怜さんに感謝している点ですわね?」
「美怜ちゃんが一番のイレギュラーやったか……」
二人が笑みを浮かべる。
共通の人物、白い少女が浮かんだからだろう。
「まぁ、望君からラブレターを貰ったとか聞いたので、個人的には懲らしめてやろうかと」
「――ッ!」
ソラ姉様の言葉の途中、ウチより小さい姿が、消えた。
いや、下だ。
まるで地を這うようにソラ姉様に接近する。
「モロタ」
ソラ姉様は足を掴まれた。
しかし、ソラ姉様は反対の足を軸にし、回るだけで相手を地面に逆に叩きつけた。
コンクリートの床に小さい姿が跳ねた。
それでもと、もう一度、今度は拳で殴りかかるが、ソラ姉様は右腕で受けて、逆に簡単に床へと叩きつける。
ソラ姉様は奇麗な所作で無駄が無い。
「……古武術系をやっとるのは資料で見たんやけど、想定以上や。
暖簾を殴っているようやね」
唯莉氏が距離を取りながら、言い、今度は上からとびかかってくる。
裸足で足の裏を使った蹴りだ。
ソラ姉様は左腕で防御。
しかし、足の指がその腕を掴み、
「ソラの事をあまり甘く見ない方が良いかと存じますわよ?」
「――っ!」
ソラ姉様は静かに言うと、その動きすらよんでいたとばかしに、右手でアキレス健を掴んだ。
それだけだというのに、相手は苦悶の表情を一瞬浮かべ、力づくで離れる。
「奥義に関しては望君からお聞きしておりますので、効かないものとお考え下さい。
……触れたら投げますし、極めます」
強い。
ウチは格闘技は素人ではあるが、ソラ姉様が圧倒的優勢なのは判る。
「ち、内功自体は自分で回復できたのはええんやけど、
さっきミナモンと黒服にいいモノを喰らわせられてるのが効いとる」
「ふふ、万全な状態で戦えないことは武術をやるものとしては当然、想定内では?」
ソラ姉様が挑発する。
「しゃーない」
早い。
また視線が追い付かない。
今度は壁だ。
壁を走って……ウチの方へ来る!
「……望お兄様の想定内ですの」
ウチに手を向けられた瞬間、その小さな姿は陰から飛んできた方に弾き飛ばされた。
「九条さんの言う通り、というか、人質を取られるとか無様な真似は二度もせえへんよ」
小牧氏だ。
望お兄様の言う通り、通路の陰に伏せて貰っておいたのだ。
床に何度もバウンドし、無様に転がる唯莉氏。
「唯莉さん、負けを認めたらどうなん?
今日、殴り飛ばすのは何度目かですけど。
好きな人に、なんかすごいこと言われてたし、良かったやないですか?」
「正直、嬉しいのは嬉しい。
けれどもな、そんなこと言われたら、感情があふれてきて……」
「逃げ出したと」
「そや」
「乙女かい……」
「それはミナモンに言われたない」
「全く、同意しますわね」
「……なんで、私弄られなあかんの?」
小牧氏はいじける。
そういう運命に生まれてきた人なのだろうと、何となく理解出来た。
「唯莉!」
「く、うごかんかい、自分の体!」
言葉に唯莉氏が体を立たせて逃げようとする。
しかし、身体が言うことをきかず、もがくだけだ。
いい加減に乱戦数回のダメージが蓄積してきたらしい。
「望お兄様の御父様、紬さんですね?」
実際みるとどこか望お兄様に似ている。
顔つきはそれ程でもないが、まとった雰囲気が似ているのだ。
「鳳凰寺の娘二人と、小牧の娘か。
ありがとう。
礼は改めてする」
そう言うだけ、慌てながら唯莉氏に抱き着いた。
「むー!!!!」
唯莉さんが紬さんをボコボコと叩く。
が、それは威力が無いのか、嬉しそうに受ける紬さん。
「……ぇ、なんで耐えれてるの?」
訂正、威力はあるらしい。
よく見れば、ちょっと我慢しているようにも見える。
「実例があるじゃないですか、ほら、ぇっと……
……おっぱい星人の、あれ、名前を度忘れしてしまいましたわ?」
「……水戸の扱いが不憫すぎひん?
でも、頑丈になっとるわ、確かに」
良く判らないが、共通の不審人物が浮かび上がったらしい。
「唯莉、ちょっと痛いからやめてくれ」
「いやや、はなしやー。
レイプされるー!」
「お前から、子供産みたい言ったんじゃないか!」
「あれはうそやー、もう、紬の顔なんかみたない!
一生、ゆり姉様に取りつかれてればええんや!」
……こういうのを痴話喧嘩と言うのでしょうか。
二人でああでもないこうでもないと、言いあっている。
そして思うに唯莉氏とやらは説得されたがっている。
でも、気持ちに素直になれない感じだ。
「唯莉!」
強い言葉が、言われて、唯莉氏もビタッと動きが止まった。
「俺の子供を産め」
「……はぃ」
勝負がついたようだ。
唯莉氏が顔を赤らめながらコクリと頷いた。
「全く、娘、息子にここまで世話をかけないで欲しいんだよ」
「良い見ものでしたね」
「そうだな、小僧」
「めでたし、めでたしですねー」
気づけば、お姉様ちゃん、望お兄様、星川、御父様も居た。
「つ!」
再び、ジタバタをもがく唯莉氏。
「いまさら、逃げたところでどうにもなるまい。
望や美怜にも見られて恥ずかしいと思うのは判るが……。
でだ、六道、この後の予定も決めてるんだろ?」
「お前、よくこの状況で言えると感心するんじゃが?」
「お前の思惑に乗るって決めたんだから、四の五のいわずにやれよ」
「……くっ」
御父様は一瞬顔をしかめ、そしてため息を一つした。
ふと、お姉様ちゃんの眼が見開いている。
「唯莉さん、血が!」
「あれ?
なんやこれ?」
言われ見れば、唯莉氏の股の下から、血があふれ出てきていた。
慌てた小牧氏が、紬氏をどかしみれば、呆れたような顔になる。
「女性の月のモノですわ、これ。
ホンマに来てなかったんですか?」
「……あー、初経か、これ。
美怜ちゃんのは世話したことあるけど、自分のは初めてやね。
成長出来たんかな、これ」
「明日にでも病院へ行ってください。
ただでさえ人外なんですから……」
後で聞いた話だが、女性というのは月一で股から血が出るらしい。
その理由もソラ姉様に後で聞くことになる訳だが、
その時のウチは経験をしたことが無い出来事に思考を停止しているしかなかった。




